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わたしとマユラハは窮地に立たされていた。
騎士ゴブリン3体と兵士ゴブリン12体。そんな大勢と向かい合って対峙していたからだ。
とくに騎士ゴブリンはホブゴブリンなのでわたしとの体格差が凄かった。
高い天井に頭こそ届かなくても、見上げるほど高い。
「ええい、こざかしい!」
マユラハは弓を何度も射っているが、兵士ゴブリンたちが構えた大盾に刺さるだけだった。
ときどき盾と盾の隙間を通っていっても、結局は騎士ゴブリンが武器で防いでしまう。
ややバラついているけど。
それでも通路の端から端まで盾を構えて隊列を組まれてしまえば、後衛職には対処が難しい。
たとえば大剣や棍棒、鉄槌を持っている前衛プレイヤーなら真っ向から突っ込んでいくだろうけど。
「……どうしよ、どうする? んーあれしかない」
自分に問いかける。
答えなんてのはひとつしかない。
「マユラハ、詠唱するから時間を稼いで!」
「どのくらいじゃ?」
「えっ……3分くらい」
「阿呆、ふざけろ!」
「5分は稼いでやるってやつ?」
「1分が限界じゃ!!」
氷の弓を氷の薙刀に変形させたマユラハが、大盾にぶつかるように突っ込んでいく。
突いて叩いて。でも防がれる。
行進の速度もさっきとあまり変わらない。
わたしは急いで後ろに下がった。
背中が壁に触れる。
まさに袋のネズミ、追い込まれたようだ。
でも。
ゴブリンたちの中に弓を持っている個体がいなくて助かった。ホントに。
「炎よ──始まりの狼駆けよすべてを燃やせ、駆けよすべてを燃やせ」
薄暗かった赤いアイコンが、じわじわと赤く染まり、最後には輝く。
わたしは眼前に中魔石を2つと小魔石をありったけバラまいた。
騎士ゴブリンは詠唱に気づいたのか、兵士ゴブリンを蹴り飛ばしてまで突き進んで来ている。
薙刀の重い一撃を受けてもそのまま、足を止めない。
武骨な剣がわたしに向かって振り上げられた。
そのとき。
宙に浮かんでいる魔石が一瞬で消える。
「我が前に姿を現せ──ドゥベー!!」
振り下ろされつつあった剣が。その腕が。その身体が。
一瞬で炎に飲み込まれた。
──オオオオオオオオオオオオオオオオオオォォ
肌を突き刺すような唸りが宮殿の地下に響く。
それは、灰色の姿をしていた。
それも灰の中に炎がくすぶっているような、内には煌々とした炎を秘めたような灰色だ。
力強い四つの脚。やわらかそうな尻尾。
先程まで立っていた騎士ゴブリンが咥えられていたが、あっさりと噛み砕かれる。
唖然とするゴブリンたち。
やがて彼らの恐怖に鳴動するように灰色の体毛が炎の色に変わっていく。
「ドゥベー、前方の敵を倒して!」
「グオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」
耳をつんざくような咆哮を聞いて、ゴブリンたちが一目散に逃げ出した。
いや、騎士ゴブリンたちだけは武器を構えて残っている。
それも一瞬のこと。
すでに過去形へと変わっている。──残っていた。
あまりにも速く。
あまりにも強く。
あまりにも無慈悲に。
灼熱の迷宮主・ドゥベーはゴブリンたちを狩っていった。
もはや戦闘ですらない。
高い天井に背中が届きそうな巨体から繰り出される攻撃は、どれもこれもが必殺であり、仮に逃げられても炎の槍が身体を貫く。
でも、
「う、うわああああああああああああああああああ!?」
わたしは振り回されていた。
左腕が尻尾の先とくっついているのだ。
巨体が動けば尻尾も動き、身体が右に左に上に下にとぶんぶん振り回される。
ゴブリンたちを殲滅したドゥベーは「どうだ? これでいいだろう?」と言わんばかりの表情で(尻尾の先だから見えないけど)尻尾をぶんぶんと振った。
「前にも一度使っておったが、変な魔法じゃのう。わらわはこんなのを見たことがない」
「そりゃ……まあ……精霊使いって人気がないっていうか……オリジナルの魔法っていうか」
これがゲームでなければ、きっと脱臼していると思う。
ぶんぶん、ぶんぶん。
「精霊使いは……精霊魔法……と……精霊召喚ってスキルが……ドゥベー、尻尾ストップ!」
言ってみると尻尾が動きを止めた。
もっと早く言えばよかった。
「それで?」
「うん。精霊魔法は魔石を代価に精霊を召喚して、魔法を使ってもらうんだよね。精霊召喚はドロップアイテムを媒体にして、魔力を消費してモンスターを召喚する。で、使役するんだ」
「ではそのドゥベーとやらは精霊魔法というわけだな。魔石を使っておったし」
わたしは首を左右にふりふり。
「ドゥベーは精霊……なのかはわかんないんだけど、ドロップアイテムから使役してるよ」
「……ああ、そういえば赤い腕輪をつけておったか」
「そうそう。腕輪っていうか緋炎のミサンガって名前なんだけどね。わたしはそこで実験に実験を重ねて、精霊魔法と精霊召喚を同時に使用するとボスも召喚できるってことに気づいたんだよ!」
「ゆえにオリジナル、か」
わたしは熱く語った。でもマユラハはふーん、とわりとどうでも良さそうだった。
これを精霊使いたちに知らせれば、数ミリくらいは地位が向上するかもしれないのに。
確かに精霊使いくらいにしか朗報でもなければ何でもない話だったのかも知れない。
「メリットはドロップアイテムと魔石さえあれば、ボス級のモンスターを召喚・使役できる。デメリットは──」
わたしはアイテムボックスからエリクサーを取り出してごくごくと飲んだ。
マユラハには回復ポーションを渡す。
ひとりで魔法発現までの時間稼ぎしてくれたお礼が回復ポーションでは安すぎる気がしたが。
他に渡せそうなものもない。
「この魔法のデメリットだけどさ……一回で魔力が空っぽになっちゃうんだよね。あと召喚したモンスターのHPとMPがわたしのステータス準拠になっててさ」
「むっ! なかなか美味いな」
マユラハはやっぱりどうでも良さそうだった。
でもポーションをごくごくと喜んで飲んでいるので、まあいいか。
こうしてわたしたちはダンジョンを攻略、あるいは脱出するべくして探索を始めた。
わたしは昔の映画で見た、見せしめを目的として馬から引きずられている人さながらに、ドゥベーの尻尾の先にいて引きずられていく。
(デメリット、もうひとつあるなぁ。召喚に使うアイテムを装備してないといけない)
だから。
わたしが召喚を解除しないあいだは引きずられないといけないのだろう。
追いかけてくるマユラハの視線が痛い。
わたしはさっきからぶつけている後頭部が痛い。