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【夜の帳】一行は、巨大な防壁の下にある兵士たちの駐屯地で集合した。
宵先輩は刀を金と銀に彩られたモノに変更し、みゃーこ先輩はバックパックを背負っていた。パンパンに膨らんだそこからはランタンなどが見える。
アーサーは真新しい大盾を装備して来ていた。
「よし、揃ったな。行くか」
宵先輩が言う。
あたしはそれを制止した。
「ちょっと待ってください!」
「ん? まだ準備が必要か?」
「買い忘れかにゃ?」
「ボク、回復アイテムくらいならわけられるよ?」
ふたりの先輩が不審がってる。アーサーもアイテムボックスからポーションを取り出してる。
でも、あたしは町の方を見た。
「あ、来ました!」
視線の先。小走りで駆けてくる人がいる。
長身の女性だった。明るい薄緑色の長い髪と冷たそうな氷の瞳に怜悧な表情の女性PCだ。
そんな彼女は大きな戦鎚を肩にかけていた
「ベルマリアか」
宵先輩が驚いたように言ったので、あたしは大きく頷く。
「はい! あーちゃんがピンチだって説明して、来て貰いました!」
「よろしく頼むよ」
「いいのか?」
「かまわないさ。あーちゃんはオレの友達でもあるからな」
こうして【夜の帳】はベルマリアさんを一行に加えて、宮殿を目指した。
旧市街の大通りを駆ける。すぐに見えてきた宮殿に「へえ、見事だな」とベルマリアさんが笑う。
どうやらベルマリアさんは孤島アースラに来てから、旧市街にもあまり足を踏み入れていないらしい。
お店が忙しいからかも。
「ベルマリアさんって戦闘は大丈夫なんですか?」
あたしは走っている最中に聞いた。
どうしてだか宵先輩がはわずかに苦笑う。
「前作ならまだしも、今作では戦闘系のスキルを所持していないんだ。だから……どうだろうな、足を引っ張らないように善処はするよ」
ベルマリアさんは表情をちらりとも変えずに、平然と言う。
あたしも戦闘系のスキルは持っていない。そういうプレイヤーも多いんだろうか。
ようやく宮殿の間近にまでやって来た。
でも、そのまま進んで中に入るのではなく、まずは宮殿の様子を確認することになった。
町に戻る前、廃墟から見えた大規模クランがいるかも知れないからだとか。
あの人たちに協力してもらうことはできないのかな。
突破されているゲートのところまで行くと彼らの後ろ姿が見えてくる。
100名前後のパーティーがゴブリン軍団と戦闘しているようだ。
「上手いな」
と、宵先輩。
大規模クランの人たちは【夜の帳】と同じで宮殿内で奇襲を受けたらしい。
しかし人数がいるからこそ、あえて宮殿の外へは撤退せず、宮殿の門扉の辺りまで後退して交戦しているみたい。
重装備のプレイヤーたちが盾を横一列に構えてゴブリンたちの攻撃を食い止めて、槍や弓を装備したプレイヤーがその隙間から攻撃してる。
側面は宮殿の門扉があるからゴブリンたちにも攻められない。そして部隊の背後には数人の軽装のプレイヤーが散らばって辺りを警戒しているのが見えた。
背後からの攻撃を危惧しているみたいだ。
宮殿には別の出入口が存在しないのか、あるいはそこまで考えられるゴブリンの指揮官がいないのか。
ゴブリンたちは真っ正面からの攻撃以外はする気がないらしい。
だから互いに盾を構えて押し合い、互いに後方からちくりちくりと攻撃することで戦闘が長期化しているようだ。
どうしよう。
あたしたちは急いでいる。
この戦いが終わるのはもうしばらくかかりそうだけど。
【夜の帳】は宮殿に向かって進んでいく。
「止まれ。ここでは現在、我ら【白剣騎士団】が戦闘している。それ以上の接近は敵対行動と判断するぞ?」
軽装鎧のプレイヤーが近づいて来る。
腰の剣を今にも抜きそうな雰囲気だ
「私たちは」
そこで宵先輩の声が止まった。
ここで名乗ったとしても、それだけで戦闘にはならないと思う。言っても損はしないはず。
「──エントランスを制圧。各員、進め!」
宮殿から聞こえた声に軽装鎧のプレイヤーもあわてて入っていった。
「【白剣騎士団】か」
「ベルマリアさん、あの人たちを知ってるんですか?」
「多少はね。クランに所属した者に、装備を配布すると聞いたことがあって」
ベルマリアさん曰く、【白剣騎士団】はクリスティアオンラインⅡから出来たクランで、新人から中堅くらいのプレイヤーが大勢集まっているらしい。
クランが結成されてから、まだ1ヶ月ほど。それなのに人数だけでいえば、トップクラスに多いんだとか。
前作で存在しなかったクランだったので、古参プレイヤーにはあまり知名度はなく、逆に新参のプレイヤーには非常に有名な新進気鋭のクランだと説明を受けた。
「あの白い騎士鎧をクランメンバー全員に配布するのはなかなか面倒だと思うんだが。まあ裏に生産系のクランでもいるんだろう」
そんなベルマリアさんの声を聞いてるのか聞いてないのか。
宵先輩は移動を始めた【白剣騎士団】のプレイヤーたちの背後を、平然と追っていく。
ああ、そうだとベルマリアさんがこちらを見た。
「オレのことはベルマリアと呼んでくれてかまわない」
○○○
【白剣騎士団】は全員が良質な装備品を所持しているけれど、メンバー個人のプレイスキルはあまり高くないようだ。
宮殿内に散開すると各個撃破される人が出てきた。
集団でこそ強いというのは、逆に言えば個としては弱いということ。
集結して隊列を再編する。またひとつの『集団』として動き始めると兵士ゴブリンには止められないし、相手にもならない。
だからなのか数という力は、強いからこそ、遅かった。
「来たぞ、ホブゴブリンだ! 前衛は防御! 後衛は攻撃を叩き込め!!」
2体のホブゴブリンを包囲しての攻撃が始まる。
数の暴力は圧倒的だった。
ダメージを受けたものは、後衛のヒーラーが一瞬で回復させるし、相手の攻撃をひとりで止められないからとふたりで止めている。
「──ふむ、もういいだろう。あいつらは好きに戦わせて、わたしたちはわたしたちだけで進もう」
それまでは白剣騎士団を後ろから追いかけていた。
彼らの近くにいた宵先輩がそう言うと、【夜の帳】は彼らを避けて奥に進んでいく。
背後から、
「お前らトレインしやがって!」
「いや、あれはトレインじゃないだろ?」
「じゃあなんだよ」
「……なんだろう」
なんて声が聞こえてくる。
宵先輩は気にしなかったし、ベルマリアはどうでも良さそうだったし、みゃーこ先輩は「にゃんですと」と反応こそしても足は止めなかった。
あたしとアーサーは先輩たちを追いかけるように足を進めて、その背中を追いかけていく。
【白剣騎士団】は怒りの声をあげつつも、ゆっくりジリジリと亀のように前進していた。
このままではぜったいに追い付けない。
しかし陣形を崩すことはできなかった。




