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「これはどうすれば開くんじゃ?」
わたしたちは黄金の扉の前で立ち止まっていた。
まるで純金の塊だと言わんばかりの扉は、押しても引いても(引くところなんてないけど)動かない。
表面に刻まれた紋様はハッキリとはしていない。でも、女性に見える。
「黄金門……ボス部屋に続く門だとすれば、周辺にギミックがあるからそれをクリアしていけば開く、かも」
かも。
かも、でしかない。だってこんな場所に来たのは初めてのことだし。
言葉が出てきて、わたしはようやく気づいた。
「ここダンジョンなんだ」
「そうなのか?」
「前作では黄金門があればダンジョンだったよ。この先はダンジョンボスかレイドボスがいる場所だと思う」
大人数、それも複数のクランが共同で戦うようなレイドボスは前作であれば、事前に居場所が運営から情報公開されていた。
でも今作では知っている限りでは、そんな情報は出ていないし、見ていない。
わたしは唸った。
「ん~、でもやっぱりレイドじゃないでしょ。だからダンジョンのはず」
「そうか。──ではギミックとやらを解除しに行くとしようかの」
マユラハは平然と言う。
ほんとうにボスと戦うつもりらしい。
ダンジョンの規模だけで言えば、地上の宮殿や多数のゴブリン。その上で深い地下だ。
世界樹の迷宮に匹敵する広さかも知れない。
かの最終ダンジョンではトラップや謎解きギミック、強力な中ボスが数えきれないほどに存在した。
もちろん、すべてをクリアする必要はなかったんだけど。
「灼熱の迷宮みたいに制限時間が見えないから、制限時間の無い、広域ダンジョン……かなぁ?」
そんなのあるのかなぁ。
世界樹の迷宮は1パーティーのみ挑戦可で、パーティーの人数制限は無しだったけど、ここは?
そもそもダンジョンなのかも、まだわからない。
疑問が次々に浮かんでいた。
でも。
通路を堂々と引き返していくマユラハの背中を見て、その小さな背中が少し頼もしく思った。
ルナルーン時代であれば、準備に準備を重ねて完璧に、そして完封するのが好きだった。
対人戦でも。
ダンジョン攻略でも。
それが今では行き当たりばったりなことが多い気がする。
今作の初日に『世界樹の迷宮』に入って攻略を目指したのはワクワクして楽しかったのもあったけれど、やはり失う物がなかったからだと思う。
アイテムや装備は、時間と材料さえあれば造れるようなモノだったし。
まあ白銀の杖は思い出の品ではあるから──ツラかったけれど。
「ねえ、マユラハ」
「なんじゃ?」
「ここまで来てくれてありがとう」
「なにを感謝することがあるというのか。変なやつじゃな」
けらけらと笑いながら進んでいくマユラハが足を止めた。
手のひらを顔の高さまで上げている。
あれ? チャットが使えない……。
マユラハにどうしたのか聞こうとしたけど、どうやらチャットが使えないらしい。
広域チャットも全体チャットも、なんならクランチャットまで使えない。
即座にそれらの確認を終えたわたしは目の前の問題に注視した。
手を上げているのは、動くなというジェスチャーに決まっている。
「いるの?」
わたしは小声で聞いた。
「いる」
マユラハも小声で応じた。
「さっきの場所に、おそらく1体」
わたしが白木の杖を握りしめていると、マユラハは弓に矢をつがえている。
通路は一本道で残り5メートルほどで最初にいた場所だ。
どうやらマユラハは部屋に入って戦うのではなく、このまま待機して前方を通る相手に奇襲するつもりらしい。
前衛がいないパーティーだからこそ、良い判断だと思った。
ヒュン
静かな風切り音が通路に一瞬だけ響く。
放たれた矢はゴブリンに直撃──しなかった。
「えっ」
通路を巡回しているであろうゴブリンは、こちらに気づいていなかった。
そもそも通路を見ていなかったのだ。
まっすぐ歩き、ゴブリンからすると正面にある通路に入るつもりだった。そんなときに左側から飛んできた矢を見ているはずもなかった。
でも避けた。
偶然にしてはおかしいほど首を後ろに下げた騎士ゴブリンが、兜の隙間からギロリと視線を向ける。
旧市街にいたゴブリンのように叫ぶわけでもなく。
ただ静かに身体をこちらへと向けた。
腰の剣を抜き放ち、突きの構えをしているような姿勢でゆっくりと、それこそ戦車のように進んでくる。
マユラハが再度、矢を射った。
ギンッ
と。
兜に当たった矢が、刹那にも満たない火花を散らしてゴブリンの後方に消えていく。
「氷よ──吹雪となれ、我の魔力を捧げる。【氷風】!」
わたしは極小魔石をいくつかばら蒔き、小さな青色のまるっこいペンギンのような精霊、低級精霊のルピーを召喚した。
即座に放たれた魔法が通路を飛翔する。
球体状の暴風の塊がゴブリンの一歩手間で地面に落ちると、吹雪が爆ぜた。
視界が真っ白に染まり、肌を刺すような冷気が通路から噴き出す。
でも。
「ごめん、倒せてない!」
「わかっておる!」
白一色の視界のなかをマユラハは走っていく。
騎士ゴブリン、いやホブゴブリンは最初の部屋まで吹き飛んでいた。そんな大型ゴブリンの前で、マユラハがアイススケートの選手さながらにジャンプしている。二回転。
その手には薙刀が握られていた。
音もなくホブゴブリンを鎧ごとぶった斬って華麗に着地する。
消滅したホブゴブリンは中魔石を2つもドロップした。
「ほれ、やる。精霊使い」
「ありがと。……その薙刀ってなに?」
わたしは受け取った中魔石をアイテムボックスにいれつつ聞いてみた。
マユラハが柄頭で地面をついて立てている薙刀は、いつも使っている弓と同じで氷で出来ているような美しい逸品だった。
床に対して平行に掲げられた薙刀が弓へと姿を変える。
「すごっ、変形するんだ」
「わらわは弓が好きじゃがの。姿は千差万別ゆえ、これが本来の姿というわけでもない」
マユラハの弓は薙刀に変化したけれど、もっと機械的に変形する武器を前作では見たことがあった。
そういった武器は製作の難度が極端に高かったり、レイドボスからドロップする激レアな武器だったりと、誰でも持っているようなモノではない。
引き継げるんだから最高レアじゃないんだろうけど、【魔王軍】でも可変武器なんて持ってるのは2、3人だったっけ。
さっきの判断と良い、やっぱり元は有名なプレイヤーだったのかな。
そう思いながらわたしはマユラハの氷のような色をした瞳を見つめた。
一方のマユラハは首をかしげている。
別におかしなところはないだろ、といった感じ。
わたしは堂々としている彼女をちゃんと信頼することにしたのだった。




