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──アリカとマユラハが地下の通路を進み始めた頃。
あたしを含めたクラン【夜の帳】の一行は、宮殿から出てしばらく進んだ先にある建物の二階で休息をとっていた。
他よりは比較的マシな建物で、一階は壁が崩れてたけど、二階はほとんど原型をとどめている。そんな建物。
町に戻らなかったのは、単純にゴブリンが追ってきたからだった。
大通りに入らないのは旧市街にいるはぐれゴブリンだけで、宮殿から出てくるゴブリンは普通に入ってきて追いかけてきた。それもかなりの数で。
まるで一流のマーチングバンドさながらの見事に連携した動き。
ゴブリンたちが「ぎぃい」と叫んだときに追いかけてくる大群よりも統率されているのがわかる。
そんな大群に追われながら、大通りを走り続けるのは危険だという判断らしい。
確かに、もしも旧市街エリアにいるゴブリンが連携して大通りに入ってきたら? そう考えると恐ろしかった。
こんなところで負けていてはあーちゃんを助けられない。
「あの、先輩」
窓や壁の亀裂から外の様子を見ている2人の先輩にあたしは声をかけた。
「どうした?」
宵先輩がこちらを向く。
「あーちゃん、どうなったんでしょうか」
「正直言うが、わからん。クリスティアオンラインⅡ内外のチャットで連絡を取ろうとしたが、応答もない」
「クランメンバーへの個別メッセージ機能でもダメだったにゃ」
みゃーこ先輩が水に濡れた猫みたいに首を振ってる。
宵先輩は続けた。
「落ちている可能性もあるが、さすがにあの状況で寝落ちしたとも考えられないしな。そうすると」
何かに気づいたように視線を動かした宵先輩が口元に指を立てた。シィーというジェスチャーだ。
そのままあたしの唇に指先が当てられた。
宵先輩の細い顎がクイッと窓の外へと向けられる。
外で声が聞こえた。
「やっぱり宮殿が怪しいな。もしかすると内部にダンジョンがあるんじゃないか?」
渋い感じの男性の声だった。
「そりゃあるでしょ。だって、これまでベルサーニュの東西南の方向でダンジョンが見つかったのよ?」
「ですよね。普通に考えて北にもダンジョンがあるに決まってるっすよ」
若い女性と男性の声が聞こえると、ガヤガヤと他の声も聞こえた。
どうやら大勢いるらしい。
「隊長、聞いてくださいよ」
「どうした?」
「旧市街エリアでゴブリンに助けられたんです!」
「あー、魔法を使うっていうゴブリンか」
「そうですそうです」
「どんな魔法だったんだ?」
「それがですね、山岳地帯の【灼熱の迷宮】にいる──」
たくさん声が聞こえる。
声の感じからして、100人はいるかも知れない。
声が聞こえてくると、同じように足音も響いてきた。大量の足音はまるでどしゃ降りの雨音みたいだ。
「そういえば【夜の帳】の人らに会いましたよ」
「マジで?」
「ああー、この前のイベントでランキングの上位にいたクランか」
別に悪いことをしているわけでもないし、隠れなくてもいいんだろうけど。
だからって姿を現してもいいこともない。
たくさんの声や足音が通り過ぎていく。まるで雨雲のように。過ぎ去れば静かなもので、さながら晴れた空のよう。
もう窓から見てみても、姿も見えない。
「大規模クランだな」
宵先輩が少しだけ困ったような声を出す。
「話を聞いた感じは友好的そうだけどにゃー」
どこかから、まるで太鼓を叩いたような大きな「おお!」という声が聞こえた。
もしかするとさっきのクランの人たちが宮殿辺りにたどり着いたのかもしれない。
宵先輩が咳払いをした。特に気にしていないような表情だ。
まるで、それならそれでいいと言わんばかり。
「話を戻すが」
と、宵先輩。
「前作にも特殊なエリアがあった。そこでは外部とのチャットが禁止されていたんだ」
「チャットが……禁止?」
「ああ。むかし、ダンジョンなどを攻略するメンバーと、外部に待機させて情報を収集するメンバーを別けているパーティー、というかクランがあってな。そいつらはリアルタイムで外部から助言を受けながら戦っていたんだ」
逆に器用なことかもしれない。
あたしはそんな面倒なのは嫌だ。
「それがバレてズルいという意見が広がってな」
「あったにゃぁ……とある謎解きイベントのあとで掲示板が荒れに荒れて、運営にイベントを攻略中、外部から助言を受けるのは良いのか悪いのか直談判してやるぜって、にゃ」
「結果として謎解きや戦闘でのアドバイスを外部から受けているのは不公平だと言うことになった。それから謎解き系イベントや特定のダンジョン内ではチャットが禁止されたんだが」
いくら連動しているとはいえ、クリスティアオンラインⅡ外のチャットまで禁止されているのはありえないと先輩たちが話している。
あたしとアーサーは視線を交わした。
クリスティアオンライン初心者の2人からすれば、それが普通のことなのかどうかすらわからない。
「あーちゃんを助けるには何をすればいいんですか?」
「ボクたちにできることってありますか?」
「ふむ、相手はゴブリンだとすでにわかっている。どんな行動をするのかもな。まずは対策用のアイテムを集めるべきだろう。回復薬はもちろんだが、落下するほどの深さがあってデスしていないなら、ランタンやロープも必要かも知れない」
こうして夜の帳の一行はアースラの町まで帰ることになった。
旧市街の大通りには基本的にはモンスターが現れないので、帰るのはあっという間に感じる。
戻るだけなら、あたしだけ走って行けば──すぐに到着するんだろうな。でも、それだと何をすればいいのかわからない。
必要なアイテムも、それがどこに売っているのかも、あたしにはわからないから。
まるであの頃みたいに。
短距離走で絶対に勝てない相手に出会ったときのようなもどかしさを感じる。胸が締め付けられそう。
普段とまったく変わらないアースラの町に帰ってくると、アイテムなどを購入するために各自、別れて進んでいった。




