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ゴブリンの王国

 一体どこまで落ちたのか。

 気がついたときには洞窟内のような肌寒さがあった。


「ううーん」


 頭の後ろにやわらかな感触がある。


「起きたのか」


 うっすらと目を開けると、氷のような青い髪色が見えた。

 覗き込んで来るのはマユラハだ。


「あれ、なにしてるの?」


「ハンッ……ずいぶんなご挨拶じゃな。わらわが助けに来てやったというのに」


「え?」


 膝枕をしていとおしそうに頭を撫でられている現状はなんだろう。

 周囲の薄暗さも相まって意味がわからない。


 そうだ、わたしはナギをかばって穴に──。


 落ちたのを思い出して視線をマユラハの顔の向こうに移すと、遥か彼方に届きそうな縦穴があった。

 どうやらここはその底らしい。

 でも、あるはずの開口部、落ちた原因となった穴の入り口がなかった。

 まるで蓋を閉められたように。

 見えるはずの宮殿からの光が見えない。 


「ああ、あれはわらわが飛び込んで少しして塞がったぞ」


「そう……じゃなくて、どうして飛び込んで……いや、そっか」


 心配して来てくれたのだ。

 たったふたりで謎のエリアに落ちるなんてのは、あまりにも危険で、きっと装備すら失うことになるのに。

 それは怒るべきことかも知れない。

 でも、


「助けに来てくれて、ありがとう」


 わたしはあらためて感謝の言葉を伝えた。

 マユラハは平然とした表情で「むっ」と言う。


 本当は来るべきじゃないんだろうけど。

 本当は来ちゃダメだったんだろうけど。

 本当は取り返しのつかない状況だけど。


 ……ありがとう。


 わたしは心のなかでもう一度だけ感謝を伝えた。

 薄暗い場所にひとりきりなんて、寂しい。それに怖い。


「さて、これからどうする?」


 言われて、わたしは周囲を確認してみた。

 上の宮殿は白を基調にしていたけれど、それは下も同じだった。

 床が海のような深い青色をしていて薄暗いけど。


 いくつかの通路がある。でも先は見えない。


「とりあえず──まあ、ここにずっといても仕方ないし」


 わたしは通路の先に目を凝らす。


「移動かな」


 いわゆるオープンワールドではない昔のゲームでは、クリアまでの一本道をより楽しませるために、サイドクエストや文字通りのわき道を作っていたらしい。

 そして。

 わき道を進めば宝箱やモンスターがいるのだとか。


「されど道は3つあるぞ? どれを進むのじゃ?」


 昔ながらの迷路型のダンジョンのような場所だとすれば、危険がたくさんだ。


「矢を貸して貰える?」


 マユラハの手に氷の矢が生成された。


「ありがとう」


「何に使うのじゃ?」


「まあ見てて」


 わたしは矢尻を地面に立てて手を離す。

 こてっと倒れて、飾り羽根(氷)が正面の通路を示した。


「……古典的じゃの」


 矢を返すとパァ、と消えて消滅する。

 どうやらアイテムとしての通常の矢ではなく、スキルや魔法で生み出された矢らしい。


「別に最初に選ぶ方向なんてのは、どこでもいいんだよ。危なかったら逃げればいいんだし」


「確かにの。でも逃げられる前提なのはよくないぞ」


「……それは」


 確かにそうかも。

 孤島・アースラの旧市街エリアにいる特殊なゴブリンは自分たちで考えて行動している。

 これまでのモンスターのように一定の距離までしか追いかけてこない──とは思わない方がいいのかも知れない。


「うん。でもとりあえず進んでみよう」


「むっ」


 わたしは多少ダガーを投げられるだけの精霊使いで、マユラハは弓使い。

 弓を使うプレイヤーの、戦闘でのセオリーは高台に陣取っての一方的な遠距離攻撃や奇襲であって。

 建物内での近接戦闘は苦手なはずだ。

 もちろん、わたしもだけど。


「こっちに出口、あると思うかや?」


 通路の真ん中で立ち止まった2人は身を(かが)めた。


「ここってかなり深いから……出口があっても階段タイプか転送陣タイプだと思うんだ」


「なんじゃそれ?」


「階段タイプは文字通り、上の階層に行ける階段なんだけど、そんなに連戦ってできないじゃん。ふたりだし」


 わたしは思い出したようにアイテムボックスから紙を取り出して地図に記入を始めた。

 これで迷子にはならない。


「かと言って転送陣ってのはボス部屋の奥にあるのが普通なんだよね」


「ふたりでボスを倒せばよかろ」


 わたしは唖然とした。

 ソロでボスを倒すプレイヤーも少なくはない。

 でも初見のエリアでたったふたりでボスを倒す──。


 無理だ、なんてことはないか。

 わたしだって初日に精霊王をソロで倒したんだし。


 前回がひとり。

 今回はふたりだ。


「それもいいかもね。ふふっ……周辺を確認して、大丈夫そうなら行ってみようか」


 そもそもどこにボス部屋があるのかわからないんだけど。

 もっといえばボスがいるのかどうかもわからない。


 どこにどんな敵がいて、どこにどんな罠な宝箱があるのか。

 すべてがわからないからこそ楽しいとも思える。


「マユラハは回復アイテムとかってどのくらい持ってる?」


「……回復? どんなのじゃ?」


「どんなのじゃって回復ポーションとかエリクサーとか」


 マユラハは首をかしげている。

 差し出された袋のなかには木の実みたいな食べ物しか入っていない。


 あれ、アイテムボックスも使わないのかな?


 アイテムボックスを使えば一定の重量まではアイテムの出し入れが自由にはなるけれど。

 縛りプレイをしているプレイヤーであれば使わないことも普通あったりする。そこまで珍しくはない。

 使うのは自分で造った装備だけ、とか。逆に買った装備だけ、とか。

 防具も奪った物だけの山賊プレイなんかもある。

 もちろん持てるだけの装備やアイテムしか所持しない、なんてのも珍しくない。


 貴族の令嬢ロールしてるから、アイテムボックスは使わないのかも。


「いや! いいよ、それでいい。わたしはマユラハのプレイスタイルを否定しない」


「そ、そうかの? よくはわからぬけど」


「わたしも何かロールしようかな」


「ロールってなんじゃ?」


 こうしてわたしたちは、またふたりで進み始めた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 本当にプレイヤーか?
[一言] AI搭載の村人NPCやモンスターNPCがいるならそりゃあ冒険者NPCがいても全くおかしくないよね?って予想
[一言] 先が気になりますね! マユハラNPC疑惑が深まっていく……。 正体。気になります!
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