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 宮殿の周囲にはぐるりと白い壁があった。上から見れば、きっと宮殿は『C』のカタチに囲まれていると思う。

 となると。

 宮殿の出入口であろう門扉に向かうには、正面に見える壁の切れ目を通って向かわなくてはならない。

 もちろん宮殿なので、その場所には政府機関のゲートさながらに衛兵──のようなゴブリンが立っていた。


 そこで斥候として人を送ることになったんだけど……。

 やっぱりわたしも送られることになった。

 クランのみんな、わたしが精霊使いってことを忘れてるんじゃないかな? うーむ。


「6体」


 わたしが言うと、みゃーこ先輩が「にゃ」と肯定するような声を出した。

 するとマユラハも「うむ」と言う。どうやら正解らしい。


 今回は3人で斥候に出ている。

 最初は多いかと思ったけど、これなら奇襲だってできる人数だ。

 見えているゴブリンは6体で、隠れているのはいないみたい。


「どうします?」


「あのくらいなら、みんなを呼ぶまでもないにゃ」


「同感じゃ。あの程度で手こずるようなら、中には入れぬ」


 言うじゃんか、ふたりとも。

 わたしは頷いた。


「わかりました。じゃあ、わたしはあっちのやつ」


 左側で1体だけ離れた場所にいる鎧ゴブリンを視線で示す。

 他のゴブリンと離れているのもそうだし、なにより防具が胴当てくらいしかないから、わたしでもなんとかなる。はず。だろうと思う。きっと。


「オレさまは正面と右側の3体かにゃ」


「わらわが先に、左側で話しておる2体を倒す。そのあとは援護しよう」


「助かるにゃ~」


 わたしたちは移動を開始した。

 宮殿の正面側の茂みにみゃーこ先輩が隠れ、マユラハは左の方に進んでいく。そこから少しばかり離れた建物の陰にわたしは待機する。


 ヒュッ


 と、氷の矢が飛翔して2体のゴブリンが倒れた。

 灌木(かんぼく)の陰から射ったらしい。


「上手い! 速射スキルじゃないのに、速いし」


 わたしは小声で言う。

 素直に感心した。見事な技だ。

 あの距離。しかも2体ともが胸に矢を受けて一撃で消滅している。


 みゃーこ先輩が駆けるのが見えた。

 わたしはスキルを発動する。


「【精霊召喚:狼】」


 狼の牙を触媒にして、眼前に黒い狼が現れた。

 そして昨日、新しく覚えたスキルを選択。


「【精霊憑依】」


 目の前が真っ暗になりつつ、身体からガクッと力が抜ける。

 視界に色が広がったとき、そこには幸の薄そうな少女が虚ろな目で膝をついているのが見えた。


「おお、やれた」


 精霊憑依は精霊召喚で召喚したモンスターの身体を操れるスキルだ。

 1日に使える回数が3回と決まってるからこそ、MPの消費はない。

 強いのか弱いのか微妙すぎるけれど、モンスターとして動けるのは面白い。モンスターとして動いている間、PCプレイヤーキャラクターが動けないってデメリットが大きすぎるんだけど。


 ともかく狼となったわたしは駆けた。

 普段とは全く違う速度でゴブリンに近づき、噛みつく。

 剣を避けて引っ掻く。


 ──ゴブリンは消滅した。ドロップアイテムは無し!


 その時だった。

 がら空きの横腹に矢が刺さった。


「へっ?」


 近づいてくる猫型の獣人が二本でひとつの双剣スラッシュを振り上げてる。


「ちょ、まっ」


 瞬間、わたしの意識はアリカに戻った。

 どうやら狼が倒されたらしい。


「……プレイヤーに倒されるモンスターの気持ちがわかった」


 わたしは肩を落としながら正面ゲートに向かった。

 みゃーこ先輩がスラッシュをくるくるさせながら、こっちを見てる。


「狼が出たにゃ。びっくり!」


「それわたしです」


「にゃ!?」


 衛兵ゴブリンを倒したあと、宵先輩たちを呼んだ。

 全員が集合すると、慎重に宮殿のなかへと進んでいく。

 防壁であり外壁でもある白い壁の向こう側には、果物の実った木があったり、庭園があったりと美しい景色が広がっている。


「綺麗なところだねー」


「ゴブリンがいないなら、お弁当でも食べたいかも」


 ナギとアーサーは楽しげだ。

 みゃーこ先輩とマユラハは少し先行して、中央にわたしたち、最後尾に宵先輩の陣形で進んでいると。


「アリカ、どう思う?」


 言われて、わたしは歩くペースを落として宵先輩に並んだ。


「と、言いますと?」


「マユラハが言っていただろう? 徹底された上下関係がゴブリンにはあるのだと。だとすれば、ゴブリンには軍人のような命令系統がある……とは思わないか?」


「まあそうですね。王さまがいて、ポーンだとか階級でわけてるみたいですし」


「だが、ゲートを守っていたやつらは腑抜けていた。あれで守っていると言えるか?」


「それは……確かに」


 もちろんゲームだから、そこまでの設定がされていないだけかも知れない。

 でも本当に徹底された上下関係があるのであれば、ゲートの守りを任された警備がサボっているのはいいのだろうか。


「ここもそうだ。ゲートでの戦闘は気づかれなかったのだとしても、庭まで入っているのに見回りのひとつもいない」


 言われてみれば違和感を感じる。

 インフォメーションで見たように、ゴブリンが自分で考えるのだとすれば、いや──するのだからこそ。


「怪しい、かも」


 正面の門にはカンヌキすらかかっていないようだ。

 みゃーこ先輩が中の偵察に向かう。

 しばらく待機していると、扉が開いた。


「んー、何もいにゃい。あんまり奥までは行かにゃかったけど」


 わたしたちも宮殿に入ってみることになった。

 攻略に来たのだから、立ち止まっても仕方がない。


 宮殿内は明るかった。

 どうやら天蓋が光を透過させる素材らしく、外と変わらないくらいには周りが見える。

 吹き抜けのエントランスホールの床は大理石のような艶やかで豪奢な雰囲気。

 左右から張り出した上層階を支える八本ある柱は白くて、なんだか世界樹の迷宮のボス部屋である、塔の屋上を思い出した。


 いや、もっと正確に言ってしまえば。


「なんだか、劇場みたい」


 それもオペラだとかバレエを演目としているような大がかりで、上流階級しかいかなさそうな、格式と派手さのある場所に思える。

 正面の異様に幅が広い階段なんて、威圧感しか感じない。


 階段までもう少しと言うところで、


「劇場か、そうかも知れないな。だが、どうやら」


 と。

 宵先輩が刀の柄に手を伸ばす。


「──私たちは観客、というわけでは無さそうだ」


 突然、ゴブリンたちが現れた。

 旧市街の街中で見かけるゴブリンよりも屈強で、肌にハリのある者たちが、全身に鎧を着飾っている。

 ローマ軍重装歩兵を思わせる様式の鎧は整備されているのか真新しいほどに輝いていた。

 どこからともなく現れて、階段下で陣形を組み、二階部分には階下を狙う弓兵たちが現れる。


「ホブゴブリン!?」


 階段の踊り場に、2体のホブゴブリンがゆっくりと歩いてくる。

 普通のゴブリンはプレイヤーの胸くらいの高さしかないのに、やつらはわたしたちよりもずっと大きい。


 やっぱり、なんか違う。前作のホブゴブリンはのろまだったけど。

 こちらを見下ろしている巨漢は、ごうごうと燃えそうな武人の瞳だ。


「──退却する! 扉まで急げ!!」


 曲面天井いっぱいの青空の絵に、矢が雨雲のように重なった。

 降り注ぐのは鋭い矢尻をした無数の矢。

 わたしたちは武器や防具で頭を守りながら門扉に駆けた。

 しかし。


「気をつけよ、あれは魔法使い(ビショップ)じゃ!」


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」


 門扉をふさぐように立っている魔法使いゴブリンが、奇妙な呪文を唱えた。

 即座に射ったマユラハの矢が刺さり、宵先輩が刀でぶった斬る。

 しかし。

 両断された身体は掻き消えない。


 それどころか、透明化していたのか、門の前にも横列で陣形を組んだゴブリンたちの姿が現れた。


「くっ……幻影の魔法か! みゃーこ、アーサー来い。残りは後ろからの攻撃を防げ!」


 ゴブリンたちがケタケタと笑った。

 階段の踊り場に、杖を持ち、ホブゴブリンに守られた黒いローブを纏ったしわくちゃのゴブリンが蜃気楼のように現れる。あれが本物だろうか。

 枯れ木のような杖の先がこちらに向けられている。

 ゴブリンの詠唱が再開された。


「──どうするどうするどうする、どうする!」


 どんな魔法だ?

 詠唱の感じからすると……わかんない。

 魔法特有の発光は黄色か白か微妙なところ。

 単純な魔法弾かデバフ系の魔法、あるいは氷属性か土属性? 候補が多すぎる。

 最高位の魔法をバンバン撃ち合う上級プレイヤーならまだしも。

 こんな低レベル帯では魔法の種類が多すぎて──。


 ええい、やるっきゃない!


 先輩たちはまだ突破出来ないでいる。

 魔法が発現するまであと数瞬。


「────っ!!」


 わたしはナギの前で両手を広げた。パーティーにおいて、もっとも重要なのは回復役(ヒーラー)だから。

 でも。


「あ、これ、うそ」


 枯れ木のような杖から黄色の光弾が発射される。

 これは対個人用の魔法ではない。

 光弾は吸い込まれるように、エントランスホールの床に直撃した。


「【大地隆起(アースクエイク)】だ……!」


 本来の使い方であれば、大地が隆起して相手集団を吹っ飛ばしつつダメージを与える魔法。

 しかしこの大地隆起は違った。


「──落とし穴!?」


 エントランスホールの床が、まるでガラスが割れたみたいな音を発しながら抜け落ちていく。


「……ナギ、逃げて」


 誰よりも先に、これから起こることに気づいたわたしは、とっさにナギを前へと突き飛ばした。

 パーティー構成的に、後衛の魔法職よりもヒーラーを優先して守るべき。

 これでみんなは生き残れるかも知れない。

 だから、


「う、うわぁあああああああああああああああああ」


 大地の奥底、星の中心まで届きそうな深い穴に、わたしは落ちていった。



○○○



「先輩、あーちゃんが落ちました。あたし……!」


「わらわが行こう。そなたらは来るな、この高さでは死んでしまうぞ」


「マユラハが……と、飛び降りちゃったにゃ」


「宵先輩、扉が開きました!」


「あいつらの犠牲を無駄にするな、撤退だ!」


 天井から見える光が遠くなっていく。

 聞こえるはずもない宵先輩の声が聞こえて、わたしはその冷静な判断に感謝した。

 今みんなが降りてしまったら、身代わりとなった意味がない。


 というか。

 ん?

 何か氷のような色が落ちてきている気が……。

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