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ベルマリアの店──というか店なのか。
よくわからないけど、敷物に座っているベルマリアと取り引きをした。
ゴブリンから入手したアイテムをすべて売って、その代金で残っていた装備の費用を支払って魔石と回復ポーションを何本か買う。
今日は宮殿に向かうのだ。
初見で攻略できたらいいなぁ……とは思うけど。
掲示板にも情報がないから、さすがに難しそうだ。
峡谷に蓋をする壁の下、駐屯所を抜けたところでわたしは口を開いた。
別にそれまで黙っていたってわけでもないのだけれど。
騒動のことを説明しようと思ったんだ。
昨日見たことを説明すると、ナギだってキレていた。
やたらと速いストレートが空を切っている。
「先輩、すいません」
「気にするな。あいつらのクランは知らんが、そんなプレイをするやつは好かん」
「はい。……ですね、足をかけてモンスターの犠牲にさせているうちに逃げるなんてひどいです」
「まったくじゃ!」
なぜか同行しているマユラハが腕を組みつつ頷く。
昨日、マユラハと目撃したのは、あの金髪剣士が桃色髪の女の子に足をかけて転ばせた瞬間だった。
殿が残って仲間が逃げる時間を稼ぐ行為はあるけど、あんな風にパーティーに加入したばかりの人にそんなことをするのは、わたしは嫌いだ。
ルナルーンだったら昨日の時点で灰も残さないのに。
というか。
おっと、紹介を忘れていた。
「……こんな場面で言うのはなんですけど」
と、わたしはマユラハに手のひらを差し出す。
「こちらマユラハです。マユラハ、こちらクラン【夜の帳】の面々です」
「わらわはマユラハじゃ」
先輩やナギたちが順番に自己紹介をしていく。
偶然なのかストーキングしているのか、あるいは運命なのか。何がなんだかわからないけれど。
桃色髪の女の子を助けるのに力を貸してくれた。
今日も今日とて、さっきの3人組が笑っているときにやって来たし。
でも実際……おかしくない?
とは思わざるをえない。
まさかマジでわたしがログインするのを待っていて、現れると同時に近づいてくるのだろうか?
ストーカーなんてされたことないけど、そんな感じ……だとも思えないんだよなぁ。
じゃあなんで──こんなにも一緒になるの?
ま、まさか……ほんとうに……う、運命!?
宵先輩と話している氷髪を見て、わたしは目を見開いた。
「どったの?」
「あのさ、ナギ。運命ってあると思う?」
「運命? 赤い糸的な?」
「的な」
「どーだろっ……んー、でもあったほうが楽しいんじゃない?」
「それは」
そうなのかな。
思えば、
マユラハが何を考えているのか、とか。
どうしてわたしに会いに来てるのか、とか。
詳しく聞いたことがなかった。
「ねえ、マユラハ。マユラハはわたしをどう思ってるの?」
小さな声で背中に問いかけてみた。言ってしまえばこっぱずかしい。
そりゃ当然あっちは立ち止まるわけでして。わたしは進んでいるわけでして。
車は急には止まれない。
わたしは人間だけれど。
「うわっ」
と。
ふたりでぶっ倒れた。
「そ、そなたは前を見て歩くべきじゃ」
「……ごめん」
大丈夫か? と声をかけられているなかで、マユラハが言った気がする。
「にわとりが先か、たまごが先か」
いったい、なんのことだろう。
クランのみんなには聞こえなかったのか、特に言及もされず、手を差しのべられたのでわたしたちは立ち上がった。
そして断崖絶壁にある縄梯子を降りて、旧市街にたどり着く。
ここでようやく、わたしは誰も言わないので問いかけようかと手を挙げた。
「あのー……マユラハ、つれていってもいいです?」
もうついてきてるんだけど。
「可愛い女の子は大歓迎にゃ」
「あーちゃんの友達なんでしょ? いいんじゃない?」
「パーティーの構成的に、遠距離攻撃ができる人は必須だよ」
いいのかな?
宵先輩だけは表情も変えずにわたしを見ている。
「──かまわない」
と。
こうしてマユラハの同行が決まった。
マユラハはマユラハでついてきているから、同行する気はあるのだろう。たぶん。
わたしは装備を変更する。
精霊王のローブや白木の杖、その他アイテムを装備して準備は万全だ。
なんだかマユラハの視線を感じる。
やっぱりわたしが好きなのか?
パーティーは出発した。
今日は宮殿の攻略を目指しているので旧市街の大通りを突き進んでいく。
やはり、というか。
ゴブリンたちは大通りには立ち入らないらしく、いても通りからこちらを眺めているだけだった。
「おお~、ほんとに来ないんだね」
ナギが楽しそうに言う。
「そうじゃな。あれらはゴブリンのなかでも地位が低いのじゃ。ゆえに緊急時でもなければ立ち入らぬ」
「ゴブリンに地位なんてあるの?」
「ある。ロードを頂点としてルーク、ビショップ、ナイト、ポーンがおるな」
「あれはポーン?」
ナギが指差したのは腰布を巻いただけの、剣士ゴブリンだ。
「鎧を着ておるのがポーンじゃ。あれははぐれゴブリンであろうな。弱くてゴブリンの街から追い出されたのであろ」
マユラハの説明ではゴブリンは、王を絶対の頂点としたピラミッド型の上下関係が根づいた縦社会を築いているらしい。
「クイーンはおらぬ。不敬じゃからな。ルークはロードの直属兵団で、ビショップは魔法使い、ナイトはホブゴブリンの精鋭じゃ。ポーンである鎧を着たゴブリンははぐれゴブリンを複数つれておるやつもおるの」
前作にもゴブリンはいたけど、そんな設定があったとは知らなかった。
増援でやって来るのははぐれゴブリンのようだ。
町から追い出されたくらい弱い……あれが?
わたしが疑問を口に出そうとすると、先に宵先輩の口が開いていた。
「なぜ知っている?」
「わらわは知っていることを知っているだけじゃ。知らぬことは知らぬし。先ほどの話は、そなたらがおらぬときに聞いただけのことよ」
「そうか」
宵先輩はそれだけを言うと前を見る。
宮殿が見えてきた。
真っ白な外観だけど、ドーム状の屋根はキラキラとした青色。
旧市街がボロボロな建物ばかりなのに、そこは崩れた様子すらない。
見上げるほどの高さのある建物に、わたしは激闘の予感を感じていたのだった。