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ベルマリアの店──というか露店は店なのか。
よくわからないけど、敷物に座っているベルマリアと取り引きをした。
ゴブリンから入手したアイテムをすべて売って、その代金で残っていた装備の費用を全額支払い、余ったモルで買えるだけの魔石とポーションやエリクサーを買う。
はたしてこの友人はどれだけのモルを持っているんだろうか。
所持金を教えてと言ったら、教えてくれそう。でも聞いたら自分との格差に絶望しそうだ。聞くのはやめた。
クラン【夜の帳】のみんながベルマリアと取り引きをしてアイテムの補充をする。
はたしてこの友人はどれだけのアイテムを──以下略。
この世には知らない方がいいことが多い。
「こんなにアイテムを揃えるってことは、宮殿の攻略を目指すのか?」
ベルマリアの氷のような瞳がわたしを見ている。
冷たい雰囲気はあるけど、実際は冷たくなんてない。こうやって聞いてくるのも心配してだろう。
「うん。攻略しようと思ってる」
今日は宮殿に向かう予定だ。
宮殿は掲示板にも攻略したという書き込みが無かったから、誰もボスを倒していない未攻略の場所らしい。
そもそもダンジョンなのか、ただのエリアなのかすらわからない。
ベルマリアに見送られて、夜の帳は進んでいった。
峡谷に蓋をする壁の下、駐屯所を抜けたところでわたしは口を開く。
別にそれまで黙っていたってわけでもないんだけども。
さっきのことを説明しようと思った。誘拐犯なんて誤解はまっぴらだ。
昨日見たこと、やったことをわたしは説明する。
みんなそれを黙って聞いていた。
「つまり、魔法使いゴブリンはわたしです」
「そうか。まあそうだろうな、とは思ったが」
宵先輩は「ふうん」とあまり気にしてなさそう。
でもちらりとマユラハを見ている。
おっと、紹介を忘れていた。
「……こんな場面で言うのはなんですけど」
と、わたしはマユラハに手のひらを差し出す。
「こちらマユラハです。マユラハ、こちらクラン【夜の帳】の面々です」
「わらわはマユラハじゃ」
どうしてだか、あれからついてきているマユラハを紹介することにした。いったいどこまでついてくるのか。まあ宮殿までだろう。
いいのかな。いいんだろうな、誰も止めないし、なんなら誰なのかすら聞いてこないし。
先輩やナギちゃんたちが順番に自己紹介をしていく。
偶然なのかストーキングしているのか、あるいは運命なのか。何がなんだかわからないけれど。
マユラハは桃色髪の女の子たちを助けるのにも力を貸してくれた。
そして今日も今日とて一緒にいる。
でも実際おかしくない? とか思い始めてきた。
まさかマジでわたしがログインするのを待っていて、現れると同時に近づいてくるのだろうか?
ストーカーなんてされたことないけど、そんな感じ……だとも思えないんだよなぁ。
じゃあなんで──こんなにも一緒になるんだろう?
宵先輩と話している氷色の髪の少女を見て、わたしは目を細めた。
「どったの?」
「あのさ、ナギは運命ってあると思う?」
「運命? 赤い糸的な?」
「的な」
「どーだろっ……んー、でもあったほうが楽しいんじゃない?」
「それは」
そうなのかな。
思えば、
マユラハが何を考えているのか、とか。
どうしてわたしに会いに来てるのか、とか。
詳しく聞いたことがなかった。
「ねえ、マユラハはわたしをどう思ってるの?」
小さな声で背中に問いかけてみた。言ってしまえばこっぱずかしい。重いし
そりゃ当然あっちは立ち止まるわけでして。わたしは進んでいるわけでして。
車は急には止まれない。
わたしは人間だけれど。
「うわっ」
と。
ふたりでぶっ倒れた。
「そ、そなたは前を見て歩くべきじゃ」
「……ごめん」
大丈夫か? と声をかけられているなかで、マユラハが言った気がする。
「にわとりが先か、たまごが先か」
いったい、なんのことだろう。
クランのみんなには聞こえなかったのか、特に言及もされず、手を差しのべられたのでわたしたちは立ち上がった。
そして断崖絶壁にある縄梯子を降りて、旧市街にたどり着く。
ここでようやく、わたしは誰も言わないので問いかけようかと手を挙げてみた。
「あのー……マユラハ、つれていってもいいです?」
もうついてきてるんだけど。
「可愛い女の子は大歓迎にゃ」
「あーちゃんの友達なんでしょ? いいんじゃない?」
「パーティーの構成的に、遠距離攻撃ができる人は必須だよ」
いいのかな?
宵先輩だけは表情も変えずにわたしを見ている。
「──かまわない」
と。
こうしてマユラハの同行が決まった。
マユラハはマユラハでついてきているから、同行する気はあるのだろう。たぶん。
わたしは装備を取り出した。精霊王のローブや白木の杖、その他アイテムを装備して準備は万全だ。
なんだかマユラハの視線を感じる。
やっぱりわたしが好きなのか?
パーティーは出発した。
今日は宮殿の攻略を目指しているので旧市街の大通りを突き進んでいく。
やはり、というか。
ゴブリンたちは大通りには立ち入らないらしく、いても通りからこちらを眺めているだけだった。
「おお~、ほんとに来ないんだね」
ナギが楽しそうに言う。
「そうじゃな。あれらはゴブリンのなかでも地位が低いからの。ゆえに緊急時でもなければ立ち入らぬ」
「ゴブリンに地位なんてあるの?」
「ある。ロードを頂点としてルーク、ビショップ、ナイト、ポーンがおるな」
「あれはポーン?」
ナギが指差したのは腰布を巻いただけの、剣士ゴブリンだ。
「鎧を着ておるのがポーンじゃ。あれははぐれゴブリンであろうな。弱くてゴブリンの街から追い出されたのであろ」
マユラハの説明ではゴブリンは、王を絶対の頂点としたピラミッド型の上下関係が根づいた縦社会を築いているらしい。
「クイーンはおらぬ。不敬じゃからな。ルークはロードの直属兵団で、ビショップは魔法使い、ナイトはホブゴブリンの精鋭じゃ。ポーンである鎧を着たゴブリンははぐれゴブリンを複数つれておるやつもおるの」
前作にもゴブリンはいたけど、そんな設定があったとは知らなかった。
増援でやって来るのははぐれゴブリンだけらしい。
わたしが疑問を口に出そうとすると、先に宵先輩の口が開いていた。
「なぜ知っている?」
「わらわは知っていることを知っている。知らぬことは知らぬ。先ほどの話は、そなたらがおらぬときに聞いただけのことよ」
「そうか」
宵先輩はそれだけを言うと前を見る。
宮殿が見えてきたのだ。
真っ白な外観だけど、ドーム状の屋根はキラキラとした青色。
旧市街がボロボロな建物ばかりなのに、その周辺だけは崩れた様子すらない。
見上げるほどの高さのある建物に、わたしは激闘の予感を感じていたのだった。




