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 朝、リビングに行くとお母さんがいた。

 いつものお母さんだ。そう見える。もしかすると宇宙人か何かが擬態能力でお母さんのふりをしている可能性もゼロではないけど。

 テーブルに置かれたのはしらす丼だった。朝からどんぶりモノ。しらす丼は──朝食として、どうなんだ。よくわからない。

 わたしと妹はどんぶりで顔を隠しながらお母さんを凝視する。


「え、なに、どうかしたの?」


 声もいつものお母さんだ。アニメ声じゃない。


「妹よ、昨日のことは忘れよう」


「おねーちゃん」


「妹よ」


「おねーちゃん」


「妹よ」


 わたしたちが抱き合っておよよ、と泣いているのをお母さんは唖然としながら見ていた。

 でもすぐにどうでもよさそうなってテレビをつけている。


「お昼は天ぷらうどんにする予定だけど、晩御飯は何がいい? 食べたいもの作るけど」


 そんなことを聞かれた。

 わたしたちは即座に抱擁から敵対の眼差しを向け合う関係になる。


「ハンバーグ!」


 妹が言った。


「からあげからあげ!」


 わたしは大事なので二回言った。勝利だ。

 妹は狼狽(うろた)えてる。


「ハンバーグハンバーグハンバーグハンバーグハンバーグハンバーグフッ」


 連呼を始めた妹の頭に、お母さんが軽くチョップをした。

 妹は「あうう~」なんて言って涙目になった。嘘泣きなのはバレバレだぞ。


「じゃあすき焼きにするわね。材料買ってるし」


 なんだじゃあって。いったいどうして聞いたんだ。

 いや、食べたいものを作るって自分のことを言ってたのか? おかしい、やっぱりお母さんは偽者か。

 でもまあすき焼きはわたしも妹も好きなので、別に文句はないんだけど。


 そのあとは妹が一緒にゲームやりたいとか言うのをなんとか阻止しつつ、部屋から追い出して鍵を閉めた。扉の向こうから泣き声が聞こえる。


「別にぎゃん泣きしなくても……」


 ほんの少しだけ一緒にやろうか、とも思った。

 いや、でも今日は部活みたいなもんだし。


 ヘッドギア型のデバイスを装着してベッドに横になる。


 クリスティアオンラインⅡのアイコンを選択するとホーム画面に移動する。

 そこに映っている風景は海辺で、ベルサーニュだろうか。その奥にうっすらと島が見えた。

 もちろんゲーム内のベルサーニュから孤島アースラがこんな風に見えることはない。

 わたしはログインを選択する。


「さて、と」


 パッと目を開けると宿屋の天井の木目が見えた。

 他のプレイヤーは一部が岬にある船着き場か灯台で、一部が牧場や民家をスタート地点にしている。

 旅券のおかげかはわからないけど、宿屋からスタートできるのはありがたい。


「初日にミノンと会えてよかったー」


 この宿屋をスタート地点に登録しているプレイヤーは、どうやらあまりいないらしい。

 宵先輩とみゃーこ先輩はわたしたちとパーティーを組んだことでフラグが立ったのか部屋を借りれるようになったようで、一階を借りているんだけど、無料ではないらしくて結構な出費のようだ。

 

 一階に降りるとナギちゃんとアーサーがテーブルで話していた。


「あーちゃん、おっすー」


「おはよー」


「おはすー」


 わたしはふたりの挨拶が合体したような適当な挨拶をして宿を見回す。

 ミノンがいない。

 NPCが寝ているというのも変な気がするけれど、どうやらミノンは眠っているらしい。

 ゲーム内の時間では早朝くらいだからか、ミノンのお父さんも、カウンターであくびをしているのが見えた。


「どうする?」


「ボクたちもそれを話してたんだよね。先輩たちと合流するまでは、まだ少し時間もあるから」


「あーちゃんは何かしたいことってある?」


「どうだろう……あっ、デスして奪われたくないから、いらないアイテムを売って来ようかなって」


「あたしもいらないの売ろうかな」


「ボクも行くよ。アリカさんは魔石を買っといたほうがいいんじゃない?」


「だねぇ」


 と、わたしたちはゆるく宿屋を出る。

 三連休の最終日の朝だから、通りにはたくさんのプレイヤーがいた。ベルマリアのお店があるのは宿屋の近くだ。

 そこに向かっていると笑い声が聞こえてきた。


「昨日、マジで焦ったなー」


「ゴブリン舐めてたわ」


「あんなに来るんだねー、知らなかった」


 けらけら笑っている男女3人組が、通りの端に置かれた長椅子に座って談笑している。

 全員がお揃いの金属鎧に白色のマント姿だ。


「どったの、あーちゃん。知り合い?」


「……知り合い。っていうか」


 わたしは3人組の会話に聞き耳を立ててみた。


「いやでも、あんなことになるなんてな」


「そうよねぇ。まさかゴブリンが助けてくれるなんて」


 わたしは引きつり笑いを浮かべながら、その話を聞く。

 ナギちゃんとアーサーが不審そうな顔でわたしを見てる。


「魔法を使うゴブリンの情報、クランに話とかないとな」


「ああ。でもあれは召喚魔法っぽかったな」


「炎の──あ」


 精霊王のローブは装備してないけど、頭に仮面もヘルムもつけていない。盗み聞きしてるのがバレた。

 でもこんな往来で話してるのが悪いんじゃないかなー、とか思ってたけど、向こうも怒ってなさそうだ。


「あっ、『狼と子羊』で3位だった人だ」


「どしたんすか?」


「パーティー組みます?」


「あの、さ」


 わたしはいたって平穏な顔をする。


「さっきの話ってどんなの? ちょっと気になって」


「さっきの? ああ、昨日のアレっすね」


「聞かせてあげなよ!」


 3人は顔を見合わせたあとで「くくっ」と笑った。


「昨日、旧市街でゴブリンに襲われたんですよ。その時に魔法を使うゴブリンに出会いまして」


「掲示板とか見ても、魔法を使うゴブリンは今作ではまだ未発見らしくて」


「動画を載せたら反応よくてですね」


 どうやら彼らは旧市街エリアでの戦闘なんかを録画していたらしい。

 そこに映った魔法使いゴブリンの動画で中々の再生数を稼いだのだとか。魔法使いゴブリン……。

 

 ふと横を見たらマユラハが立っていた。ほんと、どうしてわたしの居場所がわかるんだろう。


「ゴブリンさまさまっすよ」


 笑い合う3人の騎士たち。

 そんな3人を見ながら、マユラハはわずかに首を傾げる。


それは(・・・)ゴブリンではなく(・・・・・・・・)──」


 わたしはマユラハの口を押さえた。マユラハがもごもごとうめいてる。

 そんな様子を見て、3人組は妙な顔をした。ナギちゃんとアーサーも妙な顔をしてるけど。


「す、すごいね、そんなゴブリンに出会えるなんて!」


 わたしはぺこぺこしながらマユラハを引きずっていく。

 騎士たちは困惑しつつを手を振ってくれた。


「アリカ……何をやってるんだ?」


 宵先輩が宿から出てきてわたしを見ている。

 正確に言えば、マユラハの口を押さえて引きずってるわたしを。

 客観的に見れば拉致してるようにしか見えない。そんな様子を困惑した顔で見られて、わたしも困惑するしかなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アリカもマユラハも宵先輩もカッコいいです
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