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目の前が淡く光ったかと思うと、次の瞬間には広場に立っていた。
広場からまっすぐに続いている大通りが行き着く先は、きらきらと輝く青い海だ。
前作クリスティアオンラインのアジアサーバー初期リスポーン地点でもあった荒野と比べれば……いや、比べるべくもない。
「──綺麗」
新たな口から、言葉が出た。
はじまりの町ベルサーニュ。
その中心に位置する広場には、リスポーン地点ということもあって多数のプレイヤーが集まっている。むしろごった返している。
おそらく町から出られるのか、そちらの方向は満員電車さながら。
見知らぬ人々が押しつ押されつしている。
「うわぁ……」
そんな光景を見ていると辺りから声が聞こえた。
「な? だからクリスティアオンラインで最強のプレイヤーは、疾風のイクサだと思うわけだ」
「ふざけるな。黒白二翼かクインベルドだろ」
「意味わかんないわ、リゼルさまが最強よ」
どうやら混雑に突っ込むのをあきらめた数人が、前作での最強のプレイヤーが誰なのかを議論しているようだ。
「リゼル? 確かに配信はおもしろいけどな」
「おう。【魔王軍】だったら魔王アーベロンが最強だ」
「……確かにアーベロンなら、イクサや黒白二翼、クインベルドに匹敵するよな」
「ほっほっ、おもしろい議論じゃが」
白髪の賢者っぽい見た目の老人が、話し合いに参戦した。
「わしは単純な火力なら──ルナルーンさまが最強だと思うぞい」
「そりゃ、なあ?」
「あれは……なあ?」
「あの有名な動画あるじゃん。わたし、やられたクランにいたんだよね」
「「「どんまい」」」
最初は広場の端に置かれたテーブル周辺だけの話だったが、いつの間にか広場全体に話題が広がっていった。
暇をもて余しているからこそ、白熱した議論にもなっていく。
──ルナルーンは強いけど、後衛だろ。──それがどうした。──魔法が発現する前に斬られて終わりだ。──アホかよ。──アホだろ。──死ね。氏ねじゃなくて死ね。──対策してるに決まってるでしょ。──対策ってなんだよ。──地雷系の魔法とかでしょ。──そんな低級魔法、ルナルーンお姉さまは使わないわ。
「………」
いつの間にか。
あちらでは最強のプレイヤーという話題から、ルナルーンが接近戦にどう対応しているのか、という話に変わってきている。
──ルナルーンお姉さまに踏まれたい。──俺、前に一度だけパーティー組んだことあるぜ。──嘘つくな。──ほんとだよ。──話した?──うん。狩りを手伝って貰ったんだけど、そのときに少し。──相手は?──グリードルってドラゴン。──あれは厄介。──あのドラゴンはヤバい。──勝てたの?──もちろん。ルナルーンの魔法を間近で見れてよかったよ。
こちらでは以前にパーティーを組んだことのあるらしい剣士が自慢するように話をしている。
今の自分はルナルーンではないけど、少し恥ずかしい。
ふと下を見ると、メッセージが届いた。
『ナギ:あーちゃん、完成したよ』
『ナギ:いるー?』
どうやらなぎちゃんのPCが完成したらしい。
先に作っていたことを考えれば、完成に時間がかかっている。どんな姿かな?
『アリカ:えっと』
『アリカ:噴水のところ』
『ナギ:あたしも噴水のところにいるよ!』
「えっ」
わたしは周囲を見回した。
禿頭の男は──違うだろう。
猫耳の女の子は──あれかな?
「あの、なぎちゃんですか?」
「にゃ? にゃーはみゃーこですにゃ」
「す、すいません」
違ったらしい。
えっ、うそっ……もしかして噴水に浮かんでいるスライム……?
「えっ、なぎちゃん?」
「人違いだぜ、お嬢さん」
思った以上にダンディーな声のスライムだった。
わたしはぺこぺことお辞儀する。
「あーちゃん見っけ」
後ろから声をかけられた。
振り向いたわたしの視線の先には、可愛らしい少女が立っている。
見たところ、高校生というよりは中学生くらいの年齢だろうか。
ピンク色の髪と紅玉色の瞳が特徴的な美人さんだ。
「あ、ナギって名前なんだ」
まさしく美少女な彼女に視線を合わせると、プレイヤーネームが表示された。
【ナギ】冒険者Lv1
こちらを見つめているナギにはきっと、
【アリカ】冒険者Lv1
が見えているはずだ。
「あーちゃんって冒険者なんだ」
「なぎちゃ……ナギも、そうだよ」
「え、そうなの?」
「うん。最初はみんな冒険者なんだよね」
わたしは再度、周囲を見回した。
──ルナルーンお姉さまってⅡにいるのかな?──いらっしゃるに決まってるじゃん。──あんなに強い人なんだから、さ。──ああ、お会いしたい、踏まれたい。──わたしは罵られたい。──わしは魔法で貫かれたい。
「……ひえっ」
ナギも視線を会話している人たちに向けている。
というか。
広場にいれば、どこにいても聞こえるだろう。このヤバい話は。
「いや、わたしも聞きかじっただけなんだけどね。クリスティアオンライン、前作はやってなかったし」
「そうなの? じゃあ二人とも初めてなんだ」
ニカッと明るい笑顔は、リアルも仮想現実も関係なく美しい。
青空の下のひまわりのようだ。
「……ってかさ」
ナギがわたしの顔を覗き込む。
「あーちゃんの顔、すっごい可愛いね。でも、なんでそんなにしたの?」
「へ?」
言われてようやく自分の顔が気になる。
急いで広場に面した店舗まで駆けると、陳列窓に姿が映った。
「──っ!?」
最初の印象は、『なんか、すごい幸が薄そう』だ。
綺麗な白髪は初雪が降り積もった雪原のように美しいけれど、この印象が相まって病人にすら見える。
華奢な身体は、現実と同様に凹凸が少なかった。
おそらく、ナギはリアルの外見データを取り込んで、いろいろ編集したのだろう。
じゃあわたしのは?
ランダム生成される容姿というものには、ある程度のパターンがあるのだけれど、その中でも美人と呼ばれる、当たりパターンを引いてはいるみたいだ。
ここまでの美形は非常に低確率だったはず。
きっとルナルーンの顔よりも珍しい。
それほどまでに美人なアバターだ。
が。
なんでこんなに不幸そうなのか。
「これが……新しい──わたし?」
守ってあげたくなりそうな、薄幸の美少女。翡翠色の瞳が動揺しているのがわかるほど揺れてる。
それが自分の顔だと気づいて……口をあんぐりと開けた。
ハッ、と気づいた時には、隣に淡いピンク色の髪をした美少女が立っている。
「同い年くらいだよね。身長とか、一緒くらいだし」
もちろん互いにリアルを知っているのだから、PCの話だろう。
「わたし、ランダム生成なんだよね。だから……」
窓に映っているアリカが肩を落とした。
「まったくの偶然だけど、同い年くらいの見た目でよかったー」
腹の底から息をついた。
老婆だとか幼女でなくてよかった。本当に。切実に。
やたらと可愛い二人の美少女PCに、好奇の視線が向けられているのを、わたしたちは気づいてはいなかった。