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授業が終わると部室に向かう。
日射しが強く、少し暑くなってきたが、冷房もあれば扇風機も完備された部室に暑さはない。
冷蔵庫の中を見ると『プリン』、『オレさま!』、『夜宵』と書かれたスイーツがあった。
あれぇ? なぎちゃんが食べてるカップケーキって『オレさま!』じゃないカナー。
とりあえず麦茶を紙コップに注いで自分の席に置く。
基本的にどこに座ってもいいのだけれど。わたしの定位置は円卓の右側だ。
「夢見さんプリン食べてるんだ」
「うん。冷蔵庫に入ってたよ~」
満面の笑みだった。
これはあれだろうか。流れ的に、わたしが『夜宵』を食べるべきなのだろうか。
確か、さっき見たときはどら焼きだったが。
そもそもどら焼きって冷やすものなのか?
「ごくり」
冷蔵庫の扉を開けてどら焼きをサッと掴む。
こそこそと動いて椅子に座ると、扉が開いた。
「来てたのか」
「「どもでーす」」
と、ふたりが挨拶する。
夜宵先輩がわたしを見た。
夜宵先輩の綺麗な顔は無表情に近いが、どう見てもわたしを見ている。
いや。
わたしが食べようとしているどら焼きを。
「ど、どもです」
「ん。三日月はどら焼きが好きなのか?」
「洋菓子よりも、和菓子派では……あるかも、です」
そうか、とクールな夜宵先輩はお茶をいれると、コンビニ袋の中からモナカ系のアイスを取り出して席に座った。
両手で持って可愛らしく食べている
「や、やっぱりダメですよね」
「ん? それは私が買ってきたという印だ。食べてもかまわない。ただ……」
「ただ?」
「みやこは案外ずぼらでな。萩野が食べているやつは、おそらく賞味期限が切れている」
なぎちゃんが絶句していた。夢見さんが苦笑している。
しばらくしてコスプレしたみゃーこ先輩がやって来て、なぎちゃんが食べたのと同じカップケーキを食べていたが夜宵先輩は特に何も言及しなかった。
そして、
「今週末は三連休だが、どうする?」
と。
宵先輩が言っているのはどこかに遊びにいくか、ということではないだろう。
「わたしは気になる場所がありまして」
「ほう。──宮殿か?」
「あっ、そうです」
夜宵先輩は地図を取り出した。
完全なものではないが、旧市街の南側はほとんど書き込まれている。
みゃーこ先輩とふたりで書いていたらしい。
地図の真ん中あたりに他の建物とは比べ物にならないほど、大きな建物が描かれていた。
「昨日、マユラハっていう……弓使いの人から聞いた話なんですが」
わたしはまっすぐに続く一本道を指差す。
「この大通りには、基本的にゴブリンが入らないそうです。それで宮殿にはゴブリンロードってのがいるらしいです」
「ロード。つまり君主か」
「ゴブリンの王様がいるってぇのか? オレさまワクワクしてきたぜっ」
みゃーこ先輩が腕を組んでニヤリと笑う。
どんなキャラだ。
そもそもなぎちゃんも夢見さんもみゃーこ先輩に言及してないのが怖い。
もしかしたらわたしと夜宵先輩にだけが見える幽霊的な存在なのだろうか。
「先輩って宮殿まで行ったんですか?」
と、なぎちゃん。
宵先輩はわずかに首を振る。
「宮殿の前までは行ったが、中には入っていない。私は地図でいうとこの辺りでゴブリンを狩っていることが多いな」
示されたのはわたしたちが戦っている場所よりもさらに北側だった。
「あの、ちょっといいですか?」
「ん? どうした?」
わたしの言葉に夜宵先輩がわずかに首をかしげる。
「みゃーこ先輩って、幽霊だったりします?」
「にゃ!?」
「いや、私が知る限りでは生きているはずだが」
夜宵先輩はまじめな顔で言った。
「い、生きてるよ!」
みゃーこ先輩、語尾が無くなってる……。
「あの、そういえば先輩って誰なんですか?」
なぎちゃんに聞かれて、みゃーこ先輩はスクール水着の胸を張って。
「猫屋敷みやこでござる。オレさまは部員ではないが、貴殿らと同じ【夜の帳】のメンバーにゃ!」
なぎちゃんと夢見さんがポカンと見てる。
どんどんみゃーこ先輩の顔が赤くなっていく。
キャラが大渋滞していたのをわたしはあえて指摘しなかった。
ツッコミの皆無なボケだ。
するとみゃーこ先輩の目にじんわりと涙が浮かんで。
「2年の猫屋敷みやこです。コスプレ同好会に入ってます。夜の帳同好会には入ってないんですけど、あの、よろしくお願いします」
そんな感じで挨拶を済ませたのだった。
部活には入ってないけどクランには入ってる──そんな先輩が他にもいるのかいないのか。
デバイス自体はまだ予備がいくつかあって、全員が使うことができた。
そしてゲームをはじめたわけだけど。
「うわ……アリカおねえちゃん。なにそれ……」
ミノンが若干引いている。いや、わりと引いている。
わたしは昨日ゲットした骨の仮面(猪)を頭に装備しているのだが、いかんせん蛮族みたいだった。
3便目、4便目と大型帆船がプレイヤーを運んできているので、町中はあっちもこっちも至るところにプレイヤーがいる。
宿屋に来ているプレイヤーたちから、
「うわ、なんだあいつ」
「あれプレイヤー?」
「蛮族ロールか。おもしろいな」
なんて言葉が聞こえてくる。
そんな中に、聞き覚えのある声が混じっていた。
「なんじゃアリカか。なんでそんな格好をしておる?」
「……よく気づいたね」
マユラハが屋根から飛び降りて、わたしの目の前に着地する。
こんな格好なのに気づいたのもすごいし、屋根の上を移動しているのもすごい。
「そなたは目立つからな」
「まあ……だよね」
「暇なら、一緒にゴブリンでも狩りに行くか?」
「あーーっと」
今日はクランでの行動だ。
「今日はクランの人たちと一緒に行動する予定なんだ」
「クランか。ならば、仕方ないの」
言うとマユラハが壁を蹴って屋根に登った。
入れ代わるように先輩たちが宿から出てくる。どうやら部屋にあるボックスで装備やアイテムの出し入れをしていたのだろう。
「あーちゃん、何か見えるの?」
ナギがわたしが見ている方向を見る。
屋根の上には、もう誰もいない。
「ほう、アリカちゃんは蛮族プレイか……オレも負けられないにゃぁ」
そんなことを言われながら、わたしたち一行は旧市街に向けて出発したのだった。
せっかくドロップしたレアアイテムだからと売らずに装備してみたけど、周囲の視線が集まっている。
全身をゴブリン装備で固めたわたしは異質な存在だった。
それでも山賊ロールや海賊ロール、泥棒や殺人鬼のロールをしたって、それはプレイヤーの自由なのだから誰も文句は言ってこない。
なんか写真を撮られてるけど!?
わたしは昨夜のことを思い出していた。
マユラハはドロップしたアイテムをすべてわたしにくれたのだ。
骨の仮面なんてかなりレアなはず。売れば、結構な大金になりそうなのに。
「ほんとうにいいの?」
「高貴なるわらわは些細なことにはこだわらぬ。それより聞きたいのだが、クランとはなんじゃ?」
「クラン?」
ロールしてる相手にどう伝えればいいのか。
「仲がいい人たちが集まって、一緒に戦ったり遊んだりする……感じの、団体? みたいな」
「むっ、それは楽しそうじゃな。しかしそれではお主は強くはなれぬであろ?」
「そんなことないよ。一緒に強くなっていくし」
「されど強者とは孤高の存在じゃ。細剣の切っ先のような頂きにはひとりしか座れぬ。ゆえに最強という」
「わたし、別に最強なんて目指してないし」
「そうなのか?」
マユラハは静かだが、心底驚いたような声を出した。
何を驚くことがあるのだろう?
そりゃ魔王軍だって最強のクランだって言われることが多いけれど、だからって一度も負けてない、なんてことはないし。
互いに本気ではなかったけど、宵先輩に──いや疾風のイクサには四天王の3人だって負けた。
わたしだって連戦して疲弊してるイクサと引き分けただけだ。
ゲーム上においてプレイヤーが最強になるってのは不可能に近いし。
──そんな昨夜の話を思い出した。
わたしは宵先輩の顔をじぃーーーと眺めた。
宵先輩は表情は変わらないけど、ちょっとだけたじろいでいる。
壁を越えて森を抜け、わたしたちは旧市街にやって来た。