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「ルナはキレたら怖いなぁー」
なんて。
そんな声が後ろから聞こえてくる。
わたしはドロップしたゴブリンの短槍をアイテムボックスに収納してから振り返った。
赤い髪のイケメンがこっちを見てる。
どうやら戦っているのを見ていたようだ。
周りを見てみたけど、他にはプレイヤーはいなさそう。配信はたぶんしてないだろう。してたら困る。
相手が誰かは声が聞こえた時点でわかっていた。
立派な鎧に身を包んでいるのは、元魔王軍四天王のひとり。
「リゼル」
「よう。あーちゃん」
わたしはがっくりと肩を落とした。
なんでここにいるんだろう。
そしてなんでわたしをあーちゃんって呼ぶんだ。
いや、トップクラスのプレイヤーだし、そりゃ当然のごとく新エリアにもいるんだろうけどさぁ。
「なにやってるの?」
「謎の精霊使いプレイヤーを観察中」
「えっ、ずっと!?」
ストーカーか!?
「いやいや」
リゼルは苦笑する。
「偶然、あーちゃんがわざとらしく逃げてるのが見えてな。それで追いかけてきただけだ」
「あはは……」
「ルナルーンが下がったら追いかけるなってのは、魔王軍を相手にするやつらには有名だったのになぁ」
最近のやつは、とリゼルは首を振った。
「今のわたしはルナルーンじゃないし。それにあのゴブリンはプレイヤーじゃないよ」
「え、マジか? 話してただろ?」
「うん。なんかわからないんだけど、このアースラには特殊なNPCとかモンスターが実装されてるみたいでさぁ。モンスターもカタコトの日本語を話してるよ」
「ふうん……受け答えが出来るNPCは確かに町にいたけどな、モンスターもか。気づかずに倒してたわ」
「もしかすると一部のモンスターだけかも知れないけど」
定型文のようなあらかじめ決められていた言葉を話すモンスターは、前作にもいた。
精霊王クリスティアもそうだけど、ドラゴンや知能が高い設定のモンスターは話すことができていたんだ。
とはいえ。
さっきのゴブリンのように状況に応じて言葉を話していたかというと……う~ん。どうだったっけ。
会話できなかったのは確か。
でもゴブリンたちはわたしの言葉を理解していて、わたしも向こうの言葉を理解する事ができた。
それって会話なはず。
あと喜んだり驚いたりもしていたし。
わたしの魔法に背を向けて逃げていたのが、事前に設定されたパターン通りの行動だとも思えない。うーむ。
「楽しみだな、俺も戦ってみたいぜ」
「そういえば……早くあっちに行って!」
「は? いきなりなんだよ、ひでえな」
リゼルが片眉を上げた。
わたしは辺りをきょろきょろと見る。
「ああ、配信はしてないぞ?」
「そういう問題じゃなくて……」
ぬわー、と叫んでいるとにゃー、と言う声が聞こえた。
終わったね、これ。
「アリカ、ここにいたのか」
と。
声と共に、宵先輩が近くにある建物の屋根の上に立っていた。
どうやら探してくれていたみたいだ。
みゃーこ先輩の声は少しばかり遠くで聞こえているから別れて探していたらしい。
いや、そんなことはどうでもいい。
「先輩、どうも」
えへへとわたしは後頭部に片手を当てながらお辞儀した。
「リゼルか」
一方の宵先輩は、わたしのことなど視界から消えたようにリゼルを見ている。
リゼルだってわたしのことなど視界から消えたように宵先輩を見ている。
「あの、喧嘩はやめて」
なんてわたしが言った瞬間。
ふたりが剣と刀を抜いて戦い始めた。
金属音が響く度に火花が散って、辺りの薄暗がりを明るく照らす。
わたしはトップクラスの前衛ふたりが戦っている様子を下がって見ていた。
魔法使いなら止められたかも知れないけど。
まあ精霊使いですし。
「この太刀筋、そうか!」
とリゼルは宵先輩の正体に気づいたようなことを言った。
本当に気づいたのかは知らない。太刀筋で相手がわかるなんて、本当にあるんだろうか。
まあ前にイクサと一緒にゲームしてることをチャットで伝えているから、それでかもしれないけど。
「ふっ、やはり強いな」
と宵先輩は楽しそうに言った。
最後にふたりは大振りな剣撃をぶつけ合って、示し会わせたかのように同時に飛び退く。
わたしの視界の両端にふたりが立っていた。
互いに刃を鞘に戻している。もう戦いは終わりらしい。
「イクサもプレイヤーネームを変えたのか」
俺もそうすればよかったか、なんて独り言をリゼルが言ってるけど。
そんな彼を完全にスルーして宵先輩がわたしの前にやって来る。
「ゴブリンは倒せたか?」
「あ、はい。なんとか」
「そうか」
宵先輩は口の端に笑みを浮かべた。
ゴブリンと戦っていたのはお見通しだったみたい。
「あーちゃん、イクサが先輩なのか?」
リゼルはいぶかしげな表情だ。
「同じ学校の、先輩だよ──ですよ。ハハハ」
この一瞬。
わたしの脳内でルナルーンとアリカが戦っていた。
『あら、有名配信者と仲よさげに話してていいの?』
『いいの、とは?』
『だってわたしは完璧だったじゃない』
『え?』
『容姿端麗で後衛魔法職では最強のプレイヤーのひとりだったわ』
『自分で言っちゃうんだ』
『事実だからね。わたしが跪きなさいといえば、わたしを崇めているプレイヤーたちはこぞって頭を垂れていたわ』
ルナルーンはふふんと笑った。
『そんなわたし、ルナルーンだとあなたは知られたくないんでしょう?』
『まあ、はい』
アリカは死んだ魚のような目だ。
クリスティアオンラインを始めて魔王軍に入った当時はリアルの中二だった。だからマジもんの中二病だったのだろう。
魔法使いは高貴な存在であって他人を見下すような……そんなイメージがあった。
周りのウケも良くて、お姉さまお姉さまって言われて。
今年までは中二病でも、今は違う。高校生だし!
『ルナルーンではない、ただの一般的なプレイヤーのあなたが、魔王軍四天王のリゼルと普通に話していいの?』
『あばばばばばばばばばばば』
正直、先輩やなぎちゃんたちにルナルーンだって知られたくない。
別に有名になりたくてなってたワケでもないし。
脳内で電子レンジみたいな音が響いた。
チーン。
「わたし、実は魔王軍に所属してたんですよねー。まあ平社員っていうかなんていうか。特別な役職は与えられてなかったんですけど」
「ふむ、魔王軍にいたのか。前もアリカというプレイヤーネームだったのか?」
「誰にも知られてないような無名プレイヤーっすよ。アハハ。ね? リゼルさん!」
「は? いや……あ、あー。そうだったな。無名プレイヤーだな!」
リゼルに呼ばれてふたりでしゃがんで顔を近づける。
宵先輩には背中を向けてこそこそと。
「よくすらすら嘘が出てくるなぁ」
「宵先輩……なんかルナルーンと戦いたいらしいし」
「戦えばいいじゃん」
「ムリムリ。今のわたしじゃ一瞬でやられちゃうって」
「そうか? ゴブリン倒してた様子を見たけど、あれは──」
「にゃー! リゼルだ、サインください」
なんだかボロボロになったみゃーこ先輩がマラソンのゴール手前みたいな足取りでやって来た。
でも、リゼルの姿を見て元気を取り戻したみたい。
リゼルはすらすらとみゃーこ先輩が取り出した紙にサインを書いた。
「ほれ、あーちゃんも」
「えぇ……」
マジでいらないぜ……。
「あ、ありがとうございます」
わたしが言うとリゼルがニヤニヤと笑った。
宵先輩はそんなわたしたちの様子を見ているけど、表情があまり変わらないから何を思っているのかわかんない。
もしかするとサインが欲しい可能性もある。もう一枚貰っておいた。
ともかく。
こうしてわたしはゴブリンへのリベンジを果たし、そのあとはリゼルと別れて、先輩たちと旧市街を探索したのだった。




