3
わたしは廃屋に入った。
消音系のスキルも隠遁系のスキルもないので、足音に気をつけて。
この建物は元々は民家だったのか、家具のような物が残っている。
もちろんぼろぼろだけど。
ゴブリンが作った、鍋から刺激的な匂いも漂ってきた。
酸っぱい。嗅いでいるだけでも酸っぱい……。
ゴブリンたちが「ゲヒャヒャッ」と笑っている音が聞こえてくる。
わたしは辺りの様子を確認しつつ、慎重に進んでいく。
トラップは無さそうだ。
「テキ」
耳がいいのか、槍を持っているゴブリンが立ち上がった。
あのときは後ろから攻撃されて姿を見れなかったけど、他のゴブリンよりも頭がひとつかふたつはデカイ。
そんな槍ゴブリンが奥から出てきて──鉢合わせした。
「…………」
「…………」
わたしとゴブリンは数瞬のあいだ、無言で見つめあって。
先に動いたのは槍ゴブリンだ。
短槍を構えてる。
わたしは廃屋から脱兎のごとく逃げ出した。
「う、うわあぁあああああああああああ!?」
「ゲヒャッ。テキ! オウゾ!」
わたしの横を通って、廃屋の前にある樹に槍が突き刺さる。
槍ゴブリンが投げたらしい。
それでもわたしは振り返らずに見晴らしのいい通りから、路地裏に入り、懸命に走った。
後ろで裸足特有のペタペタという足音が響いている。
すぐそこにいるのだろうか。
いや……まだ大丈夫! たぶん!
崩れた家々や路地の裏を通って、わたしはカドを右に左にと進んだ。
後ろからは「ゲヒャヒャッ」という笑い声。
そして──
「到着」
わたしは最後にカドを曲がった先。路地裏の一直線の道、その中央で立ち止まった。
左右から石造りの崩れた壁が見下ろす、薄暗い場所だ。
「テキ、テキ」
振り向くとゴブリンがいた。
真ん中に槍を持った槍ゴブリン、あとは左右に棍棒ゴブリンと剣ゴブリンが。
ゴブリンたちはわたしを追い詰めたからか、ニタァと笑っている。
「ここのモンスターって、やっぱり今までのモンスターとは違う感じがするなぁ」
「ゲヒャヒャッ、テキ!」
「テキ、テキ!」
「タオス!」
ゴブリンたちは顔を見合わせてなにやら話しているが、攻撃してこない。
「それさぁ。普通のモンスターだったら、そんな風に待ったりしないんだ。メタい話、各モンスターの動きはあらかじめ設定されているから」
それはラストダンジョン、世界樹の迷宮の中ボスですらそうだったのだから。
「基本的にモンスターって、一定の距離に近づくとヘイトが向いて、敵対するんだよ」
今まで数多くのモンスターと戦ってきた。
大きいの、小さいの、速いの、硬いの、飛ぶの、泳ぐの。
でも、
「つまりは組み込まれた行動をする。自分で言うのもなんだけど……わたしはモンスターの動きを読むのが得意だった。そんなわたしだから、っていうのも違うと思うけれど、わかるんだよ」
ゴブリンは言葉を理解できてなさそうだった。
しかし動かない。
プレイヤーが話している最中には攻撃しない、なんて設定はさすがにされていないだろう。
「キミたちは前作のゴブリンとは違う。動きが違うし、話すし、まるで──」
まるで自分で考えて動いているような。
「ともかくだよ。わたしは最初に戦ったときに、キミらをプレイヤーだと思ったんだ。だってゴブリンとかモンスターみたいな見た目にしているPCも、前作にはいたし」
「テキ、ナニイッテル?」
「でもネームが見えない。かといって偽装スキルや特殊なアイテムを使ってるのも無さそう。……つまりプレイヤーではない。プレイヤーだったらこんな場所にはついてこないもん」
もう話にも飽きたのか、ゴブリンたちは武器を構えて近寄ってきた。
わたしは狼のダガーを構える。
槍ゴブリンが身振り手振りで他のゴブリンに指示していた。
どうやら囲んで一気にやるつもりらしい。
剣と棍棒ゴブリンが左右に別れて近づいてくる。
でも、
「ここ、おぼえてないの?」
わたしが言うとゴブリンたちが止まった。
「?」
「わたしを倒した場所」
わたしが立っていたのは、わたしが前回キルされた場所だった。
槍ゴブリンの目が少しだけ見開いた。
「──さて、ゴブリン。このわたしに跪いて許しを乞いなさい。その姿を見ながら殺してあげましょう……げふんげふん」
おっと、あぶないあぶない。
心の中のルナルーンが出てきていた。
わたしはわざとらしく咳払いをして。
「えっとまあ、そんな感じで……リベンジだ。今度は負けないぞっ!」
眼前に小魔石1つと極小魔石を3つをばら蒔いた。
「まあ、もう勝ってるんだけど」
眼前にルピーが現れる。
背後にはイノシシや狼が現れた。
槍ゴブリンも精霊魔法や召喚を知っているのか、驚いているようだ。
「マホウ、ナゼ……」
「詠唱がないのにって思ってる? 詠唱なんてのは、なんでもいいんだよ。無言でもいい。でもさ、わたしは唱えるのが好き。だからさっきまでの会話の裏でチャージは終了させてたの。あとは魔石を捧げるだけだった」
「……ウウ……」
「会話に付き合ってくれてありがとう。その時点で、キミたちの負けは決まってたんだよ。──魔王軍でも無いのに、よくもわたしを殺したな……!」
わたしは前作クリスティアオンラインでは、クランに所属してからはあまりキルされなかった。
パーティーでの行動が増えたからってのもあったけど。
ほんとうに数えるくらいだった。
魔王や四天王たちが強かったから、彼らに追いつけるようにがんばってがんばって。
せめて足を引っ張らないように努力した。
そうしていろいろと試行錯誤していく内に、相手の動きを読むことをおぼえたんだ。
話しかければ応じる人や、ただ襲ってくる人。
相手が人間でも行動パターンは限られてくる。
だからこそ、応じてくれる相手の対処はわかりやすい。
後衛魔法職は魔法の発現に精神集中、チャージが必要になってくる。
このチャージさえ完了させたら、もう負ける気がしない。
それにしても。
久しぶりに、殺されたなぁ。
それも──ただの雑魚モンスターに。
一撃で。
後ろから。
あっという間に。
抵抗も出来ず。
薄い色だった【氷風】のアイコンが青く光っている。
「ニゲロ、ニゲロ!」
槍ゴブリンが背を向けて逃げた。
ルピーの翼の先にある、嵐が凝縮したような氷の玉を見たからだろう。
逃げ出したゴブリンが必死に走っていく。
ここは直線の路地裏で。
曲がりカドまでは、まだまだ距離がある。
「──【氷風】」
旧市街に炸裂音と共に氷の花びらが舞った。