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 わたしは廃屋に入った。

 消音系のスキルも隠遁系のスキルもないので、足音に気をつけて。


 この建物は元々は民家だったのか、家具のような物が残っている。

 もちろんぼろぼろだけど。

 ゴブリンが作った、鍋から刺激的な匂いも漂ってきた。


 酸っぱい。嗅いでいるだけでも酸っぱい……。


 ゴブリンたちが「ゲヒャヒャッ」と笑っている音が聞こえてくる。

 わたしは辺りの様子を確認しつつ、慎重に進んでいく。

 トラップは無さそうだ。


「テキ」


 耳がいいのか、槍を持っているゴブリンが立ち上がった。

 あのときは後ろから攻撃されて姿を見れなかったけど、他のゴブリンよりも頭がひとつかふたつはデカイ。

 そんな槍ゴブリンが奥から出てきて──鉢合わせした。


「…………」


「…………」


 わたしとゴブリンは数瞬のあいだ、無言で見つめあって。


 先に動いたのは槍ゴブリンだ。

 短槍を構えてる。

 わたしは廃屋から脱兎のごとく逃げ出した。


「う、うわあぁあああああああああああ!?」


「ゲヒャッ。テキ! オウゾ!」


 わたしの横を通って、廃屋の前にある樹に槍が突き刺さる。

 槍ゴブリンが投げたらしい。

 それでもわたしは振り返らずに見晴らしのいい通りから、路地裏に入り、懸命に走った。


 後ろで裸足特有のペタペタという足音が響いている。

 すぐそこにいるのだろうか。


 いや……まだ大丈夫! たぶん!


 崩れた家々や路地の裏を通って、わたしはカドを右に左にと進んだ。

 後ろからは「ゲヒャヒャッ」という笑い声。


 そして──


「到着」


 わたしは最後にカドを曲がった先。路地裏の一直線の道、その中央で立ち止まった。

 左右から石造りの崩れた壁が見下ろす、薄暗い場所だ。


「テキ、テキ」


 振り向くとゴブリンがいた。

 真ん中に槍を持った槍ゴブリン、あとは左右に棍棒ゴブリンと剣ゴブリンが。

 ゴブリンたちはわたしを追い詰めたからか、ニタァと笑っている。


「ここのモンスターって、やっぱり今までのモンスターとは違う感じがするなぁ」


「ゲヒャヒャッ、テキ!」


「テキ、テキ!」


「タオス!」


 ゴブリンたちは顔を見合わせてなにやら話しているが、攻撃してこない。


それ(・・)さぁ。普通のモンスターだったら、そんな風に待ったりしないんだ。メタい話、各モンスターの動きはあらかじめ設定されているから」


 それはラストダンジョン、世界樹の迷宮の中ボスですらそうだったのだから。


「基本的にモンスターって、一定の距離に近づくとヘイトが向いて、敵対するんだよ」


 今まで数多くのモンスターと戦ってきた。

 大きいの、小さいの、速いの、硬いの、飛ぶの、泳ぐの。

 でも、


「つまりは組み込まれた行動をする。自分で言うのもなんだけど……わたしはモンスターの動きを読むのが得意だった。そんなわたしだから、っていうのも違うと思うけれど、わかるんだよ」


 ゴブリンは言葉を理解できてなさそうだった。

 しかし動かない。

 プレイヤーが話している最中には攻撃しない、なんて設定はさすがにされていないだろう。


「キミたちは前作のゴブリンとは違う。動きが違うし、話すし、まるで──」


 まるで自分で考えて動いているような。


「ともかくだよ。わたしは最初に戦ったときに、キミらをプレイヤーだと思ったんだ。だってゴブリンとかモンスターみたいな見た目にしているPCプレイヤーキャラクターも、前作にはいたし」


「テキ、ナニイッテル?」


「でもネームが見えない。かといって偽装スキルや特殊なアイテムを使ってるのも無さそう。……つまりプレイヤーではない。プレイヤーだったらこんな場所にはついてこないもん」


 もう話にも飽きたのか、ゴブリンたちは武器を構えて近寄ってきた。

 わたしは狼のダガーを構える。


 槍ゴブリンが身振り手振りで他のゴブリンに指示していた。

 どうやら囲んで一気にやるつもりらしい。

 剣と棍棒ゴブリンが左右に別れて近づいてくる。

 でも、


「ここ、おぼえてないの?」


 わたしが言うとゴブリンたちが止まった。


「?」


「わたしを倒した場所」


 わたしが立っていたのは、わたしが前回キルされた場所だった。

 槍ゴブリンの目が少しだけ見開いた。


「──さて、ゴブリン。このわたしに(ひざまず)いて許しを乞いなさい。その姿を見ながら殺してあげましょう……げふんげふん」


 おっと、あぶないあぶない。

 心の中のルナルーンが出てきていた。


 わたしはわざとらしく咳払いをして。


「えっとまあ、そんな感じで……リベンジだ。今度は負けないぞっ!」 


 眼前に小魔石1つと極小魔石を3つをばら蒔いた。


「まあ、もう勝ってるんだけど」


 眼前にルピーが現れる。

 背後にはイノシシや狼が現れた。

 槍ゴブリンも精霊魔法や召喚を知っているのか、驚いているようだ。


「マホウ、ナゼ……」


「詠唱がないのにって思ってる? 詠唱なんてのは、なんでもいいんだよ。無言でもいい。でもさ、わたしは唱えるのが好き。だからさっきまでの会話の裏でチャージは終了させてたの。あとは魔石を捧げるだけだった」


「……ウウ……」


「会話に付き合ってくれてありがとう。その時点で、キミたちの負けは決まってたんだよ。──魔王軍(あいつら)でも無いのに、よくもわたしを(キル)したな……!」


 わたしは前作クリスティアオンラインでは、クランに所属してからはあまりキルされなかった。

 パーティーでの行動が増えたからってのもあったけど。

 ほんとうに数えるくらいだった。


 魔王や四天王たちが強かったから、彼らに追いつけるようにがんばってがんばって。

 せめて足を引っ張らないように努力した。

 そうしていろいろと試行錯誤していく内に、相手の動きを読むことをおぼえたんだ。


 話しかければ応じる人や、ただ襲ってくる人。

 相手が人間でも行動パターンは限られてくる。

 だからこそ、応じてくれる相手の対処はわかりやすい。


 後衛魔法職は魔法の発現に精神集中、チャージが必要になってくる。

 このチャージさえ完了させたら、もう負ける気がしない。


 それにしても。

 久しぶりに、(キル)されたなぁ。

 それも──ただの雑魚モンスターに。

 一撃で。

 後ろから。

 あっという間に。

 抵抗も出来ず。


 薄い色だった【氷風】のアイコンが青く光っている。


「ニゲロ、ニゲロ!」


 槍ゴブリンが背を向けて逃げた。

 ルピーの翼の先にある、嵐が凝縮したような氷の玉を見たからだろう。


 逃げ出したゴブリンが必死に走っていく。

 ここは直線の路地裏で。

 曲がりカドまでは、まだまだ距離がある。


「──【氷風】」


 旧市街に炸裂音と共に氷の花びらが舞った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 全言語とかスキルであったら会話が面白かっただろうね
[一言] アリカかっこいいね でも魔石の消費は痛い ドロップを期待できないのも辛い わりと強いモブってことはイベントNPCの可能性もあるから他二人のドロップに期待したいところ
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