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何度目かの爆発のあと。ナギとアーサーから、「代わろうか?」とか言われたが、わたしは拒否した。
ここで代わってしまったら宝箱なんかに負けたことになる。わたしにだって元魔王軍四天王としてのプライドがあるのだ。
宝箱を開け続けていると、山を登る人が登山する理由を聞かれたときに、そこに山があるからとか言う理由がわかった気がした。そこに宝箱があるから開ける。宝箱が悪い。なんか違う気がする。
「んー。どの家も、ほとんど崩れてるなぁ」
どこを見ても廃墟。あるいはゴーストタウン。そんな名称がふさわしいほどに旧市街エリアは荒れ果てていた。
そんな荒れ果てた場所でさ迷いながら宝箱を開けていくわけだけど。
宝箱があるのは比較的、元の姿を残してる建物の内部だけで、瓦礫にしか見えないレベルの建物には何もなかった。
あと。
「モンスターもいないなぁ」
わたしは呟いたあと、少し離れた場所にいる二人に合図をする。
前進。進まないと何もない。
自分が今どの辺りを歩いているのか、脳内で地図を作りつつ進んでいく。
正直、周りにあるのが同じような建物ばかりなので迷子になってるかも知れない。
でもようやく風景ががらりと変わった。
まるで都市を分断しているような一直線の道が前に現れたのだ。
旧市街エリアに降りる前、断崖絶壁から見た感じでは、奥に向けてずっと続いていた。
目の前に現れた大通りはその一部だろう。
そしてこちら側よりも、大通りの向こう側にあるエリアの方が建物が比較的そのままのカタチを保っているように思えた。
行くしかない。
わたしは大通りを駆け抜ける。
踏むことで作動するようなトラップがあれば、もう踏んでいるだろう。
モンスターがいれば襲われているはずだ。
これでバレないなら、それは──安全なルートということで。
「ん、なんかいる」
大通りを渡りきったわたしは建物の柱に背中をつけて、奥の路地を覗き込んだ。
正面の倒壊した建物と隣の建物の間をすり抜けるような、影が見えた。
小さな人影だ。でもプレイヤーは、わたしたちの他にはまだここまで来ていないはず。
わたしはふたりをこちら側に呼んで合流した。
これでもう斥候のお仕事は終了だ。斥候系の職業やスキルでも持っていれば、さらに先行して相手の正体や数なんかを調べられるんだけど、わたしにはそんなものはない。
ただ、小さな人影──には心当たりがあった。
わたしたちは小さな人影が見えた方向に進んでいく。
今度はアーサーを先頭にして、その後ろにわたしとナギが左右に別れた陣形だ。
大通りのこちら側にも建物がたくさんある。だから探さないといけない、と思ったけれど。
屋根が無いのか、一軒の建物から煙が上がっているのが見えた。
小さな人影が向かった方向にあるし、あそこに入ったに違いない。
わたしたちはゆっくりと接近する。
声が聞こえた。
「オト、シタナ」
奇妙な声だ。
喉を詰まらせたような、それでいて渇いた声。
わたしはこっそりと崩れた家の壁から覗いてみた。
いた。やっぱりゴブリンだ。
「シタカ?」
「キイタキイタ」
「トラップ、オト」
ゴブリンが3体、たき火の周りに座っている。
乾いた泥色の肌。身長はミノンよりは大きいくらい。
腰に獣の皮を巻いているだけの半裸姿はなんとなく、なんとなく視線を反らしたい。
『アリカ:ゴブリン!』
わたしはパーティーチャットを送った。
即座に返信が来る。
『ナギ:ゴブリン?』
『アーサー:RPGとかの雑魚敵だね。日本語だと小鬼だった気がする』
ゴブリンはだいたいのゲームやアニメでスライムと並んで雑魚と称される不遇なモンスターだ。
そんなゴブリンだけど、クリスティアオンラインのゴブリンは、基本的に魔法だとかスキルを使用してこない。一部例外ゴブリンを除いて攻撃用のスキルを保有していないのだとか。
ただし武器を使ってくる。剣だとか、弓だとか。
今回のゴブリンは半裸だけど、鎧を着ているのも前作にはいたりした。
『アリカ:どうする? やる?』
『ナギ:もちろん!』
『アーサー:(剣を研ぐスタンプ)』
わたしはフルダイブ系のゲームの戦闘おいて、もっとも重要なのは奇襲を受けるか受けないか、だと思う。
突然襲われたらフォーメーションも崩れるし、何より動揺してしまうからだ。
そもそも奇襲を受けた時点で、相手からの一撃を先に喰らっている。
相手と自分が同じHP量だとすれば、その一撃というのは相当痛いダメージとなってしまう。
なので視線を感じた時、即座に白木の杖を出した。
わたしたちの背後、斜めにギザギザの壊れた壁の影から、ぴょこんと耳の長い頭が出ている。
「テキ」
ゴブリンが言った。
「……テキ?」
わたしが聞いた。
その瞬間、
ぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。
と、黒板を爪で引っ掻いたような鳴き声が響く。
ゴブリンが吠えたらしい。あんな小さな身体で、よくもまあこんな音が出るもんだ。
そんな絶叫に怯んでいると、たき火の周りにいたゴブリンたちが壁を乗り越え、飛び出してきた。
壊れた家と家のあいだ、あちこちから草が生えている道で、わたしたちとゴブリンたちは視線をぶつけ合う。
「とりゃあ!」
沈黙を破るようにナギが剣を抜き放つ。横一閃。見事な太刀筋。
「ゲヒャ」
一方、剣を持っているゴブリンは背を反らして無様な格好で避けた。──避けた!?
「ぇっ」
もう1体のゴブリンが棍棒を振り回しながら、ナギに突っ込んでいく。
まるで目標を定めていない、乱暴な攻撃だった。
「【盾攻撃】!」
ナギの顔面に棍棒が直撃する寸前、アーサーの盾が棍棒ゴブリンに直撃する。
棍棒ゴブリンは吹き飛び、壁に背中をぶつけた。
「強っ!」
ナギが体勢を立て直す。
アーサーも小盾で守りながら剣を構えている。
わたしも仕方なく白木の杖を構えた。
「テキ、ツヨイ」
「カカッ」
「うわっと!」
剣ゴブリンが突撃してきて、ナギと鍔ぜり合いを始めた。
棍棒ゴブリンはさっきと同じように乱暴で乱雑な攻撃。
アーサーが盾でなんとか防ぎつつ、剣で応戦しているけれど。ふたりとも、攻められてない。守ってばかり。まずい。
「──ダメ。撤退しよう!」
わたしはなんとなく嫌な感じがした。
「えっ、ちょっ……今は無理だって」
「ボ、ボクも」
「いや、でもたぶん」
わたしは周囲を確認する。
うわ、いた!?
どうやらさっきのゴブリンの鳴き声は増援の要請したものだったらしい。
そして周囲にいたであろうゴブリンたちが集まって来るのが見えた。ぞろぞろ。ぞろぞろ。
数十、もしかすると百、とか。
「わお」
完全に失敗した。
続々とやって来るゴブリン。わたしたちは絶句していた。さすがに多すぎ。
それからわたしたちは一斉に逃げ出した。
一斉にゴブリンたちも追いかけてくる。
ナギはともかくアーサーにも置いていかれた。いや、残ってもどうにもならないし逃げるべきだけど。
背後から無数の敵に追いかけられるのはゾンビ映画みたいだった。
「うわぁああああああああああ」
盛大に転ぶわたし。
一瞬で瀕死状態だ。そのあとしばらく無数のゴブリンに踏まれて。
時間が経過したので【死亡】を選択。
目覚めたら宿屋のベッドの上だった。
なけなしのモル硬貨がさらに減ってる。
見慣れてきた宿屋の一室。
でもこれまでと違って、騒がしい。
なんか「うおー」とか「すげー」って声が聞こえてくる。
「あっ」
部屋の窓から外を見る。通りには、多数のプレイヤーたちの姿があった。
通りを物珍しそうに歩いていたり、プレイヤー同士で話していたりする。
どうやら──大型帆船が孤島・アースラに到着したみたいだ。




