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クエスト【アースラの人々を救え】

 はじまりの町ベルサーニュの北、海を渡った先にある孤島・アースラは、温暖な気候でほんのりと甘みのある潮風が吹く大きな島だった。

 住民たちは褐色の肌をしていて、目の下に刺青かボディペイントかはわからないけれど、とにかく模様をいれてある。

 彼らは明るい性格らしく、町を歩けば親しげに挨拶された。


 わたしはそんな町の中心辺りにある宿屋から、東に西にと歩いていく。

 西側は狼と戦った河原(かわら)がある方向で、大自然と町の境界には畑があった。トマトやキュウリやトウモロコシが色鮮やかに育っている。季節的には夏らしい。現実よりも少し早い。

 東側は家畜が育てられていた。腰の高さくらいの木の柵のなかでは豚や鶏がぶうぶうこっこと騒がしい。


「自給自足してるって感じがいいなぁ」


 なんて。 

 独りごちていると、町の方で喧騒が聞こえてきた。

 どうしたんだろう?

 まあ喧嘩なのはわかるけれど。


「んー」


 ただ……未知のイベントは、ひとりだとあまり乗り気にはなれない。

 喧嘩の仲裁系だとすれば高確率で殴り合いになる。もしそうなれば、後衛職のわたしはピンチだ。

 金で解決も金欠病のわたしにはツラいし。


 明日には(もう今日になってるけど)ナギやアーサーと一緒にプレイするのだから、自分だけでイベントを攻略してもなぁ、ってのもある。

 そうは思っても。

 一度だけしか発生しないレアなイベントや、発生率がバカみたいに低いランダムイベントの可能性すらあるわけで。

 だとすれば、


「もったいない」


 と、わたしは町に向かって走り出した。


 町のなかではやはり揉め事が起こっている。

 正直なにが起こっているのかは、わからない。

 人が集まって壁を作ってるのしか見えないし。上から見れたら、きっとドーナツ状に集まってるんだろうなとは思うけど。

 耳をすまして話を聞いていると、どうやら金を払えとか払わないとか。そんな感じの話が聞こえる。


 わたしは意を決して人ごみに突入した。


「わらわに払えと申すのであれば、わらわにふさわしい物を寄越すべきであろう。──リンゴ1つや2つ                              だぞ? その程度の物に払う金など、持ち合わせてはおらぬわ!」


「その程度だと!? うちのリンゴはそんじょそこらのリンゴよりも甘いだろうが。普通のリンゴと一緒にするな!!」


 熊のような大柄な店主が腕を組んで厚い大胸筋を張った。


「確かに甘かったな」


「だろう? 金を受けとるだけのリンゴだ!」


「はんっ」


 一方の声は少女のものだ。


「金を払うなど、それは俗人のすること。わらわは下々(しもじも)の理から逸脱しておるのじゃ!」


 ゆえに払わない、と。

 わたしが人ごみを掻き分けて最前列にたどり着くと、店主と少女が向かい合っていた。

 少女は尊大な雰囲気をありありと周囲に見せつけるほどに背中を反らしている。


「無茶苦茶だなぁ」


「む!」


 わたしがぼそりとこぼすと少女が近づいてきた。

 青みがかった氷のような色の髪が風に揺れる。


「無茶苦茶とはなんだ、無茶苦茶とは! 下々の者は、高貴な者にふさわしい応対をするべきであろうが!」


「えっ」


 わたしは驚いた。

 心底、驚いた。

 なんらかのイベントだとすれば、これはNPC同士の会話のはずだ。

 それが──話しかけてきた?


「むっ! お前……」


 少女はわたしをジィーーっと見つめる。

 紫色の宝石のように綺麗な瞳に見つめられて、わたしは少したじろいでしまった。ぐぬぬ。


「まあ良い。ともかく、わらわは払わぬ。払わぬと言ったら払わぬ!!」


 わたしは察した。

 この娘……(モル)がないんだろうなぁ。

 つまり喧嘩の仲裁ではあっても、腕っぷしじゃなくて金で解決コースだ。まあリンゴの代金くらいなら安いもんだけど。

 

 女の子は格好だけであれば、高貴な身分──自称だけれど──にふさわしい、上質な服を着ている。

 髪と同じ色のスカートに丈の短い黒い服と薄紫色のケープという格好はあきらかに……あれ?


 孤島の住民と服装がぜんぜん違う? 顔に模様も無いし。

 ふたたび店主と言い合いを始めた少女に視線を合わせていると、



 【マユラハ】弓使いLv11



 と表示された。


「プレイヤー……?」


 なんで?

 他にも先行プレイしているプレイヤーがいた?

 あるいは大型帆船が出航して、到着した?

 もしかすると、泳いできた、とか。


 わたしはアイテムボックスを開いた。


「あの、わたしが払います。いくらですか?」


「いいのかい? それじゃあ──」


「わらわは他者からの(ほどこ)しは受けぬ!」


 うるせぇ食い逃げ犯の癖に。


「……わたしからの献上品、ということで」


「そうか? それなら受け入れよう。ふふっ」


 わたしは引きつった顔でモルを支払った。

 リンゴ10個で600モル。

 いや、食い過ぎだろう。さっき1つや2つって言ってたのはなんだったのか。


「むっ」


 少女はそう言った。

 なんだよ、むって。


「貴族の令嬢ロール、なのかな」


 王子やお姫さま、貴族という設定でロールプレイをするプレイヤーは珍しくはない。

 ときどき「ですわー」とか「ござる」とか「ありんす」って口調の人もいるからだ。

 だから「わらわ」だとか「なのじゃ」みたいな口調でもおかしくもないし。


 なんならアーサーだって男装の麗人ロールプレイヤーだ。


「わたしもルナルーンお姉さまプレイを……いや、あれはロールじゃないか」


 そんなことを呟いていると、いつの間にか、マユラハの姿がどこにも見えなくなっていた。

 停滞していた通りの流れが動き出している。きっと流れに乗っていったのだろう。

 わたしは少しだけ考えたあとで、彼女が向かったであろう方向とは逆の方向に進むことにした。


 別に会いたくないわけじゃない。

 むしろ、どうやって来たのか、とか。

 話してみたいんだけれど。


「んー、会えるならまた会えるでしょ。町を探索してから寝よっと」


 今日は朝から3人で一緒にプレイすると約束もしている。

 寝なくても平気ではあるけれど。それでも万全の状態でやりたい。


 わたしは町の南側に向かった。砂浜に立つと、ベルサーニュがある辺りを見る。

 はじまりの町ベルサーニュに停泊している大型帆船はたぶん、まだ出航していない。はず。

 遠すぎて見えない。


「前作では新エリアに飛行魔法で侵入した人もいたわけだし、泳いで──とか」


 貴族の令嬢が海峡を泳いで横断している様子は想像もできなかった。

 海岸をしばらく歩いて、蟹を追いかけたりヤシの木のような木に生えた、ヤシの実みたいな実に石を投げて落としたり。

 観光を楽しんだあとは町の北側に向かった。


 こちらは他とは違う。

 石造りの見上げるほどに高い壁が、渓谷の先に見えている。

 壁の上には兵士たちが配置されているようだ。

 閉ざされた門の周囲には兵士たちが寝泊まりする、駐屯所のような施設もある。


「クエスト、アースラの人々を救え──これだ!」


 わたしは直感を感じてにやりと笑うのだった。

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