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「ぬあー」
わたしは砂浜から顔を上げて叫んだ。
まるで打ち上げられた魚みたいで悲しい! なんだこの状況。
さっきまでびしょびしょだったのが、今度は砂まみれでごわごわする。
「た、助かったぁ……あーちゃん、砂まみれだね」
「そっちも同じだよ……」
「ううっ……ボクなんて海藻まみれだ」
みんな近くに打ち上がったらしい。
砂まみれのわたしとナギ、海藻まみれのアーサー。そんな3人を見ている人物がひとり。
「だいじょうぶ?」
「あっ……うん、大丈夫、だ……よ?」
ハッとした。
砂浜に少女が立っている。
独特な模様の麻服を着た、少女というよりは幼女な褐色の女の子。
釣竿とバケツを持っているから、釣りの帰りといったところだろうか。
というか……わたしの服に針が刺さってる。わたし釣られたの……?
「あたし、ナギ。あなたは誰?」
「いや──」
この娘はNPCだよ、と言おうとしたんだけれど。
それよりも先に幼女が口を開いた。それも、わたしの服から針を回収しながら。
「ミノン」
「えっ」
「よろしくね、ミノン」
「うん。よろしくね、ナギおねえちゃん」
わたしは内心驚いていた。
ミノンを見てみたが、相手の名称であるミノンという名前が緑色に光って見えている。
固有名を持ってるNPCってことは、イベントのキーキャラクターだろうか。
ナギがボートの転覆や海竜の襲撃について話しているあいだに、わたしとアーサーは目配せした。
これがイベントか何かのフラグなのは間違いない。
双方の意見は一致しているのか、同時にうなずく。
「えっと、ミノン。わたしたちこんな状況だし、どこか落ち着ける場所ってないかな?」
「宿屋があれば一番いいんだけど」
「そだねー。どっかいい場所ってあったりする?」
「あちしのおうちは宿屋だよ。アースラの宿屋はうちだけなの」
アースラというのは島の名前だろうか。
しかし孤島に名称がある時点で、他のエリアとは違うのだとわかる。
東の山岳地帯。
南の砂漠地帯。
西の森林・丘陵地帯。
北の孤島アースラ。
うん。
おかしい。
周囲を確認してみると、南国風のヤシの木のようなものが点在していた。
そんな砂浜の奥、ヤシの木が生えている向こう側に町が見える。
ベルサーニュほどではないけれど、広そうだ。
「こっちだよ、ついてきて!」
ミノンが軽やかな足取りで町に向かっていく。
わたしたちは先導する彼女の小さな背中を追いかけた。
アースラの町にはミノンと同じような独特な模様の入った服を着ているNPCがたくさんいる。
買い物をしていたり、話し合いをしていたり。
やはり大きな町だ。
そのなかでも、
「じゃ~ん。ここがあちしのおうち!」
と、ミノンに案内された宿屋はなかなかに大きい。
木造三階建て。
土塀に囲まれた中庭には井戸も完備している。
◇リスポーン地点が更新されました◇
新たなリスポーン地点が追加されました。
次回のログインからは、この場所がスタート地点になります。
オプション画面からリスポーン地点を選択できます。
目の前に浮かんだウインドウを確認してから、もう一度、宿屋を見る。
リスポーン地点が更新されたらしい。
漂着した冒険者が、宿屋にお世話になる──というストーリーなのだろうか。
ナギやアーサーも眼前のウィンドウを見ているようだ。
「お父さん、おねえちゃんを釣ったよ!」
ミノンはカウンターにいる、お父さんらしき人に話しかけた。
説明している様子は可愛らしい。
ただ……あきらかに話を盛っている。大げさなジャスチャーは漂流とは関係なさそうにも思える。
なんか剣を振ってるように見えるし。
いや、大物を釣り上げてる様子かもしれないけど。
「なるほど。そんなことがあったのか」
と。
ミノンの父親で宿屋の店主をしている、優しげなおじさんが納得したように頷いた。
「困ったときはお互いさま。宿代はいらないし、部屋も自由に使ってもらってかまわない。だから──一方的なお願いにはなるんだけど、アースラの困ってる人たちを助けてあげて貰えないだろうか」
ストーリーが進んでいく。
目の前に文字が浮かんだ。
クエスト名【アースラの人々を救え】
内容としては困っている孤島の住民を救え。というものだ。特に何かが指定されていたり、ということもない。
期限があったり、条件があったり、クリア報酬も書かれてはいない。
クリアすることでストーリーが進む感じだろうか。
それから、とりあえず観光と島の地理の確認をするために町に出てみると、走ってきた少年にぶつかった。
相手は転び、わたしも転ぶ。
おびえたような目だ。よく見ると腕を怪我している。
「【ヒール】。どうしたの? 大丈夫?」
ナギは少年を回復させると、心配そうに問いかけた。
なりきりプレイやロールとは違う。本当に心配しているんだろう。
「あ、ありがとう……いや、は、はやく兵士の人たちに伝えてこないと……!」
少年は立ち上がったけれど、苦痛に顔を歪めた。
ナギが倒れそうな彼を受け止める。
「わっ、とと。どうしたのかわからないけど、伝言なら、あたしが伝えてくるよ!」
「……いいの?」
「任せて!」
胸を張るナギを、わたしとアーサーは黙って見ていた。
ちらりと視線を交わす。
「クエストかな?」
「そうかも」
少年はそれじゃあ、と説明を始めた。
どうやら山できのこを採っていたらしい。で、妙な声が聞こえたのでそちらに行くと、狼がいた、と。
「狼、いっぱいいたんだ。このままだと町に来るかも知れないし……それに、山できのことか山菜とか、採ってる子どもだってまだいると思うから……」
「大変じゃん! あーちゃん、どうしよう!」
わたしは目を閉じて一瞬だけ考えた。
「ナギは兵士に狼のことを伝えて欲しい。で、わたしとアーサーで先行して狼と戦ってくる。足止めの予定……うん、これでいいと思う。どう?」
「賛成。それがよさそうだ」
とアーサー。
ナギも頷いてから少年を見る。
「狼はあっち?」
「そうだよ。もう町に近づいてきてるかも……!」
「うん。じゃあ行ってくる。ナギの足を信じてるよ?」
「まっかせて!」
わたしが言うと、少年をおんぶしたナギが颯爽と通りを駆けていく。
その背中を見送ってから、わたしとアーサーは少年が教えてくれた方向に走った。
町の西側には深い森林がある。
黒い狼たちは町と森林のあいだ、さっきの場所からすぐそばの河原に集まっていた。
少し離れた場所で身を伏せて、わたしとアーサーは敵を偵察する。
「おつかいクエスト、侮れないね」
とアーサー。
「だね。想像したよりは多い……けど」
わたしは身を伏せながら狼を数えた。
「全部で17頭。よし、町を救っちゃおうか」
とりあえず先制攻撃だ。
開始した詠唱に、狼たちは気づいていない。




