2
クラスメイト全員の自己紹介が終わると、狙っていたかのようにチャイムが鳴った。
そんな感じでもろもろのことが終わっていく。
でも。
大半の新入生たちは、下校もせずにグループのようなモノを作って話し合いをしていた。
陽キャなグループ。
なかよしグループ。
オタクなグループ。
陰キャなぼっち。
まあ、陰キャなぼっちはわたしくらいで、陰キャは陰キャで集まっているんだけれど。
右前の席でほとんど眠って過ごしていた夢見彩紗希さんなんて、名字が夢見だからか、居眠りキャラとして受け入れられているし。
むむむ。初日が大事、気合いでがんばれ。ギャグはふんだん……これはどうでもいいか。
お父さんの言葉を思い出して。
わたしは前を向いた。
「………」
五人ほどのグループが出来ている。
その中心は、もちろん萩野凪──なぎちゃん。
わたしは開きかけた口を閉ざした。
そういえば、最後に話したの……中一の頃だっけ。
なぎちゃんは幼なじみだ。
元々ご近所さんであるし、何より母親同士が学生時代からの友人というのもある。
物心がつく前から『一緒』だった。
そんな関係が崩れた、というか疎遠になったのは中学生になった頃。
わたしは運動神経というものが鈍かったが、なぎちゃんは素晴らしかったのだ。
神童だとか天才だとか言われていた。
地元のテレビ局が取材に来たり、全国放送の芸能人がマラソンをする企画で女子中学生の代表として出演したり。
美人でスタイルが良くて、走れば全国レベル……。
自分と比べて違いすぎる。
わたしなんて、ただ近所に生まれて、親同士が友達だっただけっていう。
ふぅーと息をついてから、席を立ってリュックを背負うと、わたしは廊下に出た。
「また、ぼっちかあ……」
そういえば、中学一年の半ばには、なぎちゃんはそれまでのように気軽に遊べる存在ではなくなっていたっけ。
校舎に名前の書かれた垂れ幕が掛けられていたり、県知事室に呼ばれてたり。
熱い視線を送る教師たちに答えるように成績も伸ばしていた。
遊びに誘うのは遠慮すべき、という雰囲気があった。
現に当時の担任の先生からは濁してはいたけれど、「今は大事な時期だから」とも言われていたのだ。
遊んだりしなくなってくると、次第に話すことすら減って……。
「……クリスティアオンラインⅡ、早くやりたいなあ」
わたしがゲームを始めたのは、その頃からだ。
親友を独占したかったわけではないけれど、話すことすらできないのは苦痛で、新しい交遊関係を築くのにも失敗してしまった。
そんなわたしが、ゲームにのめり込むのは必然だったのだろう。
自由な世界で、互いに素顔すらわからない人たちと、旅をしたり戦ったり。
リアルよりもゲームを優先してしまったわたしは、気づいたときには中学校でぼっちになっていた。
とはいえ。
悲しかったわけでもない。
それだけ、クリスティアオンラインは楽しかったのだから。
「でも、お父さんとお母さんに……なんて言おっかな」
友達がひとりもできませんでした。なんて言えない。
たくさん出来たよ、なんて嘘は……もっと言えないけどさ。
「クリスティアオンラインⅡって面白いの?」
「さあ。まだリリースされてないし」
「へえ、じゃあいつされるの?」
「今晩って書いてたけど。──えっ!?」
わたしが振り向くと、そこには銀髪の少女が立っていた。
陸上をしている姿を見かけたときは、健康的に肌が焼けていたのに。
今では昔みたいに色白で綺麗な肌をしている。
「なぎ……ちゃん」
「も~、待ってって声かけたのに。あーちゃん、一人で行っちゃうんだもんなー」
声なんて聞こえなかったけど。
いや、聞こうとしなかったのかも知れない。
「どうし、たの?」
「一緒に帰ろうよ。あ、寄り道しちゃう?」
「……うん」
こうしてわたしたちは、学校から近いハンバーガー店にやって来た。
それまでは平凡な話をしていた。
いい天気だね、とか。朝は何を食べたの、とか。
まさかこんなテンプレな会話をする日が来るとは。
「なに食べるー?」
「……なんでも。飲み物だけでいいかも」
「ん。それじゃあ、この期間限定の桜シェイクを2つと、ビックバーガーセットください。あとはナゲット、ソースはマスタードで」
なぎちゃんは楽しそうに注文をしていた。てか、めちゃくちゃ食べるなー。
出来上がった商品を受け取って適当なテーブルにつくと、さっそくシェイクを飲み始めている。
「あ、あのさ」
わたしは疑問に思っていることを聞いてみることにした。
「なあに?」
「そんなに食べても……いいの?」
「え?」
なぎちゃんはサクサクと食べていたポテトを見て、首をひねった。
「あ、食べる?」
「じゃなくて……その、体重とか……」
スポーツ選手の食事制限は厳しいとテレビで見たことがある。
でも。
なぎちゃんは笑った。
「あたし、陸上辞めたんだよね。だから食べても大丈夫、ってか太ってる? 最近こんな感じで食べてるんだけど」
「い、いや、そんなことないよ」
衝撃の事実だ。
どうしてそんなに食べて太らないの?
というか……辞めた?
「そっか、よかったよかった。でさ、あーちゃんってクリスティアオンラインⅡ、やるの?」
その質問にわたしは頷く。
やるかやらないか、ならば、もちろんやるに決まっている。
「うん」
とりあえずそう答えて、差し出されたポテトを食べた。
周囲には他の学生も大勢いる。彼らがしているのは、もっぱらなぎちゃんの頭髪の色や萩野凪という有名人についての話だ。
もちろん視線もたくさん向けられている。
でも。
ビックバーガーを食べ終えたなぎちゃんは楽しそうに。
まったく気にもしていないように。
わたしは困惑しているんだけれど。
「じゃあさ、一緒にゲームしようよ!」
なんて言ってのける。
わたしはずぞぞ、と吸い始めた桜シェイクを口から垂れ流した。
まるでマーライオンさながらだ。