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「おっ! それ、いい装備だな」


 わたしに言ったのかナギに言ったのかはわからないが、くるりと振り返ったリゼルはそう言った。

 どうやら岩を見ていたのはわざとだったらしい。

 つまりは煽られてまんまと騙された──いや、元々戦うつもりだったのだ。こちらも、あちらも。


「初めまして。あたしナギっていいます。あたし、たぶん勝てないと思いますが、よろしくお願いします」


「これはご丁寧にどうも。俺はリゼルだ。まあ配信もしてるから、よかったら見てくれ」


「わかりました」


「で? そっちの……不幸そうな娘は、えっ、大丈夫か? 今にも倒れそうな顔色だけど」


 リゼルは本当に心配そうな表情でわたしを見た。


「えっと、初めまして(・・・・・)……アリカです。大丈夫です、はい」


 見た目うんぬんは日常茶飯事だ。

 余命1日の病人のようでも不幸そうでもかまわないが、どうせ言われるのであれば、薄幸の少女が一番気に入っていたりする。

 響きが良いし。

  

「さて、どうやって戦う? さっきの奴らは集団で、まあ、ひとりはタイマン希望だったけどよ──戦ったわけだが」


「作戦会議ーー」


 わたしはリゼルに背を向けた。

 ナギも同じようにして顔を近づけて。


「あーちゃん、後ろ向いて大丈夫なの?」


「大丈夫。配信してるからこそ、相談中のふたりに攻撃なんて出来ないよ」


 ちらりと背後を確かめる。

 リゼルはどーぞどーぞとジェスチャーをしてみせた。余裕だ。


「勝てる気がしない」


 と、ナギが言う。


「うん。まともにやれば、勝てないよ」


 わたしはそう言った。


 プロのプレイヤーを相手にして初心者(ルーキー)が勝てるはずがない。

 仮に同等の装備をしていても、単純な技術だけで圧倒されてしまう。

 白銀の杖があれば……まだ戦えたとは思うけど。


 ごにょごにょと作戦を伝えると、ナギがあんぐりと口を開けた。


「あーちゃん、ほんとうにそれでいいの?」


「ま、仕方ないよ。相手が悪いから。それに──どっちかが残れば、それって勝ちってことだもん」


 わたしたちは振り返ってリゼルを見る。

 リゼルは「へえ」、と目を細めた。


「俺を相手にして、勝つ気かい?」


「逃がしてくれるなら、そっちの勝ちでいいですよ」


「あー、そりゃ無理な話だな」


 剣の腹で肩を叩きながら、リゼルがゆったりと進む。


 リゼルがわたしたちを倒せばリゼルの勝ち。

 リゼルがわたしたちを倒しきれなければ、わたしたちの勝ち。

 勝手な勝敗条件を脳内に刻み込んだわたしは、勝ちに向けて動いた。


 バックステップで三歩ほど下がる。

 そして、


「灼火の残滓(ざんし)、東方の夜明け」


「あン?」


 リゼルが立ち止まり、首を傾げた。そりゃそうだ。この詠唱は彼だって知っているものだから。


「氷華の残渣(ざんさ)、西方の日暮れ」


「ははっ……ルナルーンの詠唱か」


「紫電の残光、南方の極夜」


「その魔法を使えるはずも無いが、止めさせてもらうぞ?」


「おっと、あーちゃんの邪魔はさせないですよ!」


 ベルマリアに造って貰った剣を抜き放つナギが、剣撃を繰り出した。

 二度、三度、四度と目にも止まらぬ速さの白刃が煌めく。


「お、やるな!」


 剣筋を見切っているリゼルが感嘆の声を出したとき、


「──風雅の残響、北方の白夜」


 魔法が完成した。


 ナギはなんとか攻撃に耐えられているが、防戦一方。

 しかしリゼルの攻撃を防げるプレイヤーがどれだけいるのだろう。

 プレイ開始から10日にも満たないプレイヤーだとすれば、まさしく奇跡的だ。


「虚光の降臨【灼氷紫風(オムニスティア)】──ッ!!」


 と。

 まあそんな魔法は使えないんですが。


「少しだけ、びっくりしたぜ──なっ!?」


 かすかに身構えた、リゼルの目が見開いた。

 わたしが所持しているすべての魔石をばら蒔いたからだ。

 魔石が消えると共に、低級氷精霊ルピーが現れる。


「おまっ……その詠唱で精霊って、つか精霊使いかよ!?」


「詠唱なんてのは、所詮は気分的なものだから」


「るぴぴっ」


 わたしにはわかっていた。

 リゼルの強さを、信頼すらしているから。

 魔法使い系統の後衛職プレイヤーが魔法を使用するのであれば、当然、前衛職のプレイヤーは距離を詰める。

 元々後衛職なんてのは紙防御とすら揶揄されるほどに白兵戦では弱い。その上で今は、がら空きだから。


 交戦中のナギを背後に置き去りにしての速攻はあまりに見事な判断で、あまりにも妥当な動きだった。

 スキルすら使用しない上段からの斬撃。

 それはスキルすら使用せずに、ただの一撃でわたしを倒せるから。


 だから───、


「うりゃあ!!」


 わたしはリゼルにタックルした。

 来るのがわかっていたからこそ、未来予知かのように、リゼルが動くのと同時に動けたのだ。そうでもなければ当たらなかっただろう。

 だが。

 大人型のPCと少女型のPCの身長差は結構あるらしい。腹に抱きつく格好になってようやく気づいた。


 衝突のダメージなんてのはお互いに微々たるもの。


「くっ、あははっ──これが作戦か?」


「そうだよ」

 

 抵抗するリゼルから離れないように、必死にしがみつき。

 指先だけで操作して白木の杖をアイテムボックスから出した。

 白木の杖は装備すると魔法の威力が増加する。


「小魔石3個と極小魔石9個で召喚した精霊(ルピー)の攻撃は、今のリゼルじゃ耐えられないでしょ?」


「ま、まさか」


「そのまさか。ルピー、【氷風】!!」


 音声入力によって、ペンギンとミミズクの中間のような姿の低級氷精霊ルピーが、スキルを使用した。

 周囲に吹雪が巻き起こり、それが球体へと圧縮される。

 狙った目標は、『自分(わたし)』だ。


 ナギは……よし、離れてる。作戦通り。わたしの勝ち!

 轟音と共に──暴風の塊が爆ぜた。

 辺り一面が真っ白に染まる。木々が凍り、枝葉は砕けてゆく。

 雪が降った翌朝の路面のような、シャクシャクという足音を鳴らして、誰かが近づいてきた。


「【ヒール】」


 死亡したプレイヤーにヒールなんて意味がないのに。

 それでもわたしのHPが回復した。


「あーちゃん、大丈夫?」


「大丈夫……ではあるけど、あれ、わたし……死んでない!?」


「そりゃあ、この俺が、しがみついたお前ごと後ろに跳んだからな」


 と。

 リゼルの声が聞こえた。


「な、なんで?」


「お前ルナだろ」


「ナ、ナンノコトカナー」


「俺はあんな戦い方をする、戦闘狂(バトルジャンキー)をひとりだけ知っている。ってか、ひとりしか知らない」


「だーれが戦闘狂だ。わたしは戦闘好き(バトルマニア)!」


「そらみろ。つうか、そもそもそっちの娘の装備って俺が売ったやつだしな」


「…………」


「魔法が弾けた瞬間に配信は中断してるから、気にしなくていいぜ?」


「よかった……というよりも、その」


 わたしがモゴモゴと言葉を出せずにいると、リゼルがナギを見た。


「あんた、アリカちゃん(・・・・・・)のお友達?」


「へっ……幼馴染み、ですけど」


「ああ、そういうことか」


 リゼルは即座に状況を理解したらしい。


 配信を切っていることに喜び、ルナルーンであることを否定する。

 そして『あーちゃん』呼びだ。それしかないだろう。  


「なるほどな。そのピンク髪、職場の同僚か何かだろ?」


 違うわい。


「今さっき幼馴染みって言ってたじゃん……なに聞いてたの……」


「あたしたち、高校生だよ」


「は? ルナ──、いやアリカってもしかして、高校生なのか? そんなに若かったのか!?」


 言ってなかったっけ。

 言ってなかったかも。


「……うん」


 そのあとはさんざんな目に遭った。

 やたらと先輩風を吹かすリゼルが、わたしたちと共同戦線を張ったのだ。

 どうやらわたしがルナルーンであることをナギに言っていないのだけは、察してくれたらしく、そこはよかったんだけれど。


「ほら、イノシシの牙」


 と、渡されたアイテムを受け取って、魔法を使用した。

 自分の分と受け取った分の二頭のイノシシが現れる。


「うおー、マジで乗れるのか。精霊使いおもしれーな」


 イノシシに乗ったリゼルがぐるぐる駆け回っているが。

 わたしはナギを見た。


あの人(・・・)もベルマリアと同じで、前に一緒にゲームしてた人……なんだよね」


「おもしろい人じゃん。それに……滅茶苦茶強かった」


 結果的に引き分けではあっても、単純な戦闘では負けている。

 そもそも自爆覚悟のわたしの攻撃ですら倒せていないし。

 ナギは悔しそうだ。

 ちなみにリゼルのダメージも【ヒール】で回復させているから、そこまで完敗ってわけでもなかったんだけどね。


「うん……まあ悪い人ではないよ、いや、はず。たぶん。きっと。おそらく」


「聞こえてんぞ! それより、そろそろ行かないと間に合わない。配信も再開させるからなー」


 わたしとナギがまたふたり乗りをして、そのイノシシに並走するようにリゼルが騎乗したイノシシが走る。

 森林地帯を抜けて丘陵地帯を走る間、リゼルはリスナーに向けて、配信を停止していた理由を軽く説明していた。

 なんというか──わたしたちの戦いに感銘を受けたとかなんとか。

 リスナーたちはリゼルさまが言うなら、と。受け入れたらしい。


 それでいいのか、リスナーたち。

 まあ詮索しないでくれたのはよかった。

 疑問はあったみたいだけど、イノシシに乗って走っている状況を彼らも好意的に受け取っているみたいだ。


 こうしてわたしとナギの簡単な自己紹介を終わらせた頃。

 ようやく目的地の近くに到着した。


「なに、あれ」


 そこはまるで戦争映画さながらの状況だった。

 高い丘の上にあるらしい湖とそのそばにあるゴール地点、廃屋の周囲に後衛職のプレイヤーが集結し、要塞化している。

 丘を駆け上がろうとしている前衛職プレイヤーたちが、魔法や矢を受けて何人も転がっていた。


 子羊たちの、狼から追いかけられたことへのささやかな──いや、結構ハデな報復だ。


「あーちゃん、どーする?」


「あーちゃん、どうすんだ?」


「……このまま突っ込んでも抜けないと思う。隊列が割れたら……そこを突っ切りたいんだけど」


 ほら、とリゼルが魔石を手渡す。

 小魔石が50個と極小魔石が200個。わたしの両手の上には魔石の山ができた。

 リゼルは元魔王軍四天王らしい笑みを見せる。なるほど。


氷よ(ヤー)──吹雪となれ(トゥイスク)我の()魔力を捧げる(ルコイラウ)。我が前に現れよ、ルピー!」


 大量の魔石を食べたルピーはなんというか。筆舌に尽くしがたい……言うなれば黄金だった。


「るっぴっぴっ」


「お、おお。……とりあえず射程圏内まで突っ込むから、ふたりは援護をよろしく」


「おっけー!」


「任せとけ!」


 そんな戦闘特化なふたりに護衛されつつ、要塞攻略中のプレイヤーたちの最後尾に喰らいつき、わたしはちょうど戦場の中央辺りに【氷風】をぶち込んだ。


 起こったのは、大爆発だった。

 もろもろに強化された魔法。

 それはそれは凄まじい……ゲーム序盤の魔法の威力ではない。


 こうして【夜の帳】所属プレイヤー・アリカとしてのはじめてのイベントは終了したのだった。



○○○



 ◇イベント終了◇

 プレイヤーの皆さま。お疲れ様でした。

 東西南の各エリアでのイベントクリア上位者の戦闘結果、及びPN(プレイヤーネーム)などをランキング形式で発表いたします。


 1位、南エリア1500ポイント【キル数300名】PN・黒【黒白二翼】

 2位、南エリア1500ポイント【キル数300名】PN・白【黒白二翼】

 3位、西エリア1370ポイント【キル数274名】PN・アリカ【夜の帳】

 4位、東エリア1010ポイント【キル数202名】PN・クインベルド

 5位、東エリア950ポイント【キル数190名】PN・宵【夜の帳】

 6位、西エリア565ポイント【キル数113名】PN・リゼル

 7位、東エリア490ポイント【キル数98名】PN・りゅー

 8位、南エリア395ポイント【キル数79名】PN・ロットン【ロットン騎士団】

 9位、西エリア385ポイント【キル数77名】PN・プリン大好きさん

 

 以下略。 

一章〈完〉

これから二章がはじまりますが、とりあえず十万ぶん書けてホッとしています。

読んでくださってる方、応援してくださる方、ありがとうございます!


ヾ(^ω^~)ノ゛

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― 新着の感想 ―
[一言] ああ、アリカさん、やらかしちゃいましたね(笑) なるほど、十分な魔石があれば精霊使いはレベルに見合わない強力な魔法攻撃が行えるのですね ただし、一発に限る、と
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