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わたしたちがクラン【夜の帳】に加入してから数日後。
ついに待ちに待った日、イベント開催日となった。
このイベントに参加するプレイヤーは指定された場所である、城の中庭に集まっている。
もはや身動きのできないほどの混雑ぶりにげっそりとしていた頃、空中に映像が現れた。
「こっんにっちはーー!」
可愛らしい茶髪の女性PCが笑っている。
「どうしたのかなぁー? こっんにっちはーー!!」
周囲からぽつりぽつりと「こんにちは」、と言う声が聞こえた。
子供向け番組の歌のお姉さんみたいなお姉さんが、歌のお姉さんみたいなことをやっている。
わたしは唖然とした。
「はーい。ワタシが進行を勤めさせていただきまっす。司会のお姉さんです!」
「そのまんまだった」
テンション高めの司会のお姉さんにプレイヤーたちの反応はさまざまだ。
わたしとアーサーは唖然としていたし、ナギとけらけらと笑っている。宵先輩にいたっては腕を組んで表情を変えていない。
「では、さっそくですがー! 第一回イベントの詳細を発表します。どぅるるるるるるるるるるる──」
………。
「じゃじゃーん。『狼と子羊』でーす!!」
自分の声でドラムロールをやりきった司会のお姉さんは、微塵も恥ずかしがらずに笑っている。
プレイヤーたちはそんな発表を受けて、
「狼と子羊?」
「なにそれ」
なんて動揺していた。
もちろん、わたしだって同じだ。
『簡単に言ってしまえば、鬼ごっこでーーーす!』
じゃあ最初からそう言えばいいのに。
「あーちゃん、鬼ごっこなんて久しぶりだね!」
「う、うん。なんていうか……うん」
まさか第一回イベントが鬼ごっことは思わなかったなぁ。
剣闘試合じゃなくてよかったけど……。
「ではルールを説明しますよー!」
鬼ごっことは──説明する必要がないほどに、日本人に広く知られている遊びだ。
各地で多少のご当地ルールこそあれ、鬼から逃げるという単純にして明解なルールはおそらく変わらない。
しかし第一回イベント『狼と子羊』には、通常の鬼ごっことは違った独自のルールが存在した。
「ふむ。つまり子羊は鬼──いや狼を倒せるということか」
司会のお姉さんが今も説明し、更にはデフォルメされたキャラクターまで使った演出のさなか、宵先輩はそう言った。
わたしはうなずく。
「ですね。子羊は狼の5分前に出発して、目的地を目指す。狼は子羊の5分後に出発して、目的地に辿り着かれる前に、子羊を狩る。子羊は狼を撃退することもできる、と」
「鬼ごっこ、ではないな」
司会のお姉さんも、きっとわかりやすく言っただけなんだろう。
『──子羊は目的地に到着した時点でイベントクリアとなります。狼はイベント開始から二時間の制限時間が経過するまでに1名以上を倒していれば、制限時間終了時にイベントクリアとなります。なお1名をキルする度に5ポイントが加算され、このポイント総数でランキングが変動します。イベント終了後に順位を発表いたしまっすよー!』
司会者のお姉さんはパチパチと拍手している。
プレイヤー側で拍手している者は数人だけで、大半の者が沈鬱な表情だ。
「……ヤバいですね」
「ああ。それはつまり──」
それはつまり。
今回のイベントが制限時間一時間の、広範囲エリアで行われる大規模PvPだということだ。
狼と子羊、あるいは鬼ごっこ等という名称を使っている癖に。
これでは、戦争だ。
「ん?」
と。
宵先輩が正面を見ている。
同じようにわたしも正面を見てみると、青いウィンドウが現れていた。
東・山岳地帯(ゴール地点、山頂の旗)
西・森林、丘陵地帯(ゴール地点、湖の畔にある廃屋)
南・砂漠地帯(ゴール地点、遺跡の残骸内にある広場)
逃げる側・子羊(後衛職プレイヤー)
追う側・狼(前衛職プレイヤー)
※クランメンバーの位置情報は常時表示されます。
『逃げたい方向、向かいたい方向を選択すればスタート地点に転移します。よ~く考えてから選択してくださいね。役職は変更できないので注意をよっろしく~』
にんまりと笑った司会のお姉さんがピースをすると、空中に浮かんでいた映像が、困惑顔のプレイヤーたちに変わる。
この広場のライブ中継だ。
「で、どうする、アリカさん?」
「あーちゃん、どうする?」
「んー。先輩、どうしましょう?」
わたしは先輩を見た。
しかし宵先輩は余裕の表情で、
「簡単な話だろう?」
と言う。
「私とアーサーは前衛だが、アリカとナギは後衛。双方が同じ方向に向かった場合、クランメンバー同士で戦うことになるかも知れない。それだけは避けたいから、『狼』と『子羊』は別の方向に行くべきだろう」
「じゃあボクは東に行きたいです」
「ん?」
「ボクたち南の地形はあまりわからないですし、そうなると東と西……後衛職のふたりに山登りは難しいと思うので」
「なるほど。ではアーサー、私も東へと同行しよう」
東の山岳地帯は岩(たぶん中腹くらい)がある場所までしか行ったことがないけど、西の森林地帯だってイノシシがいた場所くらいにしか行ったことはない。
とはいえ。
ナギならともかく、わたしは足が遅いので、追いかけられている状況で山登りなんてできないはずだ。
アーサーの思いやりは受け取った。
わたしはこくりと頷く。
「わたしたちは西に行きます」
「ああ。では互いにがんば」
宵先輩が次の言葉を紡ぐ前に、声が響いた。
「──俺は西に行くぜ!」
と。
その声はわたしにとって、馴染みのある声だった。
声の方向を見てみると赤髪のイケメンがいる。彼こそ有名な動画配信者にしてトップクラスのプレイヤー。
「リゼル」
わたしが呟いた声など歓声に掻き消された。
リゼルを目指してプレイヤーたちが集まっていく。
「ほう」
一方の宵先輩は心底楽しそうに笑っている。ごちそうを前にした猛獣、いや戦士の双眸だ。
でも宵先輩は東に行くわけで。
あれ? でもリゼルは西に……わたしたちと同じ方向だ。
あっヤバい。
わたしは苦難を察した。