イベントに参加してみよう
高校生活にもなれてきた今日この頃。
数学の授業が終わって背伸びをしていると、
「失礼する」
と夜宵先輩が教室に入ってきた。
凛とした美しい先輩の登場に、男子生徒たちが居住まいを正している。
「どしたんですかー」
なぎちゃんはいつも通りだ。
「先ほど告知が来てな」
先輩の携帯端末には『クリスティアオンラインⅡ、第一回イベントの告知』と表示されていた。
わたしや夢見さんが自身の携帯端末で調べてみると、確かに同じように告知されている。
◇クリスティアオンラインⅡ、第一回イベントのお知らせ◇
第一回イベントを開催いたします。
イベント内容は当日イベント前に発表いたしますが、戦闘を伴った大規模なものとなる予定です。
なお今回のイベントではクランに所属しているプレイヤーにボーナスが付加されますので、まだクランに所属していない方は──。
うんぬん。
どうして先輩がわたしたちの教室にやって来たのか、理解した。
つまり一緒にやろうと言うことだ。たぶん。
「クラン、ですか?」
「ああ。その……なんだ、入らないか?」
ピコーンと音が鳴った。
わたしたちの携帯端末に、
クラン【夜の帳】に加入しますか?〈Yes or No〉
とのメッセージが届いている。
どうやら夜宵先輩はフレンド登録欄からクラン招待を送ってきたみたいだ。
わたしたちはどうするか、なんて誰も言わなかった。
3人でアイコンタクトをする。
よし、同意見っぽい。
即座にYesを選択した。
というか、同好会は夜の帳という名前で──クラン名も同じく夜の帳だ。
「先輩、なんで夜の帳なんですかー?」
なぎちゃんの疑問に夜宵先輩は少しだけ頬を赤く染める。
「私が夜宵だからな。夜っぽい名称を調べて……その、なんだ、夜の帳っていい感じだろう?」
照れている夜宵先輩はいつもと雰囲気が違って可愛かった。
それに確かにいい感じ。
わたしたちがクランに加入したのを携帯端末で確認すると、夜宵先輩はほんとうに嬉しそうに笑ってる。
「では失礼した」
と。
目的を達成した夜宵先輩が教室から出ていく。
教室内ではがやがやと雑談が始まった。
──美人な先輩、いいなぁ。
──水泳部にも美人な先輩多いんだけど、練習がキツいんだよなぁ。
なんて悲痛な声が聞こえる。
水泳部は全国大会出場の常連らしく、やっぱり練習も常連にふさわしいものらしい。
他にもサバゲー部で夏休みに2夜3日のレンジャー訓練があるらしいとかなんとか。
それにしたって夏休みとは気が早いな、みんな。
「イベントってどんなのだろねー」
なぎちゃんが前後逆に椅子に座ってわたしを見た。
「前作で一番最初にあったイベントは、一対一の剣闘試合だったらしいよ」
「えー」
なぎちゃんは嫌そうな顔だ。
さすがにわたしも、剣闘試合なんて言われたらあんな顔になるだろうな。
夢見さんは眠いのか、ぽわぽわ~とした表情で椅子ごと移動してきた。
「かくれんぼとかもあったんだってねぇ」
「へっ、かくれんぼ?」
なぎちゃんが驚いたような声を出す。
言われてわたしも思い出す。あったなぁって。
そういえば、わたしもかくれんぼには実際に参加したっけ。
「制限時間内に見つかるか見つからないかってイベントだったらしいんだけどさぁ………評判は悪かったみたいだよ~」
夢見さんはどこからか取り出したポテトチップスを食べ始める。
かくれんぼ。
それは普通にやれば楽しい遊びだ。
子供の頃にやったことがある人も多いだろう。
だから、かくれんぼイベントのときにはルール説明がなかった。
集まったイベント参加者からランダムに選ばれた『隠れる側』のプレイヤーの約九割が、開始と同時に周囲の『鬼』プレイヤーに発見されたことなんてのは、あきらかに運営のミスだろう。
そのあと即座に「先程のは予行演習です」とかうわずった声で発表されて2回目がはじまったと思ったら、生成されたエリアが荒野で隠れる場所がどこにもなかったり……。
ともかく、クリスティアオンラインの運営にはそんなミスが多い。
ゲームは最高、イベントは最悪、ストーリーが謎。
そう言われちゃうようなミスが多かった。
クリスティアオンラインの運営は説明不足やミスで炎上することがときどきあったのだ。
でもプレイヤー側はそれも一種のイベントとして楽しんでいた。
「わたしが初めて参加したイベントは『伐採せよ、己の筋肉を信じるのだ』だったなぁ」
わたしは遠い目をした。
「えぇーなにそれ、どんなの?」
「木をたくさん伐るイベントだったよ」
けらけらとなぎちゃんが笑っているが、これは冗談じゃない。
あれはヤバいイベントだった。
スキルの使用が禁止された森林エリアで、配布された斧(木に当たれば変な音が鳴る)を使って木を伐採するのだ。意味がわからない。
そして伐採した木材の数だけ参加者にモルが配られるという……まあそんなイベント。
もちろんプレイヤーからは不評だった。
木こりがしたくてゲームしてる人なんてごくごく少数だし。
まあでも、切り株だらけのエリアが、次のアップデートで町になっていたのは開拓に成功した感があったんだけどさ。
「そういや知ってる~? クリスティアオンラインⅡの噂」
と夢見さんが目を輝かせた。
「噂……どんなの?」
わたしは首を傾げる。
「んと、実はクリスティアオンラインⅡから、システム管理者が代わったらしくてさぁ」
「えっ」
「正確にはダンジョン作成とモンスターの動作、あとNPCの反応だっけ。それを超高度AIが担当してるんだーって」
わたしは口をあんぐりと開けたあと、
「くふっ」
と笑いをこらえた。
「それって人工知能ってことだよね?」
「だねぇ。掲示板では結構ポピュラーな噂なんだよ~」
「うぇええー!? あのゲーム、人間が作ってないのっ?」
なぎちゃんは意味がわからないと手をあげる。
降参しているみたいだ。
「まあ、噂は噂なんじゃないかな」
「いやいや在処さん。それがですなー、っと……これを見てくだされ」
変なキャラを見せつつ、夢見さんが携帯端末で動画を再生する。
映っているのは男性PCがふたりと女性型の植物系ボスモンスターだ。
『うわ、可愛いじゃん』
『だなー。こんなボスもいるんだな』
『えへへ……ありがと』
おそらく町の西側、丘陵地帯のボスであろう女性型モンスターは二人に向かって照れ笑っているように見える。
プレイヤーたちは少しだけ困惑した様子を見せた後で戦闘を開始した。
「ねぇ?」
「ねぇ? って言われても……」
「あーちゃん、今ボスが喋ってたよ! すごー!」
「確かに喋ってはいたけど」
どうなんだろう。
ゲーム内ボイスなんてのは状況に応じて使用されるものだし。なんなら冒険者ギルドにいた職員NPCだって喋っている。
事前に用意された台詞を特定の状況・条件下でゲームキャラが発するのは一般的な、普通のことだ。それこそ昔のゲームでもそうだし。
これが自然に受け答えしているというのであれば、さすがに技術力の進化に開いた口がふさがらなくなるけれど。
「他にもですなー。ボスモンスターと複数回戦った末に、プレイヤーの特定の攻撃を避けたり、特殊な言動を見せたりするらしいんですなー」
「すごいんですなー」
「……ですかなー」
わたしにはそんなモンスターと戦った経験がないからわからない。
いや、精霊王クリスティアと戦った時に──最後の攻撃で彼女はうっすらと笑わなかったか?
本当は防壁を張ったり防御できたのでは?
でもしなかった。
しなかった?
超高度AI、いわゆる人工知能はF・W・Sが完成したのと同じ頃に完成しているとは聞いたことがあった。
仮想空間接続技術の話題に掻き消されてたんだけど。
でも、そんな国防だとか国家レベルの研究施設で使用されるようなシロモノが、ゲームのシステム管理を担当するのだろうか。
「ううーん」
どうなんだろう。
「うぃーす」
「なに話してるの?」
と。
青ヶ島さんと梓川さんがどこかから帰ってきた。
「超高度AIについてだよ~」
「人間じゃないんだってー」
「都市伝説、だと思う」
わたしたちはそれぞれキリッとした顔だったり楽しげだったり、困惑したような表情で、そう言った。
もちろん青ヶ島さんと梓川さんは意味がわからない様子だ。
やっぱりわたしも、わからない。




