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薄暗い坑道を進んでいると声が聞こえてきた。
「おい、攻めようぜ。待つのなんてメンドーじゃん」
「アホか。人数だけでいえば向こうが多いんだから、囲まれて終わりだ」
「さっき倒した奴らからずいぶん経っている。もういないんじゃないか?」
「そりゃフレンドがいたら連絡してるでしょ、来るなって。ってか、もう黙りなさい、声で場所がバレちゃうでしょ」
うん。もうバレてる。
「初心者が混じってるな」
くくっ、と禿頭が小声で笑った。
どうやらこの先でPKたちが待ち伏せしているらしい。
「でもやっぱり場所が悪いわ。狭くて槍が使いにくいったらありゃしない」
お姉さんは苦虫を噛み潰したような表情だ。
一方のわたしはアイテムボックスとにらめっこの最中である。
ナギとアーサーから預かったアイテムを分別して並べて。そのうえで周囲のプレイヤーの動向を確認して。
うーん。さすがにスパイがいるっていう可能性は無さそうだ。
「お姉さんお姉さん」
わたしは槍を持った女性プレイヤーを手招きした。
「……あ、私? どしたの?」
「相手に先制攻撃したら、いくら貰えますか?」
「えっ、あー、魔法で?」
「はい」
「そりゃあね、こんな場所だし先制は欲しいけど、今はそんな遠距離魔法が使えるプレイヤーなんていないでしょ」
「わたし……精霊使いなんです」
うわー、という溜め息のような声が周囲から聞こえた。
どうやらPKたちにはバレなかったらしい。バレて攻撃されてたら最悪だった。
「……つまり精霊魔法を使うってワケか。いいよ、魔石が必要ってことよね」
話の分かるお姉さんは小魔石を3つと極小魔石を9個手渡して、
「ちゃんと当てなさいよ」
と笑った。
わたしは魔石をアイテムボックスにしまうと(すっごい見られた)、代わりに小さなツノを取り出して、さっそく固有スキルを使用する。
もちろんバレちゃうので詠唱はしない。
ポンっとツノとかげが現れた。
「うわ、精霊召喚じゃん。初めて見たわ」
お姉さんや他のプレイヤーたちが小声でおどろいている。
精霊使いは今作でも、やはりマイナーな職業らしい。
「ツノとかげ、このまま進んでプレイヤーを攻撃。狙えたら魔法使いか弓使いね」
指示したことをわかったのかわかってないのか、それすらわからないけど。
召喚したツノとかげが壁に張り付いて進んで行く。
しばらくすると、
「──うわ、何かが顔に貼り付いたー!?」
なんて女性の声が響いた。
どうやら成功したみたいだ。
「やるじゃん」
お姉さんがにっと笑う。
わたしも頷いた。
「よし、全員突撃だ!」
と。
禿頭の号令を受けて、その後ろ姿を先頭に、わたしたちは坂を駆けあがる。
前衛武器攻撃職を先頭としての突撃だ。
後衛魔法職のわたしはナギとアーサーの背中を見ながら、どんどん距離が離されていくのを感じていた。
相手の集団が見えてくる。
手のひらのツノが消滅した。
相手は十数人。こちらも十数人。
彼らも即座に反応して武器を構えたけれど。
こちらが速かった。
「どりゃぁあああああああああああ!!」
禿頭の剣が相手側のプレイヤーに直撃する。
そこからは混戦だ。
こんな狭い場所での混戦ほどやりにくいことはないなぁ。なんて思いながらも。
わたしはふたりに指示をする。
「ナギ、そこの大盾を持った剣士の後ろに回り込んで攻撃して。アーサーはダメージ覚悟で弓使いを任せた!」
ナギが大盾を持った剣士と相対し、アーサーが矢を受けながらも敵陣に突っ込んでいく。
相手側も突っ込んでくるならと受けて立つようだ。
「さてと、わたしは──」
魔法使いの少女PCに向かって進んだ。
混戦の最中に、中央で詠唱をするなんてのは寿司屋でインドカレーを注文するようなもの。
つまり間違っている。
そして、
おそらく。
だけれど。
「ツノとかげの仇ーー!」
「ちょ、待って詠唱中に攻撃しないで」
「うるせー、待つかー!!」
詠唱を中断した魔法使いの少女も剣を取り出して、わたしたちはビシビシバシバシと剣で攻撃し合った。
正直子供の喧嘩レベルの攻防だ。
それでも先に攻撃を仕掛けた分だけ、わたしの攻撃が上回ったらしい。
魔法使いの少女が地面に倒れて灰色に変わる。
「はぁ……はぁ……勝った」
『とかげ倒したの私じゃないもん!』
灰色状態の魔法使いの少女からメッセージが送られてきたが、わたしは視線を泳がせただけで華麗にスルーした。
どうやら人違いだったらしい。
「あーちゃん、無事?」
「あ、うん。激闘を繰り広げたよ」
「やるじゃん!」
「そっちは?」
「なんとか勝てたんだけど、MPがほとんど無くなっちゃってさー」
「えっ」
相手をしていたPCはあまり強そうには見えなかった。
そもそもナギを相手にして、ダメージを与えられるとすら思わなかったけど。
「なんかさー、あの人、戦ってると盾を捨てたんだよ。それで出してきた剣が変でね。避けたのに斬られちゃって」
自分をヒールしながら戦ってたらMPが無くなっちゃったんだとか。
「なるほど」
剣撃を飛ばすスキルだろうか。
あるいは引き継ぎで持ってきた武器か何かの効果か。
どちらにしても、単純なプレイスキルだけでは避けるのは難しい。それも初見であれば特に。
「でも勝ったんだよね?」
「まあね。なんか剣が本当は1メートルくらい長いんだって思いながら戦ったらさ、当たらなくなって。そのあとはダメージっていうの? なかったぜっ」
「や、やるじゃん(震え声)」
まさか初見で対応してしまうとは。
こうして会話していることからもわかるように、戦闘は終わっていた。
先制攻撃が決まって足取りが乱れたからか、態勢を整えられなかったPKたちは全員灰色になって横たわっている。
ただ、こちらも三名が灰色状態になってしまった。
それでも。
ナギもアーサーも、そしてわたしも無事だった。
その後は奪われたアイテムを奪い返して、ほどほどのアイテムを奪って死体漁りも終わる。
多くを奪えばPKと同じ。
少なければPK側が損をしない。この塩梅が難しい。
あとは約束通りに、戦わなかったプレイヤーから2割の鉱石が渡されて、それを戦った者たちで均等に山分けした。
もちろん、戦闘中に倒された者にも。
彼らにはあとで禿頭のプレイヤーが預かったぶんを渡すらしい。
いやぁ、無事に勝ててよかった。
お姉さんが「あれ? 魔石使って精霊魔法を撃ってた?」とか聞くので、わたしは「全部使いきりました。大魔法です」と言い放つ。
まあ気づかれていたんだろうけれども。
「うふふ、別に構わないわ。知り合いに精霊使いがいるから、燃費が悪いのは知っているし」
と、お姉さんが歩きながら手を振る。
わたしは万感の思いでその背中を見送り──とりあえず帰ることにした。
「面白かったねー、PvPだっけ? お祭りみたいで楽しい!」
ナギの言葉に、わたしとアーサーは唖然としつつもうなずく。
そしてしばらく歩いていると坑道から外に出た。
「待って!」
わたしは腕を横に突き出す。
ふたりが立ち止まって、ハッとした表情に変わった。
坑道入口の上、大きな岩に誰かが座っていたのだ。
「ほう」
頭上から声が聞こえている。
「気づいたか」
「……あの、先輩ですか?」
「ああ」
と、眼前に飛び降りた夜宵先輩──PN:【宵】が言う。
宵は赤みがかった黒髪の美人PCだった。ほとんど実際の姿と変わらないのにこれほど美しいのは、本人が美人だからか。
「ふむ」
先輩は腕を組んだまま、わたしの前に立った。
そして、
「ずいぶんと不景気な顔をしているな。……病院に行くか?」
なんて言う。
背後から苦笑が聞こえている中、わたしはがっくしと肩を落とした。
「大丈夫です。宵先輩」
「そうか。……ほら、これをやる」
宵先輩がアイテムボックスから一本の短杖を取り出して、わたしに差し出す。
杖は【白木の杖】と表示されている。
「砂漠にあるダンジョンのレアドロップだ。ようやくドロップしたから、やる」
「えっ」
「ルピーのぬいぐるみをナギに贈ったのだろう? お前、トロフィーは部室に置いていったしな。つまりアリカには何も渡していないのと同じだからな。アーサーは後日渡すから楽しみにしていろ」
なるほど。
宵先輩は、今日これを取りにダンジョンに行っていたのか。
「ありがとうございます!」
わたしは白木の杖を受け取ったあと、先輩たちと一緒にベルマリアの『ドラドラ亭』まで向かい、大量に入手した鉱石で装備の作成を依頼したのだった。




