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坑道の中央にリムストーンプールが存在する。
いわゆる棚田状の石に囲まれた水溜まりだ。
そんなライトアップでもすれば立派な観光地になりそうなそこで、わたしはナギを待った。
「おつー」
と、ナギが手を振ってやってくる。
わたしは手を挙げた。
「あーちゃん、3つしか採れなかったってマジ?」
「うん、マジ。ほら」
とりあえずアイテム欄を表示させた。
ナギは信じられないものでも見たような目だ。
「うわ~、あたし78個だよ。LUK0だと掘っても出なくなるんだね」
「まあ……でも、これですべてのドロップアイテムにLUKが影響するってわかって……良かったかな」
精神的なダメージなんて一回でいいし。
不幸パワーが影響を与えないのは、ダンジョンのクリア報酬みたいな確定ドロップだけらしい。
「ふっふっふっ、あたしが集めるから任せてよ!」
ナギが腰に手を当てて胸を張って。
きょろきょろと辺りを見る。
「っと……あれ、アーサーは?」
「アーサーはナギより先に来たんだけど、ちょっと話を聞きに行ってもらってる」
わたしはアーサーの向かった方向を指さした。
出口の方向で揉めている人だかりがある。
採掘を終えて、ここに来た頃には既にこんな状況だった。
「いや~どうしたもんかな」
と。
アーサーが困惑顔でこめかみ辺りを掻きつつ、集団から抜け出して戻ってきた。
「どうだった?」
「それが……。ま、単純に言っちゃうと、あの先で待ち伏せしてるプレイヤーがいるらしい」
「待ち伏せなんてしてどうするの?」
と、ナギ。
「ん~、考えられる目的はいくつかあるね。たとえば奇襲してアイテムを奪ったり、とか」
「ええ……そんなことする人いるんだ」
「PvPがあるゲームでは普通だよ」
ふたりがPK行為について話しているあいだ、わたしは道の先の様子を確認してみることにした。
奥には行かずにカドから頭を出してみる。
暗いというよりは、薄暗い。逆に言えば足元が見えるくらいには明るい。
でもごつごつした岩肌には身を隠せるほどの窪みもないので、相手が弓でも持って待ち構えていればキツい状況だ。
良くも悪くも外に繋がる坑道は一本道。避けて通ることもできない。
記憶が確かなら、この先には曲がり道がいくつかあったはず。
行きが下ってきた以上、帰りは上り坂だろうし。さらにキツい。
わたしはふたりの元に戻った。
「相手の人数はそこまでじゃないらしい。だから坑道にいるプレイヤーたちを集めて戦おうかって話してたんだけど」
そう言って、アーサーはがっくし肩を落とす。
「意見がまとまらなくて」
「え、なんで?」
ナギが首をかしげた。
同じようにアーサーも首をかしげる。
「さあ。力をあわせて突破するべき状況だって思うんだけどなあ」
「しょうがないよ」
ナギとアーサーの視線がわたしに向けられた。
「だってさ、相手はあんまり失う物がないけど、こっちには採掘したアイテムがあるじゃん」
キルされてから一定時間、灰色の瀕死状態から蘇生されないままだと、完全に死亡する。
そうなると町や居城に転送されて、町を出てから手に入れた獲得アイテムが消失してしまう。
だから。
「わたしたちは一時間くらいしか掘ってないけど、もっと長い時間をかけている人もいるだろうから……」
「ああ、なるほど。みんな自分のアイテムの方が大事ってことだね。ま、合理的かも」
アーサーは納得しているけれど、ナギは納得がいかない様子だった。
向こうで揉めている集団もそんな感じだろうなと思う。
誰だって自分のアイテムが無くなるかも知れないのに、矢面には立ちたくない。
でも単独で戦うくらいなら、みんなで協力して戦う方がいいに決まっている。
それがわかっていても、矢面には立ちたくない。
とはいえ。
いつまでもこの坑道にいるわけにもいかないというのは、全員の一致している意見のはず。
「じゃあ誰かにアイテムをあずけて戦えば、どう?」
ナギの言葉にアーサーが首を振った。
「ボクたちなら互いにあずけることはできるけど、やっぱり知らない人にっていうと、ね」
「そっかぁ」
二人の会話を聞きつつ、わたしは深く息をついた。
相手がPvP──対人戦闘に自信のあるプレイヤーたちであれば、既に突撃しているはず。
でも来ない。
逆に採掘しているプレイヤーたちの中にPvPに特化しているプレイヤーはどれだけいるのだろう。
逃げ場のないエリア。
それはこちらだけではない。
なら──簡単なことだ。
「勝てる。……と思う。ふたりの命をわたしに、あずけて貰えるかな?」
ふたりは顔を見合わせてから、やる気満々といった表情でうなずいた。
「──あの、すいません」
賛同がえられたことで、わたしは揉めに揉めている集団に声をかけることにした。
ゲーム初日にも会った禿頭のPCが振り向く。
「なんだ?」
「PKの対処、わたしたちに任せて貰えませんか?」
「は?」
「わたしたちが戦います。で、PKを倒します」
「……相手は十人以上いるぜ? 三人で戦うってか?」
「いえいえ、さすがにそこまでの自信はないです。だから有志を募りますよ」
「ふーん。有志ねぇ……集められるのか?」
「戦ったプレイヤーに対して、戦わなかったプレイヤーたちは所持している鉱石の2割を代金として支払い、それらを戦ったプレイヤーが山分けする。こういう条件なら、善意よりも雇用関係としてわかりやすいですし、集められると思います」
「2割、か」
禿頭のプレイヤーは納得した表情で周囲を見た。
ソロだけではなくパーティーの代表者も集まったこの集団だけでも、結構な人数がいる。
死亡して採掘したアイテムが消滅したとしても、きっと対価としては充分な量にはなるだろう。
それを即座に理解したのか。
「そりゃいいな」
と。
肩をバシバシ叩かれた。
「どーも(半ギレ)」
わたしからの射抜くような視線を背中に受けながら、禿頭のプレイヤーが先程の話を広めるために集団へと向かった。
代表者が集まっていたからこそ。
この話は採掘に来ていたすべてのプレイヤーにすぐに伝わった。
「と、言うことで……非戦闘員たちとの話し合いは合意したぜ。てめえら、やっちまうか!」
なんて禿頭PCが言う。
「そうね。やっちゃいましょう!」
なんてお姉さんPCが言った。
集まったのは見覚えのあるプレイヤーが半数ほど。ゾンビアタックの時に見た人たちだ。
残りは知らないプレイヤーたちだった。
そんな十二人(わたしたちを含めて)。
というか、集まっている中に、ひとりだけ気になる人がいた。
「あの、その人ってPKですよね」
わたしはジト目で鉄鎧の男性プレイヤーを見る。
見られている男性プレイヤーは焦ったように作り笑いをしてみせた。
「い、いや……確かにこの前はPKしてたけど。その、今は仲間だよ」
初日にゾンビアタックされたプレイヤーだ。
なんでしれっと参加してるんだろう。
「ウワー。裏切りそう」
「ないない。リゼルさんにボコられて……俺は改心したんだ。使ってしまったアイテムの代金も弁済したよ」
元PKは目をキラキラとさせて言った。
逃げ羽扇は超高額アイテムだというのに。
ほんとかなぁ。
「そこのふたり、聞いとけー。……ともかくだ。相手も同じくらいの人数らしいからな、基本的には一対一の戦いになるだろう」
「PvPには自信があるの。ふふっ、余ったやつは私たちに任せなさい」
禿頭とお姉さんが自信ありげに言う。
前作から引き継がれたであろう武器を持っているから、ベテランプレイヤーなのかも知れない。
こうしてわたしたちは待ち構えているPKたちと戦うべく、上り坂を慎重に進んでいった。
 




