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校長のお言葉はやたらと長かった。
途中、貧血で二人が倒れたし。
そんな前途多難な雰囲気をありありとさらけ出してくれた入学式を終えて、教室へと向かう。
小学生や中学生の頃は、遥か彼方にいるように見えていた高校生。
今日から自分もそうなるのだと思えば。
うん。
全然そんな偉大な存在ではないのだとわかる。
「1ーA、ここだなー」
廊下を進んでいると、男子生徒の声が聞こえた。
どうやら教室にたどり着いたらしい。
なだれ込むように次々入っていくクラスメイトたち。わたしも続いて教室に入った。
黒板に『ご入学おめでとうございます』との文字が書かれている。
その下には『好きな席に座ってね(変なカタチの星)』。
「あ、あわわ」
なんて泡食ってる場合ではない。
お父さんが言っていたことを信じるわけではないが、初日には気合いが必要……かも知れない。
席が自由であれば、基本的に、中学時代から仲の良い者たちで集まる。
だから。
みるみるうちに空席は無くなっていた。
余っているのはアニメの主人公がよく座っている、窓側の最後尾とその前の二つだけ。
どうせぼっちだ。
わたしは一番後ろに座った。
「えっと、今日からよろしくお願いします。わたしが一年A組を担任する、櫛野かのんです!」
二十代だろうか。どう見ても若い。
そんなかのん先生は緊張しているのがわかるくらいに真っ赤な顔だ。
「じ、実はわたし、初めて……クラスを担任するの。だからね、みんなと一緒に成長していけたらな~、なんて思っています」
「せんせ~彼氏はいるの?」
「い、いないよ!」
男女問わず、活発そうな生徒が先生に質問を投げかけては、かのん先生が返答してゆく。
教室に入ってきたときの緊張具合は落ち着いてきたように見えた。
それは先生も生徒も同じだ。
優しそうな先生でよかったぁ……。なんて、わたしが人知れず安堵していると、かのん先生は授業中の生徒みたいに挙手をする。
「はいはーい。みんな、注目してね」
と。
嫌な予感が……。
「わたしのことはもういいでしょ? 今度はみんなのことを聞かせて欲しいの」
来ちゃった。
自己紹介タイム。あんなのはぼっちには拷問みたいなものだ。
かのん先生は黒板の『好きな席に座ってね(変なカタチの星)』を消して、白いチョークで文字を書いていく。
自己紹介(変なカタチの星)
名前
出身中
趣味か特技
みんなに一言
「出席番号順も味気ないでしょ? だから、くじ引きを作って来ました!」
陽キャな生徒からは「いぇーい」なんて聞こえるが、陰キャな生徒は目が死んでいる。
右前の席の女の子なんて、机に顔を突っ伏して寝ているふりを……いや、本当に寝ているのかも知れない。すごい。
まあ趣味は……わたしにだって、あるんだけどね。
かのん先生は段ボールで作ったのだろう、自作の箱に手を入れてかき混ぜる。
そして。
一枚の紙を取り出した。
「22番! この席から22番目の席に座ってる人、自己紹介をどうぞ!!」
「へっ?」
いきなりのことで生徒たちは困惑していた。
教室入り口側の最前列の席から、22番目の席。
「いち、にい、さん」
そんな風にクラスメイトたちは声を上げる。
いや、そもそもだが。
このクラスは23名のはずなのだ。
「あっ」
わたしは察した。
「せんせー、22番目の席が空席なんですけど」
「えっ? あ、そうだ。言い忘れてたけど、ひとり遅れてるの! その子が来てから自己紹介を──」
かのん先生の声を遮るように扉が開く。
遅れていた生徒がやって来たらしい。
ざわついていた教室がぱたりと静かになった。
初日に遅刻も初日に居眠りも、わたしとは住んでいる世界が違い過ぎる。みんな宇宙人なのかな。
というか……何がどうなっても、最初に自己紹介するのだけは嫌です、神さま!!
ぎゅっと閉じていた目を開けると、ちょうど遅れてきた人が前の席に座ろうとしているところだった。
短いスカート。ブレザーは椅子に掛けられている。
それより何よりわたしの目を奪うものがあった。
「銀色」
後ろ姿しか見えないが、前の席に座った女の子は、輝くように綺麗な銀髪をしていたんだ。
「ん?」
「あっ、いや、なんでも……ないです」
お母さんが言っていたラッキーカラー。
とはいえ。
髪をそんな色に染めているのはギャルに違いない。古い言い方をすればヤンキーだ。むしろバンチョー?
頭髪に関する校則もない自由な校風だから、他にも明るく染めていたり奇抜な髪型の子も、いるにはいるんだけれど。
銀髪は……ちょっと奇抜すぎる!!
クラス中の視線が集まっているのを知ってか知らずか、銀髪ギャルさんは首にしているヘッドフォンをカバンにしまう。
いや、みんなそれを気にしてるんじゃない。
「あっ、えっとそうね。今、自己紹介しててね、それで……あの、わたしは櫛野かのんです」
「はあ」
「……じゃあ窓側の最後尾から順番に自己紹介していってね!」
「へっ!?」
わたしは驚いた。
かのん先生が自作の箱を隠したことを。
そして。
最初から、最後尾のわたしから自己紹介するのが決まっていたかのような教室の空気を!
「くっ」
やるしかないのか。
「では、三日月……ざいしょ、さん?」
これだ!!
わたしは初対面の人には名前を間違われることが多い。
名前をネタに話を進めれば──、
「あのっ」
「──先生」
わたしが口を開いた瞬間。
前の席から声が聞こえた。あの銀髪ギャルさんだ。
「ふぇっ!? な、なんですか?」
「それ、在処って読むんですよ」
「あっ、そうなの? ご、ごねんね、在処さん。では改めまして、三日月在処さん、どうぞー!」
クラスメイトの視線が一点に集まる。
いや、前を向いている銀髪ギャルさんと件の寝てる子……以外のだけど。
洒落た名前だなんだのと辺りから声が聞こえるが、わたしはさっさと自己紹介を終わらせることにした。
席を立つ。
「み、三日月在処です。第一中にいました。……趣味というか、ゲームが好きです。な、仲良くしてください」
席に座ると拍手が聞こえた。
わたしの顔は真っ赤だ。
終わってみれば一瞬だった。
「次の人、どうぞ!」
かのん先生の声を受けて、銀髪ギャルさんが立ち上がる。
「あたし、萩野凪っていいます。学校はあーちゃんと同じで、趣味はありません。よろしく」
教室がざわついた。
「萩野って、あの?」
「うわっすご!」
「萩野さん、感じ変わったなぁ」
だが。
当人はそんな声に驚いた様子すら見せずに、椅子に座る。
わたしは銀髪ギャルさん──萩野凪の肩を後ろから掴んだ。
無意識だった。
「な、なぎちゃん?」
萩野凪が振り向く。
「ん。あーちゃん、久しぶり」
ニィっと明るい笑顔は、間違いなく、わたしの幼なじみのものだった。
萩野凪【ナギ】
年齢15歳
身長160cm
体重46kg
髪型は銀髪のショートでスタイルが良い。
入学式に遅刻した理由は髪を染めていたから、というのは秘密。
中学時代は陸上部に所属。
短距離走で全国3位までいったが、それを機に引退したらしい。
明るくテンション高めの性格