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 わたしは家に帰ると部屋へと急ぐ。

 リビングではお母さんと妹がテレビを見ていた。再放送の必殺仕事人だ。


「おねーちゃん。今日は主水(モンド)だよ、主水!」


「カレー作ってるから、ゲームが終わったら食べなさいよー」


「はーい」


 これはあれだろうか。

 部屋の扉を閉めて、わたしは息を呑む。

 主水(モンド)とバーモントカレーを掛けているの? いや、まさかね……。

 家族のことがわからなくなった。

 昔は可愛い妹だったのに。道を踏み外したらしい。


 それはともかく。

 ブレザーをハンガーに掛けてから、頭にヘッドギア型のデバイスを装着する。

 ベッドに横になると電源を入れた。


 ホーム画面の左下に新着メッセージがあります、との表示。


『リゼル:おい! 1000モルって安すぎだろ』


『リゼル:(笑い転げるスタンプ)』


『ルナルーン:ごめん。でもお金がなくてさ……』


『ルナルーン:あ』


『ルナルーン:わたし、イクサと一緒にゲームすることになったよ』


『リゼル:え』


『ルナルーン:(感謝のスタンプ)』


 とりあえずそれだけを書き込むと、わたしはログインすることにした。

 リゼルも忙しい身だけども、今日はわたしも忙しい。

 いつもこんな感じのやり取りなのだ。


 はじまりの町ベルサーニュ。

 今のところ、他の町や村が発見されていないので唯一の安全地帯(セーフティエリア)だ。

 広場から門の方向に歩いて進み、ついでにバザーの売り物をちらりと確認する。

 掘り出し物はなかった。

 あってもモルがないんだけど……。


 こうして門のすぐそばに到着すると、


「おーい、あーちゃーーん」


 と、壁に背を預けていたナギが大きく手を振った。ぶんぶん、音が聞こえそう。

 隣のアーサーはクールな感じに軽く手を挙げている。


「おっす。ナギ、アーサー」


「おっすおっす」


「おっすー」


 ノリの良い二人と一緒に、町から出ると東の方角に進む。

 山岳地帯に到着すると、わたしたちは山道を登っていった。

 しばらく行くと大きな岩があって、その裏に、地下へと続く穴がある。


「ほんと、最初に見つけた人ってすごいね」


 アーサーが奥を覗き込みながら言う。

 わたしはうなずいた。


「初日から徹夜でやってる人たちなんて、どこまで行ってるんだか」


 戦闘が苦手でも冒険が好きな人たちは、トレイルランニングさながらに縦横無尽に世界を動き回っている。

 山を登り、川を渡り、砂漠を踏破する。

 彼らは後続のプレイヤーたちに知り獲た情報を売ることで大量のモルを入手し、高品質な装備を買って、さらに走っていく。


 まだ町の周囲にいるわたしたちとは行動範囲があまりにも違う人たちだ。 


探索者(シーカー)さまさまだよ、ほんと」


「しーかー?」


 ナギが首を傾げた。


 探索者と呼ばれる人たちは戦闘よりも広大なゲーム世界を探索することが好きな人たちの名称だ。

 彼らは他のプレイヤーが来たことのない前人未到の場所を見つけて、そこへの行き方の情報を売ったり、無料で公開したりする。

 他にはゲーム内で山岳レースを開催することもあった。

 

 今日はそんな探索者たちが無料で公開している、とある情報を見て、洞窟に向かっていた。というか到着したところ。

 わたしの説明を受けて、ナギは「ふうん」とうなずく。

 レースや走ることとなるとあんまり興味はないみたいだ。


 穴の中はゆるやかな下り坂だった。

 定石通りにアーサーが先頭、わたしとナギがやや遅れて左右に並び、進んでいく。

 

「でも本当にいろんな遊び方があるんだねー」


「前作で、わたしの知り合いに酪農してるプレイヤーがいたよ」


 ナギが口をあんぐりと開けたあと、苦笑する。


「あーちゃん。それ、ジョーク?」


「いやいや、ほんと。牛とかヤギとか羊とか……あとニワトリもいたっけ。なんか牧場を経営したいって言って、集めてた」


 彼女が絶景の広がる草原で放牧をしていたところまでは知っている。

 あの時は、【魔王軍】が依頼を受けて動物系モンスターを捕まえて集めたんだ。今でもおぼえているのは珍しい依頼だったからにちがいない。


「ここでもやるのかは、わからないんだけどね」


 というか今もプレイしてるのかすら知らない。


 ──そして。

 わたしたちが今日経験するのは、プレイヤーからすれば酪農よりはオーソドックスではあるものの、平均的な日本人は一生経験しないであろう行為。

 アイテムボックスから剣やポーション類と共に配布されていた簡素なツルハシを取り出した。


「さて」


 と。

 わたしは振り上げたツルハシを、一息に振り下ろす。

 岩を打ち合わせたような音が辺りに響いた。


「目指せ、鉄鉱石! できれば宝石なんかも!」


「「お~!」」


 こうしてわたしたち3人は坑道内で採掘を始めたのだった。

 廃坑だという設定らしいけど、それは設定だけで鉱石はちゃんとドロップする。

 初心者向けであるからこそ、光源としてのたいまつが、一定の間隔で壁に備え付けられていてそんなに暗くもない。

 その上で迷子になるほど広くもない。


 辺りからカーンカーンと音が響いていた。

 わたしたちの他にもたくさんのプレイヤーがいるのだろう。

 そして、わたしもようやくひとつ目の鉄鉱石を入手することができた。


 夜宵先輩からもオススメだと教えてもらった採掘場所ではあるんだけど、やっぱり初心者向けか。

 あんまりドロップしない。

 そんな夜宵先輩ことイクサは、用事があるからと今日は一緒にプレイできないのだとか。


 新たなイクサ……見たかったなぁ。


「っと、これで鉄鉱石が3つ」


 わたしはそれらをアイテムボックスに収納してから嘆息(たんそく)する。


「かれこれ一時間の採掘作業でこれって、さすがにおかしい」


 周囲を見てみると、他のプレイヤーたちがツルハシを振るっているのが見えた。

 彼らがツルハシを振り下ろして岩を砕けば、鉄鉱石が結構な割合でドロップしている。


「あれぇ?」


 軽く見てみただけでも、既にわたしの3つより多い気が。

 隣でツルハシを振るっているドワーフのような見た目のプレイヤーが、数十個目の鉄鉱石をアイテムボックスに入れて「どうだ、これが俺の実力だぞ」、とでも言わんばかりの表情をした。ぐぬぬ……。


 わたしは平然とした顔で他のプレイヤーたちの後ろを通って、


『アリカ:一旦集合してみる?』


『アリカ:水の所とかで』


 と。

 ふたりにメッセージを送った。


『ナギ:おっけー。あたし、沢山採れたー』


『アーサー:了解。ボクはエメラルドが出たよー』


『アリカ:鉄鉱石が3つだけだった』


『ナギ:………』


『アーサー:………』


 ふたりのメッセージを見てから、わたしはとぼとぼと合流場所に向かった。

 坑道の中には断続的な石砕音が聞こえている。

 山岳地帯を越えて先のエリアに向かうには、初期の武器や防具では心もとないらしい。

 だから先に進みたいプレイヤーがここに集まって、金属製の武器や防具を生産するための材料になる鉱石を採掘しているらしい。普通に生産系のプレイヤーも多そうだけど。


 わたしは戦ったことのあるモンスターを思い出す。

 オオカミやイノシシと同等な存在が、もしも雑魚モンスターとして現れるのであれば。

 やっぱり今の装備ではキツいのかも知れない。


「となると武器、かな」


 配布された剣はそろそろ卒業したい。

 そう思うのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] めっちゃ面白いな、部長達の中にドラゴが居るんかと思ってたけどどうなんだろ
[一言] 頑張れアリカ、不幸に負けるな でも、こういうのって後になるほどレアアイテムを入手しやすくなったりする大器晩成型だと思うんだよねぇ そこまで心折れずに遊び続けられるかが問題だけど
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