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ゲームのリリースから数日ともなると、町を出たすぐのところでうさぎを狩っていた人たちも、既に各地に散っている。
初日と比べると町から出るのも楽になった。
でも、だからといって初心者がいないのかといえば、違う。
「わー、このイノシシ強っ!?」
「だ、誰か助けて!!」
「ヤーラーレーター」
今日からプレイを始めたような初心者たちは、やっぱりレベル的にもプレイスキル的にも、初心者向けのモンスターに苦戦しているみたいだ。
「【ヒール】」
「【ヒール】!」
「【ヒール】!!」
ナギは歩きながら、負傷している人を見かけるとヒールを使用した。
いわゆる『辻ヒール』だ。
プレイヤーによっては怒る人もいるけれど、今回は誰もが感謝している。
数名はなぜ回復したのかすら、そもそもわかってなさそうだったけど。
「ナギ、もうMP無いんじゃない?」
「うん。今なくなっちゃった」
「じゃあ、わたしたちもモンスター狩ろっか」
「おっけー」
普通は後衛回復職が辻ヒールなんかでMPを無くすのは、
「なにやってんの!!」
そう怒ってやめさせるべき行為。パーティープレイ中なら尚更だ。
しかしナギは職業の垣根を越えたプレイスキルで、戦闘だってこなしてしまう。
すばらしい身体能力と反応速度の持ち主だ。
だから。
「うわー、すごい」
ナギの戦闘を見て、わたしの語彙力は消滅した。
森での戦闘にもなれちゃったのか、あっという間にうさぎを5匹も倒してる。
切り株に座って見ていたわたしの元に、ナギが戻ってきた。
手には5個の極小魔石が。
上々の結果だ。
「ちょっと待ってて」
「どうしたの?」
ナギに手のひらを向けて制止し、わたしはうさぎを追いかけた。
他のファンタジーゲームであれば、スライムに相当するような初心者向けのモンスター(ただの動物だけど)を相手に、わたしはなかなか追いつけない。
息を切らして走り、剣でバシバシと叩く。すると蝋燭の火を吹き消したように姿だけが消えた。
そう。
消えたのだ。
「……」
「あれ、魔石は?」
「わたしのLUKって、ゼロだから」
「あっ」
ナギは察した顔も可愛い。
そんな顔も、くるりと回転するように笑顔に変わる。
「大丈夫だよー。あたしが魔石を集めるから!」
でも低位の氷精霊ルピーを召喚するだけで、極小魔石が最低3つは必要。
しかし魔石を対価に精霊を召喚して、相手を倒したとしても、アイテムがドロップしない。もちろん魔石もしない。
まあ、もちろんのあとに『滅多に』、と付け加えるけど。
これ……ヤバいのでは?
仮に魔石集めのすべてをナギに任せたら──。
いや、やっぱり駄目だ。
魔石は装備の強化や店に売ったりしてモルに替えることができる。
わたしが使ってしまえば、ふたりともいつまで経っても金欠状態から抜け出せない!
「いや、でもさ、うーん……今後のためには精霊使いから転職した方がいいかもって思」
「──ダメだよ、ルピー可愛いもん」
即答だった。
ダメらしい。
「んー」
わたしはステータスを見て、使用可能なスキルがあるのを見つけた。
「じゃあ【精霊召喚】かぁ」
精霊使いLv10になったことで解除されたスキルだ。
精霊使いには【精霊魔法】と【精霊召喚】という専用のスキルが存在する。
これを固有スキルというんだけど。
わたしはクリスティアオンライン時代の精霊使いたちが、このスキルを使用しているのを見たことがなかった。
「それ、この前の魔法とは違うの?」
「わかんない。ちょっと使ってみる……っと、あれ? 必要なアイテムは魔石じゃないみたい」
スキルの使用は不発に終わった。
空気のないところで火がつかないように、それはシステム的には当然のことみたい。
わたしは持っているアイテムの中から、ツノとかげのツノを出してみた。
「【精霊召喚】!」
いつもは詠唱をしている精神集中が無言で終わると、ツノとかげとやらがポンッと出てきた。
名前通りにツノの生えた平べったいとかげだ。
「あーちゃん、なにこれ」
「ツノとかげ」
「そういうことじゃなくって」
「……精霊召喚は詳しくはわかんないだよね。たぶんドロップアイテムを使用して、ドロップしたモンスターを使役できるんだと……思うんだけど」
MPは召喚した瞬間に消費するらしい。
召喚したあとは減らないので戦いの幅は広がった。……かも。
「ツノとかげ、うさぎを倒してきて」
指示すると蛙のような声を返答代わりに、ツノとかげが、草むらに隠れていたうさぎに向かっていく。
ツノが生えているだけのクリーム色の大きなとかげ。
こんなモンスターは、クリスティアオンラインⅡをプレイしていて一度も見かけたことがない。
きっと南の砂漠にいるモンスターなのだろう。見た目的に。
でも……。
弱い。
弱すぎる。
「うさぎを相手にして互角!」
きっとツノとかげも砂漠地帯のスライム的なモンスターなのだろう。
激闘の末に、双方が倒れた。
「あばばばばばばばばばばばばば」
壊れた機械みたいな声を出す、わたし。
手のひらにあったツノが、砕けて消えてしまった。
使役している精霊(とかげ、なんだけど)、が倒されたら触媒としたアイテムも破壊されるみたいだ……。
「モンスターを出せるってすごいじゃん!」
「いや……でもさ、ツノとかげが死んじゃったときにアイテムが壊れたんだよね」
「壊れた?」
「うん。モンスターを使役しても、強さは変わらないみたいだし……」
仮に10匹のツノとかげを使役して誰かを襲ったとしても、並みのプレイヤーなら簡単に殲滅が可能なはず。
とはいえ召喚にMPを消費するし倒されるとドロップアイテムも無くなってしまう。
ハイコストでハイリスクな上に、ローリターン。
それなら10匹を召喚するMPで精霊魔法を使った方がマシ。
でもその精霊魔法を使うには、MPだけではなく魔石が必要。
やってられるか。うう……。
とそんな絶望しそうな時。
『ベルマリア:一応、完成したぞ』
メッセージが届いた。
「ベルマリアから完成したってメッセージが来たから、行こっか」
「うん。あ、魔石を集める方法も聞こうよ!」
「んー、あるのかなぁ」
前作ではモンスターからのドロップだけだったけれど。
まあ今作はⅡだから。
そりゃ入手方法も二倍になってたり──は、しないんだろうなぁ。
なんて思いながらも、わたしたちは歩いて町まで戻る。
辻ヒールを受けた初心者パーティーがイノシシを倒して喜んでいた。
ナギは帰りもMPが回復した分だけヒールを使って、MPがすっからかんになったくらいに町に到着した。
「それにしても……ドラドラ亭って……」
わたしは看板を見上げて、小声で言う。
以前リゼルが、
『ドラゴってPNさ、竜人だからか?』
『そうだ』
『竜人でドラゴって安直過ぎるだろ』
『……は?』
『正直ダサ──うぐぁあああああああ!?』
そんな断末魔を響かせて、三十メートルくらい吹っ飛んで壁にめり込んだっけ。
こうして【魔王軍】のメンバーにはドラゴ、いやベルマリアのネーミングセンスをバカにしないという鉄の掟が出来たとか出来なかったとか。
とりあえずわたしは記憶を振り払うように頭を振ってから扉を開いた。
「ただいま」
「ああ。ほら、完成したぞ」
カウンターに置かれているのはミサンガだった。
灼熱の迷宮のクリア報酬はドゥベーのものであろう、『緋色の炎毛』と『緋炎の短剣』という剣だった。
短剣の方はアーサーに譲った。
さすがに回復アイテムや魔石の提供を受けておいて、剣まで貰うほどの強欲さは持ち合わせていない。
そんな緋色の炎毛が綺麗に編まれて、『緋色のミサンガ』になっている。
「正直に言うが、つまらんな。もっと素材が充実していれば、防具でも造れただろうし、量があればマフラーやマントが造れただろうに」
ずばりと言われているのに嫌味に感じないのは、ミサンガが見事な出来栄えだからだろう。
「今のわたしには結構キツい相手だったんだよ。で、ベルマリア。お代っていくら?」
「スキルは使用したが、基本的には編んだだけだ。いらん……いや、待ってろ」
ラーメン屋の大将のように腕を組んだベルマリアは、何かを思い出したように店の裏に入っていく。
すぐに箱を抱えて戻ってきた。
「これ」
と。
蓋を持ち上げる。
わたしとナギは顔を見合わせた。
中身は装備品だった。
それも、赤いゴスロリ系の服に精緻な彫刻の施された胸当てがセットの軽装鎧だ。
「可愛い!」
ナギは目を輝かせている。
「どうしたの、それ」
「リゼルが持ってきたんだ」
「……なんでぇ?」
「あの毛が緋色の炎毛ってことは、お前たちが行ったダンジョンは灼熱の迷宮だろう? リゼルがクリアすると、それが宝箱から出たらしい。で、あいつは以前と同じPCだから、こんなのは着れないと言って売りに来たんだ」
ベルマリアは説明をしているが……ナギは服を見ている。
「なるほど。で?」
「買わないか?」
「わたし、精霊使い……なんだよね」
「えぇ……」
「その上でLUKがゼロ。モルも無ければ売れそうなアイテムも手に入らない」
「マジか?」
「まじまじ大真面目」
「あー、だからそんな幸の薄そうなナリなのか。……じゃあ友達価格でいいぞ」
「1000モル?」
「はぁ?」
わたしの冗談に美人が眉根を寄せた。
と。
今まで目を輝かせながら服を見ていたナギが、ぐいっとカウンターに身を乗り出す。
「あるある!」
弾むような声だ。
「あーちゃん、わたし1000モルあるよ!」
ドラゴ──いや、ベルマリアは常識のない言葉を聞いてけらけらと笑った。
ユニークアイテムやレアな装備であれば、最低でも数百万モルすら支払う者がいるだろう。
でも、
「あははははっ、いいよ。じゃあ1000モルで」
と、ベルマリアはモル硬貨を受け取った。
もちろん服の入った箱をナギに手渡している。
受け取ったナギはさっそく着てみようとアイテムボックスを開いて操作しているんだけど……。
『アリカ:いいの?』
『ベルマリア:売れた金額の半分を支払う予定だったから、別にいいんじゃないか?』
『ベルマリア:それに友達の友達だしな』
『アリカ:リゼルに感謝のメッセージを送っとくよ。ありがと』
『ベルマリア:応。あの娘、リア友か?』
『アリカ:うん。リアル幼なじみ』
『ベルマリア:へぇー、じゃあ素の付き合いってわけだ』
『アリカ:あはははっ、無様ね……這いつくばって死になさい!』
『アリカ:なんて』
『アリカ:言ってたと思われたくない』
『ベルマリア:内緒なワケか』
二人でメッセージのやり取りをしていると、ナギが着替え終わっていた。
赤と黒を基調にして銀色を散りばめたゴスロリ系の一点モノ装備。【緋炎の薔薇乙女】。
ナギのピンク色の髪と装備が素晴らしい調和を魅せている。
「どう、似合ってるかな?」
「可愛い! すごくすごくすごく可愛い!」
「そこらのプレイヤーに売らなくてよかったよ」
それはベルマリアとしての最大の賛辞だった。
「えへへ、ふたりともありがと。次はあーちゃんの番だね」
と。
ああ、そうか。
わたしはそれからベルマリアの助けを借りながら、ナギの応援を背に受けつつ、紆余曲折の末に染料を使ってローブの色を変更したのであった。




