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鋼鉄よりも硬い紫紺色の鱗で全身を覆われた、2メートルを越える屈強な竜人・ドラゴはクリスティアオンラインにおいて、間違いなくトッププレイヤーのひとりだった。
圧倒的な攻撃力を誇る剛槍、竜神の牙。
絶対的な防御力で防ぐ大盾、竜神の魂。
そのふたつの武具に匹敵するほどの壁役としてのプレイスキル──まさしく鉄壁だった。
リゼルの配信が人気になってからは、ドラゴの容姿を真似るプレイヤーも増えた。
そもそも人型の素体が通常の設定なので、竜人のモデリングデータを作成すること自体が難易度の高いものだ。だからこそ、そこまで竜人PCは多くはなかったけど。
そんなドラゴが……続編が出たらするって言ってたPNは──ベルマリア。
明るい緑色の髪をした美女を見てみると、
ベルマリア【鍛治使いLv14】
相当やり込んでいる。
そんなベルマリアは変なやつでも見ているかのような表情だ。
いや、まあ確かに今のわたしは変なやつかも知れないけれど。
「あの、ベルマリア……さんは、前作をやっていましたか?」
「ああ」
「んーっと」
取り敢えずプライベートチャットを飛ばすことにした。
『アリカ:ちょっといいですか?』
「なんだ?」
ベルマリアは怪訝な目をわたしに向ける。
『アリカ:あのー』
『アリカ:ドラゴですか?』
単刀直入過ぎたかも知れない。
心の奥まで見透かされそうな冷たい目が、わたしの翡翠色の瞳を射るように眺めている。
「えっと……その……違うなら……」
『ベルマリア:貴様、何者だ?』
「いや、あのぅ……」
『ベルマリア:確かにオレはドラゴだ。どこで知ったのか知らんがな』
『ベルマリア:しかし……それを言い触らせば』
『ベルマリア:(ぶちギレスタンプ)』
『ベルマリア:ぶっ潰す!』
アイテムボックスから出したのか、いつの間にかベルマリアは戦鎚を手に持っていた。
絶対に鍛治に使う類いの器具ではない。
「ちょ、ちょちょちょ……待って」
『アリカ:わたし、ルナルーン!』
「はあ?」
『アリカ:久しぶり! いや、4日ぶりだっけ』
「嘘をつくな」
『アリカ:わたしたちはドラゴがPNをベルマリアにするって言ったとき』
『アリカ:(ごめんなさいスタンプ)』
『アリカ:ネカマプレイをするんだと思ってた』
「なっ……」
『アリカ:元ルナルーンの、アリカです』
『アリカ:(いぇーいスタンプ)』
横から見ているだけでは意味がわからなかったのか(わかるわけがない)、ナギがわたしを庇うように手を横に出した。
そして、
「あーちゃんに何する気?」
初めてナギの怒った声を聞いた気がする。
一方のベルマリアはきしし、と笑った。竜人だったら口端から炎が出ていただろう。
「何もしないよ。ちょっとした誤解があったんだ。なぁ、あーちゃん」
「ぐぬぬ」
「あーちゃん?」
「いや、うん。大丈夫だよ。この人は昔……ちょっとだけ、クリスティアオンラインをやったときに知り合った人だから」
「ちょっとだけ?」
わたしはベルマリアを睨んだ。
「やめろ……呪詛でもかけられている気分だ」
「かけてるんだよ!」
「なあんだ、友達なんだね」
ナギがそんなことを言う。
どうしてそう思ったんだろうか、謎だ。
「あらためて名乗っておく──オレはベルマリア、鍛治使いだ。そいつの友達なら、キミとも友達だ。武器でも鎧でも、なんでも造ってやるよ」
「マジ? やった!」
「……ありがとう」
「それはそうと、どうしてこの店に来たんだ? オレの名を知ってか?」
「いや、学校の先輩にオススメの店を教えて貰って……」
「へえ。その人の名前、いやPNは?」
「えっ、あーちゃん知ってる?」
「うーん、知らない」
一番肝心なことを先輩から聞き忘れていた。
これじゃあゲーム内で先輩に会っても、お互いにわからない。
いや、わたしたちのPNは本名だからワンチャンあるかもだけど。
「ふうん。で、店に来たんだ、何をご所望だ?」
「あたしは剣かなぁ。今より斬れるのがいいっす」
「わたしは──染色をしてもらいたいかなって」
アイテムボックスから精霊王がドロップしたローブを取り出すと、カウンターに置く。
ベルマリアが腰を抜かさんばかりに後ずさった。
「これ、なん、で……」
『アリカ:理由はあとで伝えるけど、やっぱり見たらわかるよね?』
「当たり前だろ! あいつを倒すために、どれだけ対策法を考えて、どれだけ……」
ベルマリアは大きく深呼吸した。
「すまない、取り乱した。だが……そうだな、譲渡不可になっているからオレがどうこうすることはできない」
「そう、だよね」
「……染料とデータを渡すから自分でやってみろ。他に欲しいものか何か、あるか?」
わたしはアイテムボックスから灼熱色の毛の束を出してカウンターに置く。
藁の束のように紐でくくられているものだ。
「これで何か造って欲しい」
「……毛で?」
「……毛で」
わたしとナギはベルマリアの経営する『ドラドラ亭』から出ると、町中をぶらぶらと歩いた。
精霊王のローブはトップクラスのプレイヤーだけではなく、それなりにやり込んだ者なら全員が知っているほどの品だろう。
だから。
色でも変えてしまおうかと思ったんだけど。
良い染料を用意するだけでも少し時間がかかるらしい。
「綺麗な人だったね」
「うん」
「友達、なんだよね?」
「うん」
「あーちゃん、クリスティアオンラインやってたんでしょ」
「うーん」
「嘘つき」
「……うん」
ナギはいたずらっぽく笑った。
嘘をついていたことを怒っている様子はない。
「あのさ」
わたしは肩を落とす。
「中学生の頃、わたしね、ずっとゲームをやってたんだ。学校から帰ったらずっと、眠るまで」
「うん」
ナギは頷く。
「友達もいなかったし」
「うん」
「ゲームをやってたら、そっちで友達とか仲間が出来たんだよね。結構有名なプレイヤーになったんだけど、恥ずかしくて……その、黙っててごめんなさい」
「……うん」
ナギはピンク色の髪を触りながら、苦笑う。
「あたしもさぁ、中学の頃……友達いなかったよ。大会とか練習が忙しかったのはあるけど、誰も遊びにも誘ってくれなかった。自分から誘うと、全部断られたもん」
一緒だね、とは言えない。
わたしもナギも、結果が同じなだけで過程がまったく違うからだ。
そしてわたしも誘われた時に、断ってしまっていた。
先生だとか周りの目なんて気にしなければよかったのに。
「……だから、走るの辞めちゃったの?」
言って、わたしは唇を噛んだ。
でもナギは。
今度はナギが肩を落とした。
「んーん。なんていうかさ、勝てない相手がいたんだよね」
「そんな人、いるの?」
「そりゃいるでしょー」
ナギは青空を見上げて笑った。
「……絶対に勝てないって思っちゃった。このまま続けてもあの子らには勝てない、あたしじゃ続けても3位にしかならない、って」
「そっか」
「うん。だから青春したくなってさ、髪も染めちゃった」
「似合ってるよ」
「ありがと」
あてもなくさ迷っていたけれど、いつの間にか門の前に立っていた。
そういう設計の町なのか。
もしかすると内心では戦いたかったのかも知れない。
「ちょっと一戦しに行っちゃおっか」
「あーちゃん、一戦でいいの?」
「じゃ、いっぱい戦で」
「なにそれ~」
わたしたちは笑いながら森を目指して歩く。
言えなかったことを伝えて、なんだかすっきりした気分だった。
すいません投稿遅れました!