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 クリスティアオンラインⅡには前作と同様に店売り装備という物が存在する。

 これはNPCが経営している店舗で販売されている装備のことだ。

 際立った性能はないけれど、いつでも買えるし、在庫も無限。そんな店売り装備も、ゲームに慣れてきた頃には不要になってしまう。


 でも。

 今日向かうのは別の店だった。

 リリース開始から三日目にもなれば、早い人なら個人で小さな店舗(お祭りの屋台程度だけど)を経営していたりする。

 それがクラン規模になってくると、一軒家を所有して、そこをお店に改造していたりするわけだけど──。


「ここ、だよね?」


 ナギが口をあんぐりと開けたまま、隣のわたしに問いかけた。


「言われた通り、お城の前にある広場の右側。うん……ここだと思う」


「個人のお店って、言ってなかった? これ……おかしくない?」


「言ってたよ。……おかしい」


 わたしは引きつった顔でお店を見た。ナギにもこの異常さがわかっているらしい。

 確かに廃神とも称されるレベルのプレイヤーならば、ソロでも一軒家を購入する資金を稼いでいるかも知れない。

 しかしこの店は周りとは、それこそレベルが違った。

 周辺の店舗がRPGに出てくる武器屋みたいな見た目なのに、ここだけ高級ブランドの販売店みたいな雰囲気をかもし出している。


 ショーウインドウにはまだ何も置かれていない。だから店内が見えた。

 内装は落ち着いている感じで、ブランド品の代わりに剣や槍が並んでいる。


「悩んでも仕方ない。入っちゃおっか」


 ナギは堂々と中に入った。

 わたしはおそるおそる、入った。扉につけられたベルが来客を(しら)せるように鳴る。


「なあ、頼むよ。俺たちのクランに入ってくれよ」


 と。

 男性の声が聞こえてきた。

 見れば、金属製の鎧に身を包んだプレイヤーが店の奥に向かって喋っている。

 どうやら店主がカウンターの奥にある作業場にいるのだろう。ここからは見えないけど。

 

「うるさい。そのクランに入ったとして、何が獲られるというんだ」


 カンカンカンッ、という金属音と共に聞こえる返答の声は女性のものだった。


「まず素材を提供するぞ。それに制作費に色もつける。っと、別にクランが独占ってわけでもないからな。他のプレイヤーに商品を売ってもかまわないし」


「………」


 店主は無言だった。

 わたしとナギは壁にかけられている剣や槍を眺めた。


 ううむ。武器としての性能自体は前作と比べると、やはりまだまだ弱い。

 でも序盤だと考えれば、とても高品質な品ばかりだった。

 特に武器のデザインが素晴らしい。竜の鱗を模した意匠は細部まで凝っているし、芸術品みたい。

 その分、値段は桁外れに高いけど。


「よし、じゃあ契約金を前払いでどうだ。3万モルだぞ?」


 ハァァァァッと、鑑賞中のわたしたちにも聞こえるくらいの、大きなため息が吐かれた。

 もちろんカウンターの奥からだ。


「たとえば、カウンターに置かれた剣は10万モルだ。たとえば、壁にかかった槍は7万モルだ。たとえば、扉の近くに置かれた弓は6万モルだ」


 ちょうどわたしが見ていた槍が、話題に出た。

 手に取ろうとしていたのを(とが)められたのかと思ってびっくりした。


「はあ? いくらなんでも高すぎんだろ。他の店だったら半値以下だぞ」


「じゃあ他の店に行け」


「ぼったくりめ。この剣が10万モルだって? 鋼鉄の剣をそんな値段にして、売れるわけねーよ。やっぱり俺らのクランに入れって。適正なレートを教えてやるからさ」


「チッ」


 あからさまな舌打ちが聞こえた。

 店と作業場を隔てていた暖簾(のれん)の向こうから、明るく長い緑色の髪をした女性が出てくる。

 視線が氷のように冷たい美女だ。


「その剣は確かに鋼鉄の剣だ。馬鹿でもそのくらいはわかるんだな」


「はっ! そうやって物のわからないプレイヤーを騙して、高値で売ってるのか?」


「あのっ!!」


 ずっと困惑顔のナギを含めて、全員の視線がわたしに集まった。

 ルナルーンであれば、こんなやつはぶっとばしているところだけど。今のわたしはアリカだ。

 それでも黙っていられることといられないことがある。


 カウンターまで進むと、置かれた剣を見てみた。


「……うん、10万モル。妥当な値段だと思いますよ」


「はあ?」


 男は片眉を上げる。

 店主はわずかに目を見開いた。


「だってほら刀身に濁りがないから、上質な金属だけを使ってるってわかるじゃないですか。(つば)の部分にはライトクリスタルだって使われてますし」


「あー、そう、だな。でも10万モルは高すぎるだろ?」


「先輩……いや、他のプレイヤーに聞いたんですけど、鋼鉄のインゴットを作成する素材って東の山にあるんでしょ? 全身鋼鉄装備だから、知ってると思いますが」


「ああ。山の中腹にある坑道に、鉱石がある」


「そこに行って採掘して、鉱石を選別して……上質な鋼鉄インゴットを作成する。それから剣を鍛造って結構な難易度だと思いますし」


「……でも他の店は」


「いや」


 わたしは首をふりふり。


「もちろん素材の費用だけなら、たぶん今の適正レートは3とか4万モルくらいですけど。採掘することのできるレベルのプレイヤーなら、あなたみたいに自分の装備を優先させるじゃないですか」


 彼の鎧は濁った色をしている。あまり良い鋼鉄じゃなさそうだった。

 おそらく腰の剣も同様だろう。


 自分で採掘したり、他のプレイヤーから買い取ったり。

 素材を集め、そして製作する。

 それはわたしがやったことのないプレイスタイルだ。


「だから、現状販売されているものだと……たぶん最高品質(ハイエンド)な剣だと思います。それに導入されてるデザインデータもカッコいいですし。そういう付加価値を含めて10万モルっていうのは適正価格かな、と」


 高すぎるってほどではない。と思う。


「……まぁ、そうだな」


 彼は剣を眺めてから己を恥じたように息を吐いた。

 そしてアイテムボックスを開く。


「11万モルだ。これを売ってくれないか? 1万モルは……謝罪の気持ちだと思ってくれ」


「いや、10万モルでかまわない。これが適正だと思った金額だからな。──まいどあり」


 剣を受け取った男性プレイヤーはこくりと頷いて出ていった。

 目の前で大金が動いた。わたしなんて現在3000モルしか持ってないのに……。


「さて、キミは」


 と、店主がわたしを見た。


「大丈夫か? 余命1日ってツラをしているぞ?」


「どんなツラだよ!」


 即座に突っ込んでしまった。

 いけないいけない。


「あーちゃんかっけ~」


 ナギが隣にやって来て、肩に手を回す。


「あーちゃんとやら、感謝する」


「あ、はい。わたしアリカって言います」


「あたしはナギです」


 店主は名前を記憶したことを自分で確かめているように、わずかに何度か頷く。

 そして少しばかり優しげな表情に変わった。


「オレはベルマリアという。どうした、何が欲しい?」


 ──えっ。

 ベルマリア!?


「はぁ!?」


 わたしの声に。

 ナギとベルマリアが驚いたような表情に変わる。

 いや、おどろいたのはきっと……わたしの方が上だ。

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