1
校舎の横にある運動場を横目にしつつ、裏手に向かうと真新しい部室棟がある。
別に校舎から渡り廊下を通っても部室棟に向かうことはできるんだけど。
「おい、萩野はいたか?」
「いねぇ。そもそも俺は顔を知らねぇんだけど」
「奇抜な髪をしてるらしいぞ」
「ん? じゃあ、あの娘じゃないか?」
「そこの娘、ちょっと話があるんだが」
と。
そんな感じで陸上系の部活動にいそしんでいる先輩方が待ち伏せしているのだ。
捕まったのはピンクのメッシュを入れた女子生徒だった。どんまい。
わたしたちは校舎から出て遠回りをする。
部室棟は見た感じでは校舎よりも新しく見えた。二階建ての白い建物だ。
入口に行き、来客用のスリッパに履き替えると目的地を探す。
正面に階段があって左右に長い廊下がある。廊下の左右には扉があった。
あちこちから新入部員への歓迎の声が聞こえる。部室の中で歓迎パーティーでもしているのかも知れない。
「あーちゃんあーちゃん。ここだよ、たぶん」
言われて見てみれば確かに『夜の帳同好会』と書かれている扉だ。
意味がわからない。
いや、意味がわからないからこそ来たんだけど。
「失礼しまーす」
「し、失礼……します」
部屋の中はきちんと整頓されていた。
中央には長机と椅子。壁際には小さな本棚や冷蔵庫、レンジまで完備している。
そして何より目を引くのが、ホワイトボードに貼られた地図だった。
「あっ! これ、クリスティアオンラインⅡの地図だ……!」
「ホントだ。ベルサーニュじゃん」
なぎちゃんは中央の町をつついている。
わたしは地図を見つめた。
「手書きで周辺に出没するモンスターの詳細が書かれてる。すごい、すごいよ」
クリスティアオンラインⅡのホーム画面から行くことができる掲示板には、無数の情報がある。
それでも重要な情報は誰もが秘匿しているものだ。
レアなモンスターの出現時間や出現条件、ダンジョンの攻略方法などの情報は高値で売り買いまでされていたりする。
だから、ここまで正確な情報は、大手のクランが保有している情報並みのデータに見えた。
「ごくり」
わたしは生唾を飲み込んだ。
「──本当に来たのか」
声が聞こえた。
振り向いて見れば、開けっ放していた扉のところに女子生徒が立っている。
手にコンビニの袋を持った、毛先を赤く染めたあの先輩だ。
先輩は部室に入ると扉を閉める。
「ど、どうも」
「ほんとうに入りたいのか?」
「あの、えっと、入会っていうか、そのぉ……夜の帳同好会ってどんなんだろうって感じで……」
「あたしは付き添いって感じですけど」
「そうか。まあ座ってくれ」
先輩はそう言って席に座ると、手を差し出して着席を促した。
こちらにわたしとなぎちゃん。向かいに先輩。なんか面接みたい。
先輩はコンビニの袋を開けて、中からプリンを差し出してきた。
生クリームどっさりプリンと牛乳プリンだ。
「やる。食え」
「は、はあ……。なぎちゃん、どっちがいい?」
「どっさりプリン!」
ということでわたしは牛乳プリンを選んだ。一口食べる。
まろやかな甘さが授業の疲れを癒してくれた。
「自己紹介しておくか。私は紅林夜宵、二年だ」
夜宵先輩は三色団子を袋から取り出すと、ぱくりと食べる。
「萩野凪っす」
「わたしは三日月在処です」
「それで、夜の帳に興味があるんだったな」
プリンの容器の底が見えた頃。夜宵先輩はそう言った。
「興味、というかなんというか。ゲーム部ってある、じゃないですか……」
わたし視線を落とす。
なんて言えばいいんだろう。
ゲーム部は主にクリスティアオンラインⅡをやっているとレクリエーションで言っていた。
こちらも部屋を見る限り、そして聞いた限りではクリスティアオンラインⅡをやっている同好会だ。
「その、同じと言いますか……なんと言いますか」
「ふむ。ま、あちらは部活動としてゲームをしているが、こちらは同好会として活動しているだけの差だな。ゲーム部の部室を覗いて来るといい。そうしたら違いがわかる」
言われてわたしたちはゲーム部の部室を見に行くことになった。
ゲーム部は部活棟の二階にあって、扉からちらりと覗いたけど、夜の帳同好会の部室の三倍はありそうなほどに広い。
部員も二十人以上。壁にはクリスティアオンラインや別のMMO、恋愛シミュレーションゲームやFPSのポスターが貼ってある。
棚に置かれているのは昔のゲーム機だろうか。
大勢がデバイスを装着して座っている様子は新興宗教かなんかみたいで客観的にみれば怖かった。
まあ今の時代では普通のことだけど。
「あれって、みんなゲームしてるの?」
「うん。そうみたい」
前作クリスティアオンラインをプレイしているときに、団体行動をしているプレイヤーたちを見かけたことがあった。
同じクランやパーティーというよりは先輩と後輩のような会話をしていたので、変だな~とは思っていたんだけど。
「あれって、こういうことだったのかなぁ」
ふたりで部室を覗いていると、防犯の観点からか、ゲームをしないで待機している生徒たちと目があった。彼らは立ち上がって近寄ってくる。
わたしたちは急いで夜の帳同好会の部室に戻った。
何もしていないから、逃げなくてもいいんだけどさ。
「どうだった?」
夜宵先輩がコーヒーを飲みながら、視線だけをわたしたちに向ける。
「あの、みんなでゲームしてました」
「そうか」
「あっち、めっちゃ人が多いっすね」
「そうだな」
「つまり、何が違うんでしょう?」
「ふむ。あちらは団体でのプレイを主体としていてな。こちらは基本的に個人だ。集まりたければ集まればいいし、ソロでやりたければソロでもいい。部室だって暇なときに来ればいいだけだ」
集まりたければ集まる。そこは惹かれた。
でも疑問にも思うことがあった。部室の広さこそ、ゲーム部が圧倒的に広いけど、それにしてはこちらの方が豪華な部室だな、と。
冷蔵庫やレンジまで完備されていて、空調なんかは学校がつけているんだろうけど、ふかふかしてそうなソファーはさすがに学校の備品とは思えない。
「ちなみにそれらは、私が大会の賞金で買ったものだ」
わたしの視線に気づいたのか、夜宵先輩が言った。
大会? 何の大会だろう。
クリスティアオンラインⅡで役立つ話なんかをしばらく聞いたあと、わたしたちは家に帰ることにした。
ドアを開ける。
「入会するかどうかは任せる。ただ……プリン、食べたよな?」
わたしとなぎちゃんは時間が停止したみたいに動きを止めた。
「ふふ、冗談だ」
夜宵先輩の冗談は笑えない。
せめて声色を変えてくれればいいのに。
今度こそ部室から廊下に出ると、わたしたちは夜宵先輩に向けてぺこりとお辞儀した。
「帰ろっか」
「うん。あーちゃん、今日はどうする?」
「先輩が教えてくれたお店に行ってみようよ。武器とか、欲しいもん」