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お店に行ってみよう

 わたしは昼休みのチャイムが鳴った瞬間に走った。

 そしてぜぇぜぇ、と息を切らしながら購買にたどり着くと、並べられたパンを眺める。

 選ぶ時間なんてものはない。

 陸上部から水泳部、野球やサッカーバスケとくれば、珍しいところでサバゲー部や将棋部の先輩たちまでもが背後に押し寄せて来ているからだ。


「えっと……お、おすすめを、6個ください!」


 押し潰されそうなわたしは、そう言った。


「あいよ。たくさん食べるねぇ」


 にかっと明るい笑顔で店員のおばちゃんが笑う。


「あ、あはは……」


 わたしは支払いついでに苦笑うと、濁流のような人の波に突撃した。

 脱出のためだ。


 魔法が使えれば、こんな人混みなんて一撃で吹っ飛ばせるのに。いや、魔王軍もそこまで悪いことはしないんだけれど。

 ようやく人の波を突破した頃には、夏休み最終日にやっていなかった宿題を一気に仕上げたような疲労感が込み上げてきていた。

 もうやりたくない。でも毎年やってしまう……。


「あれ? 今日は購買なんだ」


 と。

 廊下を歩きながら、なぎちゃんが片手をあげる。


「そう、なんだけど」


 わたしはパンを差し出した。

 なぎちゃんの後ろには、見覚えのあるギャルが二人。


「ふぇ?」


「アタシらにくれるの?」


「えっと、昨日、パンとか……くれたから」


「もー気にしなくていいのにぃ~。あ、メロンパンもーらいっ!」


「ありがとな。じゃあアタシはあんぱんを貰うよ」


 名前を知らない優しいギャルたちは、パンを受け取ると明るく笑った。

 周囲から「あれ、パシられてるんじゃない?」とか聞こえている。

 わたしは少しだけ声量を強めて。


「これ、この間のお礼。なぎちゃんもパン、食べて」


「へへっ──ありがと!」


 こうしてわたしは、なぎちゃんたちと教室に戻ることにした。

 途中の自販機で飲み物を買う。

 他のクラスや別の場所で食べてるのか、それとも購買に行ってるのか、教室は閑散としていた。

 自分の席の右前、そこでは小柄な少女が重箱を開けようとしている。


「夢見さん。これ、よかったら」


 わたしは焼きそばパンを夢見さんに差し出した。


「貰っちゃっていいのぉ~?」


「うん。昨日からあげ、くれたから」


 からあげと白米という黄金の組み合わせと比べても、焼きそばパンは負けてはいないだろう。

 夢見さんは焼きそばパンを一口かじると、重箱を開けた。


「あっ!」


 そこには一面の焼きそばが。


「いぇ~い、焼きそば焼きそば~」


 どうやら夢見さんは気にしていないらしい。むしろ喜んでいる。

 重箱にぎっしりの焼きそばなんて初めて見た。ほぼ茶色だ。

 ずぞぞっ、とすすっているのを後ろで見ていると、


「三日月さんも食べる?」


 そう聞かれたが、わたしはやんわりと断った。

 わたしは元々少食だ。食べようと思えばたくさん食べれるけど、食パン一枚でも1日過ごせてしまう。

 だから自分の焼きそばパンを食べるだけでも普通に満足。

 焼きそばパンにかじりついていると、なぎちゃんがこっちを向いた。


「あーちゃん、そういえば名前聞きたがってたよね。ほい、自己紹介っ」


 若干の無茶ぶりだと思うんだけれど。

 ギャル二人はおどろきもせずに挙手をした。


「はいはいはーい! しぃ! 青ヶ浜(あおがはま)しぃ。よっろしく~~」


 ハーフツインテをぶんぶん振り回しながら、しぃさんが名乗った。

 結構奇抜な名前だ。


「アタシは梓川(あずさがわ)みしろ。よろしく」


 ポニーテールのみしろさんはあまり表情が変わらないが、それでも口元に笑みを浮かべてくれた。

 そんな風にふたりの挨拶が終わると、重箱から焼きそばを吸い上げた驚異的な胃袋の持ち主(夢見さん)が胸を張る。


「ボクは夢見麻紗希。趣味はゲームと食べること! 座右の銘は寝る子は育つ!!」


「夢ちゃん、中学時代から身長変わらないじゃーん」


「だよね。変わってない」


「なんだとー! ちょっとは大きくなった……はず~」


 三人は同じ中学出身な上に幼なじみらしい。

 こうして五人で食事をした。

 思えば中学時代はぼっちでずっとひとりでご飯を食べていたし、こんなにも面と向かって誰かと一緒にいることに。

 いや、いられることに。

 おどろいた。


 今日のラッキーカラーはもうとっくに銀色とは違うはず。

 それでも。

 わたしは見事に染まっている銀髪を見つめて、うんうんと頷いた。


「サンキュー」

 

「へっ? あ、そういやさ、このあとレクリエーションがあるんだっけ」


「レクリエーション?」


 はて、なんのことだろう。


「部活動の……新入生歓迎会のことだよぉ~」


 夢見さんが嫌そうに言った。


「夢ちゃん、また帰宅部でしょー」


「中学三年間そうだったの。帰ってゲームばかりやってたんだって」


「そそっ、バババババッてゲームだよね」


 幼なじみ二人の言葉に、夢見さんは誇らしそうに胸を張る。

 バババババッ?


「あ、FPS?」


「だよ~」


「戦場が呼んでるぜって言ってたね」


「あったあったー」


 夢見さん帰宅部だったのか。

 ま、わたしも帰宅部だったんですけどね!

 そして同じくゲームばかりの生活だった。


「部活なんかよりもゲームのほうが面白いに決まってるもん。そもそも、今の時代に現実の肉体を動かすことがナンセンスってやつよぉ」


「ナンセンスなのは胃袋でしょ」


「みっちゃんの言う通り~」


 昼休みが終わると、担任のかのん先生に引き連れられて、一年A組の生徒は体育館に向かうことになった。

 先ほど話していたレクリエーションとやらが始まるらしい。 


 あの昼休みから、なぎちゃんは口数も少なくなって暗い顔をしている。

 いったいどうしたんだろう。

 聞くべきか。いや、聞かないほうがいいのか。


 むむむっと悩みながらいると体育館には各クラスの一年生たちが勢揃いしていた。

 良いのか悪いのかはわからないけれども、うちのクラスが壇上の正面だった。

 しばらくすると軽快なBGMが聞こえてくる。

 垂れ幕が上がった。


「新入生の皆さん、お待たせしました。まずは我が校で唯一、全国大会優勝の実績を残す──水泳部です!」


 男子生徒たちからどよめきが起こった。

 実は彼らが水泳をやっていた、とか言うわけではない。

 壇上に現れた──水着姿の女子生徒たちを見たからだ。


 競泳用の水着ならまだしも、なんでビキニ姿なんだろう。

 わたしはポカンとした。

 健康的に引き締まった肉体美が、少ない布面積で惜しげもなく晒されている。

 おそらくは顔面偏差値が高い者が選出されたのだろう。誰も彼もが美人だ。

 彼女たちは壇上を降りると、一年生たちが座っている間をゆっくりと歩いていく。

 

「みんな、一緒に泳ぎましょう!」


 あちこちで「はい!」という下心しかないような声が聞こえた。

 しかし。

 まるで空席のタクシーの前で手を挙げたみたいに、その場に屈強な男子生徒たちがやってくる。

 日焼けしているナイスガイたちだ。


 ──君、さっき「はい!」って言ったよね。


 ──えっ。 


 ──水泳部に入るんだよね。入らないのに「はい!」って言わないよね。


 ──や、やめてください! 入部届を近づけないで!!


 わたしは視線を反らした。


「お次は陸上部です!」


 そうして同じようなことが何度も何度も。

 男生徒も女生徒も半ば強制的に入部していった。

 ぼったくりバーや歓楽街の客引きってこんな感じなのだろうか。

 どうなってんだこの学校。


「では次が最後の部です。ゲーム部、どうぞー」


 司会を担当している先輩の声に、わたしは雷に打たれたような気がした。


「ゲーム部、ゲーム部があるの!?」


 壇上に立ったのはカチューシャを着けた優しげな女子生徒だ。

 かなり胸がデカイ。


「えっと、わたしはゲーム部の部長です……!」


 彼女は照れているのか、顔が真っ赤だった。 


「ゲーム部は、ですね。ゲームをする部活で……。部室でゲームしたり、家に帰ってもオンラインでゲームをしたり。その、ゲームが好きな人がいらっしゃれば……一緒にやりませんか? っと、言う感じです」


 おどおどとした雰囲気だけれど、ゲーム部の活動なんてのは説明されなくても基本的にそんなものだろう。

 ごくり。


「どんなゲームをやってるんですか?」


 と、男子生徒が質問をした。

 このレクリエーション、一年生たちは自由に質問することができるらしくて、ときどき質問している人がいる。


「レトロ系のゲームもやってますけど、いまは……クリスティアオンラインⅡですね。やっぱり……人気作品の続編ですし」


 身体を傾けて前を見る。夢見さんはぐーぐーと眠っていた。

 すぐ前のなぎちゃんが、


「あーちゃん、どうする?」


 と。

 わたしは中学三年間、部活には入らなかった。それはゲームをするためだ。

 ではゲームをすることが部活動のゲーム部であれば?


「入ってみよう……かな」


 高校生だし。

 先輩との付き合いだとか、合宿だとか。ゲーム部に合宿なんて無いのかもしれないけど。

 中学生のときにクラスメイトがしていた会話を思い出す限りでは、部活動は楽しそうだ。

 とも、思うわけで。


「では、これにて各部の発表を終わります。次は同好会ですー」


 司会の生徒がホッとしたような表情を見せた。

 先輩たちも緊張するのだろう。なんだか安心する。


 そのあとは水棲生物同好会や着ぐるみ同好会、奇抜な同好会が同好の士(メンバー)を募集し終わると、最後に凛とした女生徒が壇上に立つ。

 毛先を赤く染めたボブカット。なんだかサムライを思わせる雰囲気の先輩だった。


「夜の帳同好会だ。現在は1名が在籍している。ふむ、それだけだな。──うん?」


 わたしは自分で自分の行動が信じられない。

 いや、なんの同好会だよ。

 そう思って。

 そう聞こうとして。

 まさかの挙手をしてしまっていた。

 完全な無意識だった。

 で、美形の先輩は「ほう」と、見逃さずに気づいてくれたらしい。


「黒髪のキミ、言ってみろ」


 言われて視線が集まる。

 ゲーム部の部長みたいにわたしは真っ赤になった。


「あの、その……、……夜の帳同好会って、何ですか?」


 言葉に詰まりながら、(ども)りながらも、わたしは聞いた。


 一方の先輩は、


「フルダイブ系のVRMMO、クリスティアオンラインⅡをやっている同好会だ。部室棟の一階に部屋があるから、気になったら来るといい」


 それだけ言うと去っていく。

 レクリエーションが終わると今日の授業は終わりだった。

 絶望したような表情で、入部した部活動へと向かう者。

 そのまま帰る者。

 たくさんいたけれど、わたしは部室棟の一階に向かってみることにした。


「あーちゃん、あたしも行くぜ。後ろは任せなッ」


 なんてカッコいいことを言ってくれるなぎちゃん。

 ついてきてくれるのは正直嬉しいんだけど。


 なぎちゃんを見つけた陸上系の部活に入っている先輩たちが、暴徒みたいに押し寄せてきて、勧誘してくる様子が怖い。

 どうやらなぎちゃんが暗い雰囲気だったのは、これが原因みたいだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ゲーム部がエンジョイ勢で同好会がガチ勢って感じですね
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