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 最奥門の向こう側は黒い世界だった。

 その原因でもある、黒い地面は溶岩が冷えて固まったものみたいだ。

 空には黒い曇天がどこまでも続いている。


 生き物なんてとっくにいなさそうで、少し不気味だった。

 黒以外の色、赤い溶岩を噴き出している火山が遠くに見えている。

 さっきまでいたあっっっつい場所は、あの地下なんだろうな、と直感的にわかった。


 そして。

 黒とは対極の色が、この世界にも存在するのだと気がついた。


 大きな黒岩の上に座り、火山を眺めている一頭の獣がいた。

 白の体毛に身を包み、たてがみだけが炎だと見間違う灼熱の色で柔らかそうに風に揺れている。 

 先ほど倒したオオカミを何倍も大きくしたような生き物。

 こいつがこのダンジョンのボスに違いない。


「あれがボス? でっかいオオカミだぁー」


 岩陰に姿を隠したナギが言う。

 心なしか声も小声だ。


「見た目はね。ボスって普通のモンスターとは違うから……怖くない?」


 隣に座っているわたしはそんなことを聞いてみた。

 現実世界で、あんなにも大きな猛獣と戦う機会は存在しない。

 そもそもフルダイブ中に噛まれたり斬られたりするのは、怖くて当然だ。

 でも。


「へ? 親戚がハスキー飼ってるから大丈夫だよ」


 ナギは何でも無さそうに言った。


 うーむ。

 きっとそれは、いかしたシベリアンハスキーに違いない。

 わたしは猫派だけど、シベリアンハスキーが好きだったりする。

 それはともかく。


「そうだ。さっきみたいにさ、あたしたちがおびき寄せて、あーちゃんの魔法でドーンと倒そうよ!」


「いや、さすがにボスは一発だけでは倒せないと思う」


 アーサーが腕を組んで言う。

 確かにそうだとわたしも思った。

 魔法が直撃しても一撃で倒せるとは思えないし、なにより避けられたりスキルで防がれたら……。

 完全に詰んでしまう。


「正攻法で行くしかない……かも。じゃあ作戦! ふたりが前衛でわたしが後衛。ま、これしかできないんだけど。ナギ、たぶん炎系のスキルで攻撃をしてくるから気をつけて」


「えっ、炎系?」


「火を吹いたり、そんな感じだと思う」


「それはちょっと怖いなぁー」


 わたしたち3人は岩陰に隠れながら作戦を決めた。

 ボスの攻撃方法だとか保有しているスキルがわかれば対策もできるけど、完全に初見なら、見た目で想像して戦うしかない。


「──ま、あれで水系のボスだったら……わたしは運営に抗議のメッセージを送りつけるよ」


 わたしの言葉に、アーサーがくすりと笑った。

 そんなときだ。サイレント状態のアラームがわたしたちの眼前に表示された。


「残り5分だって」


「どうする? もう行っちゃう?」


「えっと……ダメージを負ったら、基本的にはポーションで回復しよう。ピンチなときはヒールって感じで、わたしが指示する。アーサーはアタッカーをしつつタンクをお願い、ナギはアタッカー兼ヒーラーだけど攻撃を受けないように気をつけて。で、わたしは全力の一撃をぶち込む係」

 

 アーサー、ナギ、わたしの順番で戦場へと進んでいくと、狼が振り向いた。

 雄なのか牝なのかはわからないけれど、優雅な足取りだ。

 そんなボスが、


 オオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!


 と。

 咆哮を放つ。

 ビリビリと皮膚を這うような衝撃のある音に、わたしたちは目を細める。


「アリカさん!」


 アーサーが叫んだ。

 わたしは瞬時に意図を理解した。


 突然現れた狼たちが、押し寄せて来たのだ。

 見えているだけでも六頭。


 わたしはボスを見た。

 動いてない。

 むしろ動かないで欲しい。


 狼系のモンスターも、さすがにこれ以上は来ないと……思いたい。

 よかった。ボスは静観を決め込んでいる。


「アーサー、前から来る三頭! ナギは右側からの二頭、わたしは残りの一頭を何とか──倒す!!」


 わたしたちは奇襲を受けながらも応戦した。

 アーサーは指示した通りに動いてくれて、三対一でも圧倒している。盾を使った上手い戦い方だ。


 ナギも初心者とは到底思えない動きと剣の冴えで相手を斬り伏せていた。

 本当に治癒使いなのが信じられない。どうなってるんだろう。


「はぁ……はぁ……」


 な、なんとかわたしもオオカミを剣で倒せた。

 

「無事?」


「あたしは大丈夫。あーちゃんが死にそうだけど」


 ふたりとも、うわーすごい怪我と思っているのが透けている表情だ。

 わたし、これでも前作ではトッププレイヤーのひとりだったんだからな!

 なんて。

 言えるわけがないんだけど。


「……あ、ほんとうに炭酸の入ったスポーツドリンクみたいな味だ」


 わたしはポーションを飲んだ。

 ダメージを受けていたHPが回復していく。


 オオカミには僅差で勝てた。

 そもそもSTR(ストレングス)が最低値だから、剣を持つことすらギリギリ。

 むしろ、よく勝てたとも思う。


 こうして奇襲を退(しりぞ)けられたんだけれども。

 そうすれば、次は本命がやって来る。 


「ナギ、アーサー。準備して──来るよっ!」


 ボスモンスターが悠然と歩いてくる。

 一歩、また一歩と進むと地面がジュゥ……と焼け焦げていくのが見えた。

 まるで灰の中でくすぶっていた火みたいに、その白色の体毛が灼熱の色に染まっていく。



 ◇灼熱の迷宮主・ドゥベー◇



 新たな咆哮と共に一瞬だけ文字が見えた。


「じゃあ作戦通りに!」


「おっけー!」


「アリカさん、デカイの期待してるからね!」


 わたしは岩陰に隠れると、気配を消して最後のポーションを飲んだ。これでHPは全快だ。

 岩陰から戦闘を見る。


 ボスモンスターの行動パターンは、おおざっぱに分けると二種類。

 プレイヤーよりも高いステータスでごり押す、前衛タイプ。

 高火力な一撃を放つことを優先する、後衛タイプ。


 この迷宮主ドゥベーとやらは前衛タイプだと思う。

 圧倒的な身体能力を有していて、遠距離攻撃までやってくる。

 しかし物理的な攻撃は一度もやっていない。


「近づかれたくないのかな。つまり紙防御?」


 ふたりが接近すると駆けて距離をとり、炎の槍を作り出して発射している。

 炎の槍は着弾すると一定の範囲の地面を煌々(こうこう)とした色に変えた。

 精霊王クリスティアの炎スキルに似ているけれど、効果は全然違うらしい。赤くなっている地面に立つとダメージが入るのか、アーサーが飛び退()いている。

 火傷か炎上系のスリップダメージだろうか。


「精霊魔法を使うにしても、チャンスは一度だけ」


 ルピーの氷風は着弾すると爆発する──命中率は低いけど、効果の範囲は広い。

 でも発射までのタイムラグがある。

 すばやい敵を相手にするのは厳しいかも。


「わたし……まだルピー以外の精霊が使えないもんなぁ」


 どうやら、ふたりは手こずっているようだ。

 何度も何度も剣が空を斬って。

 それでも何度目かには刃がドゥベーに触れているのも見えた。


「ナギさん、下がって!」


 アーサーが盾だけではなく、剣も盾にして炎の槍を防御する。

 剣が真っ赤に染まった。


「このままじゃ負ける。せめて、動きが鈍るまで待ちたかったけど──」


 わたしは奥歯を噛んだ。


 たとえばマップ上に稀に現れるレアモンスター、死霊魔法使い(リッチ)であれば、魔法の威力が凄まじいからこそ近接戦には非常に弱い。

 攻略方法は詠唱から魔法の発現までに見つけて、倒すこと。確立している。


 しかしこのドゥベーの炎の槍は魔法なのかスキルなのか。一瞬で発現して、さらには攻撃のあとは縦横無尽に動き回って隙がない。

 魔法だと決め打ってMPが尽きるのを待つべき?

 スキルだったら、あと何回つかえるんだろう。


「運営のアホ! 最序盤のダンジョンボスのわりに、難易度高いって!」


 わたしは空に()えた。

 これで炎の槍の威力がもっと高ければ、現状、勝てるプレイヤーは一握りだろう。


「魔法にしてもこれ以上は待てない……。氷よ(ヤー)──吹雪となれ(トゥイスク)我の()魔力を捧げる(ルコイラウ)


 相手のHP残量すらわからない。

 姿を見せれば、わたしを狙ってくるだろう。

 それでも、わたしは小魔石3つと極小魔石2つを──空にばらまいた。


「我が前に現れよ、ルピー!」


 瞬時に現れたルピーだけど、やっぱり代価は極小魔石よりも小魔石の方が嬉しいのか、空中で踊っている。

 かわいい。

 と、見ている場合じゃないや。


「自爆覚悟でダメージを与える!」


 ドゥベーは精霊魔法を使用したわたしを優先的に排除する敵だと認識したらしく、そのメラメラと燃えている炎のような瞳が、白髪の──それも幸の薄そうな少女の姿を映していた。

 どんどんと映っている姿が大きくなる。

 焦ったような、幸の薄そうな、病人みたいな、幸の薄そうな。

 そんな表情がまじまじと見えたころ。


『グォ──!?』


 迷宮の主らしからぬ驚いたような声が聞こえた。


「あーちゃん、やっちゃえ!」


「ぶっ飛ばせー!」


 見れば、ふたりが必死にドゥベーのしっぽを引っ張っているようだった。

 まるで綱引きをしているみたいに。

 わたしを狙ってか、ルピーを狙ってか、噛みつこうとした牙はあと少しで届かない。


「ルピー、【氷風】ッ!!」


 直後。

 荒れ狂う吹雪を無理やり押し込めたような球体がルピーによって形成され、ドゥベーの顔面に直撃する。


 殻を破ったように暴風が吹き荒れた。

 わたしは吹き飛んだ。

 しっぽを掴んでいたナギとアーサーすら、吹き飛んだ。

 前後左右がわからないくらいにぐるぐると世界が回り、


「ぎゃん!?」


 と、わたしは岩に激突する。

 左側に見えていたパーティーメンバーの名前、そのナギとアーサーという文字が灰色に変わっている。

 瀕死、灰色状態になってしまった証拠だ。

 やってしまった。

 どうしよう。

 それでも、



 ~迷宮攻略完了~



 その文字が見えてほっとした。

 いつの間にか氷の嵐も止んでいる。

 と。


「おつかれー」


 そう言って苦笑交じりのアーサーが手を伸ばした。


「もー、あーちゃんのせいで死んじゃったじゃん」


 唇をつんと尖らせたナギも手を伸ばす。

 わたしはふたりの手を取って立ち上がった。


 迷宮の攻略が完了すると、ダンジョン内で瀕死になったパーティーメンバーが復活する。

 それもノーペナルティで。

 ただしHP()、なんだけど……。


「ごめん」


 わたしは誠心誠意、謝った。

 両手を顔の前で揃えて首をわずかに傾ける。


「あははっ、あーちゃん、いつにも増してヤバい!」


「ははっ、ボクたちは蘇生だから普段通りだけどね」


 言ってアーサーがアイテムボックスから手鏡を取り出した。

 映ったわたしはぼろぼろになっている。

 髪もボサボサだし、服はぐちゃぐちゃだし、なんか全体的に謎の液体が付着しているし。

 この液体はなんだろう。

 おそらくドゥベーの体液的な何かなんだろうけど。


「………」


「あ、あー、あんなところに宝箱が!」


 アーサーは棒読みだった。

 ちらりと見てみると、少し離れた場所に黄金の宝箱が見える。


「開けに行こー!」


 ナギに手を引っ張られてわたしは宝箱へと歩いた。

 そしてその前に立つと、わたしを真ん中に、アーサーとナギが左右に立つ。


「じゃあ一緒に開けよっか」


「いいね、それ」


「いっせーのーで?」


「もちろん。いっくよ──」


「「「いっせーのーで!!」」」


 宝箱が開いた。

 そこにあったのは───。 

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