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階段を降りていくと、坑道のような場所に出た。
黒い岩壁が鼓動のように明滅していて、辺りは灼熱色にほんのりと明るい。
ときに別れ、ときに曲がり、ときに這って進んだ。
こうして迷路のような場所を進むことしばらく。制限時間が残り10分ほどになった頃にはダンジョンの最深部にたどり着いていたんだけれど。
「さて、どうしよっか。あれ」
わたしが曲がりカドから顔を出して見ているのは、最奥門──通称ボス部屋への転移門だ。
しかしその前に六頭のオオカミがいる。
「あの犬って強いの?」
ナギもカドから顔を出す。
アーサーも顔を出した。
「強いかはわからないけど、数が少し多いね。FPSならグレネードを使うところだよ」
「爆発かぁ。うーん、わたしの魔法で先制しても……たぶん半分は残るよね。あと犬じゃなくて狼だと思う」
先制攻撃したあとの展開は簡単に想像できた。
三頭は倒せるだろう。で、三頭が激怒しながら向かってくるのをアーサーが迎撃する。
前衛ひとりではキツいはず。
だから、一頭が抜けてくる。
そうなると、後衛のわたしとナギは白兵戦をするしかない。
魔法使いや僧侶のような後衛職はVITが低いからこそ、直接戦闘なんてのは致命的だ。
「じゃあさ、こんなのってどう?」
ナギは言うと同時に走った。
もちろんモンスターたちに向かって、だ。
「な、なにしてるの!?」
「あーちゃん、ペンギンの準備しててね~」
どうするにしてもそれしかない。
わたしは詠唱を始めた。
「アリカさん、いい作戦を思いついた」
わたしは詠唱しつつアーサーを見る。どんな作戦だろう?
アーサーはキラリと白い歯を光らせた。
「突撃」
アーサーが突っ込んでいく。
戦闘のセオリー通りなら、わたしの護衛をするべきだとは思うけど。思うけどぉ!?
騎士系職なら、盾を持っていなくても壁役としての活躍ができるのに。
「──我が前に現れよ、ルピー!」
『るぴぴ』
わたしはルピーを見ながら深呼吸をした。
「ルピー、ちょっと待ってて」
曲がりカドから顔を出して確認してみると、ふたりが狼たちと戦っている。
ゲーム自体が初心者なナギはともかく、アーサーは他のゲームやってたんじゃないの?
むむむ。
「……ヤバい」
奥へと視線を向けると、ナギが生きていた。
生きていたというか、なんというか。
オオカミたちとぐるぐる走って追いかけっこをしている。みたいな。
危険だと判断すると壁に蹴りを放って空中で一回転しているのが、見えたり見えなかったり。
やっぱりヒーラーじゃなくて忍者なのかも知れない。
初期職に忍者なんてないんだけど。
アーサーも正面から斬り込んでいって。
もはや作戦も何もあったもんじゃないけど、普通に戦えちゃってる。
こうなってくるとむしろ後方で待機してるわたしの方が、おかしいのでは。
「あーちゃん、行くよー!」
ナギが進路を変えて、こっちに走ってきた。
先ほどよりもゆっくりとした走りだ。
アーサーも理解したのか、並んで走ってくる。
オオカミたちはナギとアーサーのすぐ後ろを追って来ていた。
これはつまり、そういうことだろう。
「【氷風】ッ!!」
まっすぐに進んでいく吹雪の塊が、左右に避けたふたりと交差する。
突然現れたそんな攻撃にオオカミたちも回避しようと踏み込んだが、その瞬間、炸裂音が響いた。
バァーンという音が通路に反響し、あっという間に氷の華が融けていく。
オオカミたちが、一頭を除いて全滅していた。一直線にふたりを追いかけていたからだろう。
残った一頭は最後尾にいたからこそ即死ではなかっただけ。
吹っ飛んだ状態から身体を起こす前に、アーサーが追撃をかけている。
こうしてわたしたちの連携プレー(?)は成功したのだった。
それから。
「なんか炭酸の入ったスポーツドリンクみたい」
ナギはわたしの攻撃に巻き込まれて少しだけダメージを負ったらしく、ポーションを飲みながら歩いている。
フルダイブ系のゲームはスキルや装備でプレイの幅が無限に広がるけれど、前提として素の状態のPCの身体能力は、プレイヤー自身の身体能力と同じくらいになるように設定されている。
つまり現実で出来る動きをゲームの世界では行えるわけだ。
そして。
僧侶系の初期職である治癒使いには、身体能力向上系のスキルはなかった(あっても低レベルにはない)はずだから、これがナギ本来の身体能力だということになる……のかなぁ。
わたしは遠い目をした。
「やったね、ナイスコンビネーション!」
ナギが楽しそうに言う。
「うん。……録画すればよかったかも知れない」
わたしは小声で言った。
こんな戦い方をしているプレイヤーもパーティーもあんまりいないだろう。
次は録画しようと心に決めた。
「アリカさん、魔石あったよ~」
この戦闘でさらに極小魔法石を3つ使用したけれど。
新しく小魔石を1つと極小魔石を1つ入手したので、残ったアイテムは、
エリクサー
ポーションx2
イノシシの牙
ツノとかげのツノx2
極小魔石x2
小魔石x3
となった。
正直、痛手だ。
「そろそろMPが無くなってるだろうし、アリカさんもエリクサーを飲んで!」
「うん。ありがと」
こうしてエリクサーも無くなった。
MPゲージが半分よりは多いかといったところまで回復してる。
エリクサーの味はいちごオレのような味だ。
前作では味覚は重要視されていなかったから、匂いはあっても味なんてなかったのに。
「味って必要なんだろうか」
わたしは人知れず呟いた。
こうして準備を終えると、わたしたちは最奥門の前に立った。
ゆっくりと開いた扉の先には光が見えている。
ダンジョン内の、いわゆるボス部屋は独立したエリアらしい。
最奥門から転移しなければ行くことのできない場所だと前作では検証されている。
門の向こうとこちらを隔てる光の膜の先に、爆発している火山が見えた。
ダンジョン内とは様相があきらかに違う。
「あのさ」
と、わたしはふたりを見た。
「作戦指示って……してもいい?」
武器は全プレイヤーに配布された剣があるのだから、誰だって前衛で戦えるのは戦える。
しかし問題は各職業ごとに持っている、固有スキルだ。
攻撃力を上昇させる固有スキルや防御力を上昇させる固有スキルを持っているプレイヤーの方が、武器を使った戦闘は当然有利になる。
とはいえ。
普通なら前衛として戦うべきじゃない治癒使いであっても、ナギの身体能力なら普通以上に戦えるはず。
そして騎士見習いのアーサーは3人のなかで一番HPが高いし、装備も優れている。
ボスがどんな相手かはわからないけれど、勝てないという気がしない。
あとはわたしがやれることとして、戦闘を補助すればいい。そう思った。
「わたしは剣を持って戦うの、苦手だから。固定砲台というか、えっと……その、後方にいるわけなので、ふたりの指示役ぅーみたいな感じって」
どうでしょう。
どうなんでしょう。
ルナルーンだった頃は、そういうプレイが多かったし。
後衛として後ろから戦闘を俯瞰して見るのは……得意な気がするし。
ふたりはキョトンとした表情だった。
でも。
「おっけー! あたしはあーちゃんの言うとおりに動けばいいんだよね?」
「あっ、うん」
「ボクも騎士として、言われた通りに戦うよ!」
「う、うん。でもいいの?」
自分から言ったことだけど。
指示されるのが嫌なプレイヤーだっている。
でも誰かが指示した方が、連携は上手くいくって──わたしは思うんだ。
「精霊も可愛いし、おーけーおーけぇー」
「戦ってると周囲が見えなくなっちゃうから、むしろこちらからお願いしたいくらいだよ」
こうして、わたしがふたりに指示することが決まった。
いわゆる参謀役だ。
初めて戦うボスだけど、負けられない。
責任重大だ……!
アーサーから順番に最奥門に入っていく。
ふたりの背中を見送ってから、わたしはパシンと自分の頬を叩いた。
「よっし、勝つぞ!」