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「あーちゃーん、大丈夫ーー?」
そんな声が頭上から聞こえてきた。
大地に亀裂なんて配置する運営は、アホなのだろうか。
ただの大地ならともかく山道だったぞ。
うーむ。
そういえば前作にも溶岩の中を潜らないとたどり着けないっていうダンジョンがあったんだけれど。
つまりは平常運転だ。
「生きてるよー」
「アリカさん、登れそうなところってあるかい?」
「えっと」
そこでようやくわたしは周囲を確認してみることにした。
薄暗いが、発光しているきのこなどがあったので周りくらいは見える。
リアルでこんな場所に落ちたことはないけれど、こんな感じなんだろうな、という感じ。
黒いゴツゴツした岩があちこちにあって、草木はまったく生えていない。
というか、落下ダメージでHPが半分くらい無くなっちゃってる。
現実であれば、歩くことすら難しい状態のはずだ。
でも。
これはゲーム。
骨折などの要素がないから動きには支障がない。
ただ、リアル過ぎて落ちるのが怖かったけど……。
「登れそうな場所、登れそうな場所──いや、ちょっと降りてきて!」
大声で説明するのは簡単だ。
それでも、ううん、それではダメなこともある。
少しすると岩壁を滑るようにアーサーが降りてきた。
「どしたの……あっ!?」
アーサーはおどろいたような表情を見せる。でも次の瞬間には、呼んだ理由がわかったらしい。
瞳を輝かせた。
知っているのだろう。わたしも同じ顔だ。
これはゲーマーとしての性かも知れない。
「よっとー」
ナギは両側の岩壁に対して交互に蹴りを放つことで、落下速度を調整しながら着地した。
こんな動きをするプレイヤーを、いや出来るプレイヤーを、わたしは数えるほどしか知らない。
アーサーも若干引いている。
わたしも同じ顔だ。
「【ヒール】……どう、治った?」
治療系のスキルであるヒールはHPを小回復させる。
ヒールを使う姿を見なかったら、職業が忍者か何かだということをナギは隠しているのだと思うところだ。
わたしのHPを全快させると、ナギはアーサーのHPも全快させた。
「「あ、ありがとう」」
感謝の声がハモっている。
それはともかく。
「アーサー、どう思う? これ、そうだよね!」
「うん、ぜったいアリカさんと同じ意見。これ、未発見のダンジョンだよ!」
クリスティアオンラインⅡで現在発見されているダンジョンは五つ。
最も有名なのは、初日に暴れてたPKたちのせいで印象が最悪の、森の中にあるダンジョンだ。
他には森の近くにある丘陵地帯に一つと砂漠に二つ。
最後にこの山岳地帯にある洞窟の中に一つ。
他のエリアに二つのダンジョンがあるのだから山岳地帯にもどこかに、もう一つのダンジョンがあるのでは、というのは掲示板でも有力視されている説だった。
でも、見つかっていなかったんだ。
そう──今日までは。
「やっぱり三方向に二つずつのダンジョンがあった……!」
「大規模な捜索隊が探しても見つからなかったのに。アリカさん、お手柄すぎる!」
「そ、そうかなぁ。ふへへっ……あっ」
ふたりで盛り上がって、ナギを放置してしまった。
まずは説明するべきだよね。
「ごめんね、ナギ。簡単に説明すると」
わたしは暗闇の一角に視線を向けた。
そこには石造の門が見える。
「──ダンジョンを見つけちゃったんだ!」
「ダンジョン?」
「うん。ダンジョンっていうのは……えっと、ボスモンスターがいて、勝てたら良いアイテムが出る場所だよ! しかも未踏破ダンジョンだから、クリアすれば、確定でレアなアイテムがドロップするんだ!」
ナギも初心者ながらにこの感動をわかってくれたのか、にっこりと笑った。
「そっかそっか。じゃあクリアしようよ!」
「うん! と言いたいけど、先にすることがあって」
こうしてわたしたちはダンジョンに挑む前に周囲を確認してみた。
クリアしてもここから出られないなんてのは最悪で、PKが隠れてたりするのはもっと最悪だ。
でも辺りにはわたしたち以外には誰もいなかった。
谷底の奥にはさらに下に進める坂があって、その先から風が吹いている。
「あ、ここから出られそう」
「ダンジョンに挑むなら準備は万全にしたいよね。一旦、町まで帰るのもいいんじゃないかな」
アーサーの意見は、当然と言えば当然だ。
ダンジョンの内部がどんな場所かすらわからないのだから、入ったところで戦えないことすらありえる。
前作では極寒のダンジョンに準備なしに突っ込んで、全滅しかけたこともあったっけ……。ここは低難易度のダンジョンだろうから、そこまで鬼畜なギミックはないだろうけど──。
と。
下り坂の先を見ていたナギが振り返った。
「声がする。向こうから、人が来てるかも」
わたしとアーサーは顔を見合わせてから下り坂の闇を見つめた。
──おい、こっちから登れるぞ。
──暗いな。
──これ当たりじゃない?
きっとダンジョンを捜索しているプレイヤーたちだ。
わたしとアーサーは唖然とした。
仮に町まで帰ってアイテムを購入し、戻ったとして。
ダメだ。
それではダンジョンへの挑戦を順番待ちしているうちに、他のパーティーに攻略されてしまう。
「……行くしかない」
わたしの言葉に、アーサーも同意したように頷いた。
「でも出来るだけ、万全の状態で挑みたいね」
そこで3人はすべてのアイテムを共有することにした。
アイテムボックスから出すと、3人のあいだに広げるように置く。
わたしから出せるのは、最初からアイテムボックスに入っている回復ポーションが二本だけだ
ナギも同じ。
でも、イノシシの牙と謎の角を二つ出した。
「ナギさんにはヒーラーに専念して貰おう。ドロップアイテムはアリカさんが持ってて」
ということで、わたしが持つ。
アーサーはポーションを十本とエリクサーを一本。あとは魔石をいくつか、アイテムボックスから出している。
結構やりこんでいるなぁ。
「魔石ってどうすればいいのかな」
と。
アーサーが表情を曇らせた。
「あー……実はわたし、魔石を使うスキルを持ってるんだよね」
「えっ、そんなのあるんだ。ならアリカさんに持ってもらうとして、エリクサーはどうする?」
「そっちも、わたしが貰ってもいい?」
「ん、わかった!」
こうしてわたしはエリクサーも貰った。
エリクサーはMPを回復させることができる。
わたしには強い魔法があるのだ。後衛魔法職だから。精霊使いだけど……。
アイテムボックスには、
エリクサー
ポーションx5
イノシシの牙
ツノとかげのツノx2
極小魔石x6
小魔石x2
が、入っている。
精霊王クリスティアから貰った『精霊王のローブ』は装備するのをやめた。
せっかくのパーティーなのだから。
自分だけ高スペックな装備を使うのは面白くないし。
──ん?
──どうした。
──この先、声がしないか?
──えっ。
──急ごう。
声と共に足音も近づいて来る。
わたしたちはそれを確認すると、急いでダンジョンの中へと飛び込んだ。