パーティーを組んでみよう
わたしとナギははじまりの町、ベルサーニュにあるお城の前にいた。
涼やかなそよ風が吹き、水路を流れる水がきらきらと輝く。
周りには待ち合わせをしているプレイヤーもいれば、なんだかいい雰囲気のプレイヤーたちもいる。
ん……ちょっと待って、イチャイチャしないで。
周りの目があるんですよ!
ぐぬぬ。女の子がふたりでベンチに座っているほうが場違いな気がしてきた。
でも、わたしたちだって待ち合わせの最中だ。……浮いている感、というのを感じるけど。
別に浮遊しているとかそういうのじゃないよ。
映画を観に行ったら自分以外が全員カップルだったような……そんな居心地の悪さ。
これだと実際浮遊しているようなもんだろう。
まあ実際には隣に友達であるナギがいるんだけど、なんだかそれはそれで違和感があった。
だってさ、クラメンと一緒にゲームしてるとき以外は、わたし基本的にはソロだったんだもんなぁ。
なぜだか魔王軍四天王以外のクランメンバーには『孤高の御方』だとか『高嶺の華』なんて言われてて、あんまり誰かとふたりで行動をしたという記憶がない。
団体か、ひとりか。
みんなが今のわたしを見たら、なんて言うんだろう。路端の花くらい?
そんなことを考えながらぼーーっとしていると、声が聞こえた。
「ねえ、あーちゃん聞いてる?」
「……聞いてなかった。ごめん」
「ん。あのさ、ごめんね」
「えっ」
「あたしゲームよくわかんないからさぁ。その、ふたりとも後衛職じゃダメなんでしょ?」
隣を見てみると、ナギが紅玉色の瞳を潤ませている。しょんぼり顔だ。
「いや、いやいやいや、大丈夫だよ! そもそもふたりだけでやるゲームじゃないもん」
今はふたりで大丈夫でも。
それは今は、ってだけだろう。
エリアボスやワールドエネミー、レイド系のイベントで戦うのであれば、ふたりだけではどうにもならない。
必然的に大勢と関わらないといけないし。
「ほんと?」
上目遣い。わたしはドキッとした。
リアルも美人だけど、やっぱりナギは美人だ。
「もちろん! だからみんなパーティー組んでるんだし、わたしたちもパーティー組んでみようってなったんじゃん」
と。
そんなやり取りを見て、空気を読んでくれたのかはわからないけれど。
「やあ」
なんて、声をかけられた。
立っていたのは金髪のイケメンPCだ。
中性的な容姿で、現実にいればモデルだとか俳優になれるレベル。でもゲームの世界ではそんなイケメンも珍しくはない。
「すいません、そういうの間に合ってるんで」
わたしはピシャリと言い切った。
ナンパ目的で女性PCに声をかけるプレイヤーは少なくはない。
そういうプレイヤー、あんまり好きじゃないんだ。
「え”っ」
イケメンはおどろいたような顔をしている。
「わたしたち、待ち合わせしてるんで」
「でも」
イケメンは引き下がらない。
しつこい。
わたしがルナルーンだったら、そろそろ魔法を叩き込んでいるところだぞ。
「あれ? あーちゃん、この人、夢見さんだよ」
「…………うぇっ?」
「遅れてごめんね~。でも名前じゃなくて、PNで呼んで欲しいかな」
「あっ、ごめん」
ぺこりとナギが頭を下げると、金髪イケメン──夢見さんはそこまで気にしていないという風に、身体の前で手を振った。
【アーサー】騎士見習いLv3
騎士見習いの職業は、剣使いをメイン職業にしている状態で盾を入手すると手に入る。
というか。
「アーサーって男性PC?」
「いや、女性PCだよ。脳内設定では男装の麗人ってことにしてるんだけどね」
「なるほど」
あとは麻紗希でアーサーか。
ハハハッというイケメンスマイルを見てわたしもハハハッと笑ってみる。うん。もう二度とやらない。
「ふたりのPNはそのまんま過ぎるって」
こうしてわたしたちはしばらく談笑した。
アーサーは、とりあえずは前衛で戦う騎士を目指しているらしい。
教室で見せあったときは装備を製作して貰っていて、ローブの下が裸装備だったのだとか。
だから今は完成した革の鎧を着ている。
イノシシからドロップする毛皮で作れるらしい。
「へー、ゆめ……アーサーも初心者なんだ。あたしらもだよ」
「ボクはゲーム自体はいろいろやってるんだけどね。クリスティアオンラインはやってなくて。ちょうどⅡが出たから始めるのもいいかなって思ってさ」
ナギとアーサーの話を聞きつつ、わたしは無言だった。
思えば夢見さんとはあまり話したことがない。
もちろんイケメンのアーサーとは初対面なわけで。
「えっと、それでは、その……」
「どしたの、あーちゃん」
ナギが苦笑している。
「いや、なんというか……緊張しているというか」
「アーサーって同級生じゃん」
「じゃんと言われましても」
「ふふっ、じゃあちゃんと自己紹介から始めよっか。騎士見習いのアーサーです、よろしく」
アーサーが手を差し出してきた。
緑色の瞳をした男装の美人さん。左のもみあげのところにある三つ編みが可愛い。
別に男装RPしている人も、なんなら男の娘RPですらも、そこまで珍しくはないけれども。
というか……男の娘だって魔王軍にも何人かいたのに、なんで緊張してるんだ、わたしは。
わたしはおそるおそるアーサーの手を掴んだ。
「アリカ、です……そのぉ、精霊使いです、はい。ふへへ」
「よろしくね!」
アーサーの元気一杯の笑顔は顔も雰囲気もぜんぜん違うのに、夢見さんらしい笑顔だった。
騎士見習い、治癒使い、精霊使い。
前衛で武器系の壁役ひとりと回復と攻撃の後衛魔法職。
パーティーとしては悪くない構成だ。
ただ……ふたりは知らない。
クリスティアオンラインにおいて、精霊使いは最弱だとか不遇職だと呼ばれていることを──。
わたしはあえて言わなかった。
「……はい」
「ボク、このゲームを侮ってたよ。作り込みが凄いね、たとえばあっちの森でさ」
と。
そんなこんなでわたしたちは町から出て、東の方角に向かうことになった。
ベルサーニュは海に面した沿海の町だから、北側は一面の海だ。あとはそれぞれ東に山岳地帯、南に砂漠、西に森と丘陵地帯があるらしい。
森にいるイノシシを倒したのだとアーサーに伝えると、
「ならさ、東の山岳地帯に行ってみない?」
「どんな場所?」
「大きな岩山が延々と続いてるらしいよ。ふたりはどう? 南の砂漠でもいいかな、とは思うけど」
「わたしも東に1票。イノシシを倒した人は山岳エリアか砂漠エリアに向かうみたいだし」
「あーちゃん、なんで知ってるの?」
「調べました!」
どやっ!
ということになったのだ。
そんなこんなで登山を開始してもう20分ほど。でもモンスターは見当たらない。
先に進んでいった人たちに狩り尽くされてるのかも。
「アーサーはこっちに来たことってあるの?」
わたしの問いかけに、アーサーは首をふりふり。
「ボクはイノシシを倒したあと、装備の作成を依頼して、少し南の砂漠に行ってたんだ。あっちはモンスターのレベルが高くてさ、パーティーを組むのが必須みたいだったな」
「そんなに強いモンスターがいるんだ」
「モンゴリアンデスワームみたいのが追いかけてくるんだよね……。みんな逃げ回ってたよ」
もー大変だった、とアーサーが苦笑う。
「モンゴル?」
「えっ、ナギさんUMAとか知らない?」
「ユーマ?」
アーサーは未確認生物が好きみたいだ。
そんな話をふたりがしている。
いい雰囲気だ。
魔王軍とは違うけど、なんだか心が落ち着く。
ほんとうは周囲を警戒だってするべきなんだろうけど。
わたしは歩みをゆるめて空を見上げた。
こうやって、この3人でゲームしてるのも、なぎちゃんがいたからだな。
きっとわたしだけだと、夢見さんをゲームに誘ってなかったと思う。
ただただ、ぼっちでゲームしてたはず。
銀髪。
というか銀色。
ラッキーカラー。
今はピンク色になってるけど。
「ありがたやー」
わたしは両手をこすり合わせて、そのピンク色に揺れている後ろ髪を拝んだ。
クランのメンバーと同じパーティーでも、リアルの同級生が同じパーティーでも、ゲームの世界で気にしても仕方がないのかも知れないけど。
わたしは少しばかり緊張していたりする。
リアルのわたしを知らない人とばかりゲームをしていた。
そんなぼっちなわたしには同級生とゲームをするのはハードだ。
でも、いつも通りにプレイすればいい。
なごやかな雰囲気だから、そう思えてくる。
視線を前に向けると、アーサーが深刻そうに立ち止まっていた。
ふむ、何かお困りかな?
ベテランプレイヤー(内緒)であるわたしが相談にのりますよっ。
わたしはアーサーの前に回り込んだ。
「どうかしたの──って、ぎょわああああああああああああ!?」
わたしは滑落した。
アーサーが立ち止まったのは地面に亀裂があったから、だったみたいだ。