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クリスティアオンラインⅡにおいての転職システムは、前作とあまり変わらないものらしい。
元々、武器はフルダイブ系のゲームだからこそ、職業に関係なく好きなものを使用できる。
でも各職業には固有のスキルだったり、限定の装備があったりするので、珍しい──レア職業は情報だけでも高値でやり取りされたりした。
そんなことを思い出しながら、わたしは腕を組む。
「前作のクリスティアオンラインでは……いや、わたしの聞いた話では、職業は200種類くらいあったらしいよ」
「めっちゃ多いね」
「うん。戦士とか騎士みたいな普通のから、釣り人や木こりみたいな変なのまであったんだって」
「あはは、釣り人ってどうやって戦うの?」
「動画で見た人は糸の先に剣を巻き付けて振り回してたよ」
「えー、そんなの変じゃん」
「だよねぇ」
当時も笑われていた。
しかし、あの技を極めたと豪語していたプレイヤーが、トーナメント戦のイベントで10位内に入っていたのを思い出す。
どんな武器でも練習すれば強いのは、クリスティアオンラインらしさだ。
「そういえば、あーちゃん。転職するって言ってたけど、どうやるの?」
「えっと、転職には転職水晶……通称色水晶ってのが必要でさ。だからそれが貰えるクエストを受けようかなって思ってて」
「なんで必要なの?」
「えっ、いや、そういうシステムっていうか」
「ふーん」
「……と、とりあえず」
わたしは説明を続けることにした。
「いろいろ入手方法はあるんだけど、ボスモンスターを倒せば、低確率で色水晶がドロップするんだよね。で、そのボスが騎士系のモンスターだったら、騎士になれる色水晶をドロップって感じ」
「なりたい職業になれないの?」
「いや、一応ほとんどのボスって出現場所が固定だから、欲しいのが出るまで挑戦できるし、他のプレイヤーが売ってるのを買ったりもできるよ」
そんな色水晶にはランクがあって、最低ランクの物はほとんど無色透明だ。
逆に最高ランクの物は絵の具のように濃い色をしている。
精霊王クリスティアからドロップしたアレは……白色。
白の色水晶なんて聞いたこともない。
「ここ、かな。たぶん」
見上げたわたしの視線の先には、『冒険者ギルド』と書かれた看板があった。
ウエスタンな雰囲気のある、木造の建物だ。
冒険者ギルドってよりも西部劇に出てくる酒場にしか思えない。
「いらっしゃい」
建物に入るとカウンターにいる、髭がダンディーな男性NPCから声をかけられた。
周りにはプレイヤー以外にも職員系NPCや傭兵NPCが多い。
「どういったご用で?」
「クエストを受けに来ました」
「それでしたら、あちらのシンシアから受けられますよ」
いいスマイルだった。
示されたのはカウンター横の受付のような場所。
金髪のお姉さんが手を振っている。
「NPCの動作が自然だよね。表情が豊かっていうか、本物の人間みたい」
「えっ、今の人って人間じゃないの? うっそだー」
ナギの驚いた表情は、前作をはじめた頃のわたしを思い出させた。
NPCをNPCだと気づかずに話していて、周囲のプレイヤーたちに笑われてしまったのだ。ぐぬぬ。
でもあの頃からNPCたちもバージョンアップを重ね、さらにはⅡになったことで、もはやプレイヤーとの区別がつきにくいところまで来ている。
なんだか感慨深い。
「うう……っと。基本的にはこういう施設の職員はNPC、ノンプレイヤーキャラクターがやってる、らしいよ」
そんな話をしていると、受付にたどり着いていた。
椅子に座るとシンシアさんがお辞儀をする。
「冒険者さん、ようこそ。私はシンシアです」
男性プレイヤーに人気が出そうな見た目のNPCだった。
露出はそんなに多くないのに、どうしてだか雰囲気がエロい。
「どうも。転職の試練ってありますか?」
「ございますよ。今、冒険者ギルドから提示できるクエストは、こちらですね」
カウンターの上に置かれた9枚の紙にはデフォルメされたボスの絵が書かれている。
これは前作にもあった、初期九大職のクエストとほぼ同じものだろう。
「あーちゃん、どうすんの?」
「えっとね。九大メイン職業、剣使い槍使い盾使いの前衛三職と魔法使い治癒使い弓使いの後衛三職、あとは付与使い錬金使い鍛冶使いの生産三職から好きなのをひとつ選ぶ感じ、かな」
わたしは出された紙から一枚を手にとった。
「で、一枚を選ぶと奥の部屋に行くように言われるんだと思う。そこでボスと戦う、はず……うん、これにします」
「では奥の扉から、試験会場に向かってください」
カウンターの奥にある扉が開く。
その先には試験会場に転送できる魔法陣が見えた。
「このクエストでは死んでもペナルティはないし、ひとりでしか受けられないんだけど……とにかくがんばって!」
わたしは颯爽と試験会場に向かう。
ストーリー的には、この街に来たばかりの冒険者がギルド所属の冒険者に実力を示す──ような感じの話だったはずだ。
そういう展開が好きな人が運営にいるのだと、以前の掲示板には書かれてあった。
「わしに実力を見せてみよ」
試験会場にたどり着くと、用意されていた台詞を魔法使いNPCが言う。
前作では可愛らしい女魔法使いだったのが、今作では渋い老魔法使いだ。
そんな老魔法使いの周囲には火の粉が舞っている。
「炎系の初期魔法か。このわたしに魔法戦を挑むなんて、おろかなやつだ……いや、アリカはそんなこと言わない言わない」
低級炎魔法ファイアが飛んできた。
「うわっ!?」
ギリギリで避けたけれど、当たれば熱そう。
「ほう。ではこれでどうだ!」
魔法を使用するには精神集中、別名チャージが必要になる。
いわゆる拘束タイムなので、そのあいだに独自の呪文などを唱えるプレイヤーも少なくはない。もちろん無言でも何も変わらないのだけど。
でも。
詠唱をブラフとして使用すると、案外強かったり。
「んーっと」
転職クエストの敵は、決められた行動をするだけだ。
炎の次は氷、その次は雷でその次が風の魔法。
順番に魔法を使用するのはゲーム初心者に対して、こんな魔法がありますよ~っと説明してくれている運営からの親切さ。
だから、
「簡単に倒しちゃうのは心が痛むんだけどなぁ」
魔法職には弱点がある。
それも、重大な弱点が。
「えいっ」
わたしは普通に進んで、普通の剣で、普通に老魔法使いを斬った。
魔法職は基本的にチャージ中は動けないのだ。
それにそもそも紙防御。
「ぐふっ、なんという腕前……」
バタッと老魔法使いが倒れて消える。
足元に、ほとんど透明の色水晶が落ちていた。
最低難易度の転職クエストでは色水晶が確定でドロップする。これも前作と同じ要素だった。
「勝った! って感じじゃないんだよなぁ」
最低難易度のクエストだから仕方ないんだけど。
「ふへへへへっ」
それでも、わたしはにんまりと笑った。
これで所有している色水晶はふたつだ。
クリスティアオンラインⅡでも、前作と同じようにメイン職業がひとつとサブ職業がひとつ選べるという情報は調べてある。
初期九大職業のひとつ、『魔法使い』か『謎の職業』か。
どちらをメインにするのかなんて、考えるまでもない。
「お~、やっぱり白い」
アイテムボックスから取り出した白色の色水晶を見てみると、説明文が出てくる。『?』だらけだった。
たぶん、転職用のアイテムなのだろう。きっと。そうであって欲しい。
「さて、前衛職なのかな、後衛職なのかな~。アイテム──使用。メイン職業へ!」
音声入力と同時に白の色水晶が砕けた。
光の粒子がわたしの周囲で渦を巻き、なだれ込むように身体に入ってくる。
◇メイン職業が更新されました◇
あなたはユニーク職業【たまご】になりました。
称号【たまご】を手に入れました。
「…………はい?」