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わたしはレベルが6になっているけれど、ナギのレベルは1だ。
別に戦闘だけがゲームじゃないから、レベルは上げなくたっていい。
でもレベルが上がるほど出来ることも増えてくる。
だからこそ。
わたしはナギに勝利とレベルアップを経験して貰うことにした。
草むらに隠れたわたしは、勢いよく走り出す。
おどろいたうさぎ型のモンスターがぴょんぴょんと逃げ出した。
「ナギ、そっち行った!」
「おっけー!」
うさぎの進行方向にあった木の後ろから、すぅっとナギが姿を現す。
交差すると同時に放たれる一閃。
両断されるうさぎ。
倒れたうさぎが吹き消された蝋燭の火のように消えると、代わりに魔石が落ちていた。
「あーちゃん、これが魔石?」
「うん。それ使ったら装備を強化したり出来るよ」
ナギは小さな魔石を指でつまんで太陽の光に透かしている。
最低位の魔石だから、ビー玉よりも小さい。
でも「さすがだなぁ」、とわたしは感心していた。
初めてでこんなに動いたり、モンスターを倒せる人ってあんまり聞いたことがない。
フルダイブ系のゲームが人気ではあっても万人受けしないのは、戦闘のリアルさに起因する。
醜悪なモンスターが相手ならまだしも、うさぎだとか猫だとか、そういったペットにも似ているモンスターを攻撃することには躊躇してしまう人も多い。
そんな中で、クリスティアオンラインが一世風靡した理由は、選択肢が多いからだった。
剣で戦うのが嫌でも弓があるし、そもそも武器を振るって戦いたくなければ、魔法などがある。
戦闘をせずに、釣りだとか採掘だとか風景画を書くためだとか。
そういうプレイをしているプレイヤーたちも少なくはない。
あまりにも幅広いプレイスタイルの数々は、今作クリスティアオンラインⅡにも継承されているみたいだ。
もしもなぎちゃんが剣で戦うのが嫌だったら、わたしが前衛をしようとは思ったんだけど。
どうやら杞憂だったみたい。
うさぎを追い駆けて、既に三つは魔石を手に入れているのが見えた。
もう追い込み猟すら必要なさそうだ。
「あーちゃん。次、イノシシ行こうよー!」
いや、昨日殺られたんですが。殺られたのわたしだけ、なんだけどね。
若干の不安を感じながら昨日イノシシを見つけた場所まで行くと、ふたり組の先客が戦ってる最中だった。
あのイノシシは、ボスなどではないけれど、ゲーム開始序盤の強敵らしい。
先客のひとりがイノシシの突進を小さな盾で防いだ。
でも小さな盾だから、今にも吹っ飛びそう。
「あ、あぶない! 助けないと!」
「ちょちょちょっ待って!!」
まったくの偶然で、駆け出そうとしたナギの襟を掴めた。
その先で、先客のひとりが吹っ飛ばされて手裏剣のように飛んでいく。
「うわっとと、なんで止めるの?」
「他人が戦ってるモンスターに攻撃するのって駄目だよ。マナー違反。横殴りとか横槍って言われて嫌われちゃうから……」
もしも生産系の人たちにブラックリストに入れられると、アイテムの購入を断られることだって珍しくはない。
相手が一般的なプレイヤーでも同じだ。
獲物を奪うことを発端とした、クラン同士の抗争だって無くはないのだから。
とはいえ。
序盤だし、そこまで揉めないとは思うけど。
「でもやられちゃうじゃん。何かできないの?」
「回復とかは喜ばれる……とは思うけど」
いわゆる辻ヒールだ。
でもアリカもナギも職業は冒険者で、回復や状態異常系の魔法、スキルも使えない。
と、そんな話をしているあいだに彼らは全滅していた。
「あっ」
ナギがわずかに視線を落とす。
「やられちゃったね」
「うん」
「死んだらどうなるの?」
「瀕死状態、灰色って呼ばれてる状態になる、かな。しばらくすると町に転送されるんだけどね。で、デスペナルティがついちゃって、はじまりの町を出てからゲットしたアイテムのロストと、経験値も減っちゃう感じ」
だと思う。
前作ではそうだった。
マナーの悪いプレイヤーが近くにいれば、灰色のときに装備を奪われる可能性があったりもする。
「灰色なら助かるんだよね? あーちゃんもそうだったし」
「まあ、そうだけど」
わたしは初日のことを思い出した。
イノシシにやられて、灰色になったわたしをナギが背負って町まで連れて帰ってくれたのだ。
その上で思った。
「無理だよ……あのイノシシ強いし」
灰色であれば町で蘇生できる。
でも倒れているPCの近くで、イノシシはうろうろとしている。
戦うにしても、さすがに装備が悪い。やられた彼らみたいに、わたしたちは盾すら持ってない。
剣はあっても最初から着ている冒険者の服なんて、裸と変わらないような防御力だ。
他のプレイヤーなんてほっといて、今は自分たちのレベル上げを優先する方がいい。
レベルを上げて、装備を揃えてから戦う。それが王道だ。
でも。
まあ。
昨日は、おんぶして町まで連れ帰ってくれた訳ですし。
「いや……うーん」
わたしは自分に言い聞かせるようにうなずいた。
以前のわたしなら、まったく知らないプレイヤーを助けるなんて、たぶんやらないのになぁ。
「……うん。やってみようか」
自分よりも格上の、プレイヤーが相手だったら──やりようはいくらでもある。
しかしこれがNPCだとかモンスターになってくると、話が一気に変わってしまう。
精霊王クリスティアのような高度な行動AIを保有していない、いわゆる雑魚モンスターは、決められた行動パターンでしか動けないからだ。
ある意味で単調な戦いは、ベテランプレイヤーにとっては作業でしかなく、何よりもツラい。
「イノシシの攻撃パターンは今まで戦ってるのを何度か見てるから、わかるよ。問題はこっちとのステータス差だけど」
初期魔法すら習得していないINI特化な冒険者では、戦いにもならない。
でもステータス値を均等に割り振っているナギなら──。
こうして始まった戦いは、思った以上に順調だった。
「次は右に避けて。突っ込んでくるよ」
「おっけー!」
わたしは登った木の上から指示をする。
ナギは言われた通りに動き、攻撃した。
何度かそんなことがあって、ようやくイノシシが倒れると、いつの間にいたのか。
ギャラリーからの拍手が響く。
「魔石ゲットー! あれ、なんか牙が残ってる」
「ドロップアイテムだね。ときどき出るん……らしいけど、おめでとう」
あぶないあぶない。
前作で遊んでいるとバレるところだった。
「へえ、こんなのあるんだ」
ナギが拾ったアイテムを回収して振り返る。
うれしそうな笑顔だ。
「よし、じゃあ運んであげよっか。あーちゃんはそっちの人ね」
「うん。……うん?」
ナギが倒れていた大柄な男性PCをおんぶする。
わたしの近くには、わたしと同じくらいの小柄な女性PCがいた。
彼らはリスポーンを選ばずに、わたしたちの……というかナギの戦闘を見ていたらしい。
仕方ない。
おんぶするとしよう。
わたしだって昨日は同じように助けられた身だ。
でも。
おかしい。
いくらSTR値に差があるからってナギとの距離がぐんぐん離れていく。どうなってるの、これ。
やっぱり元々の身体能力が高い方がフルダイブに合っているという通説は、間違いではないらしい。
『ルル:ごめんなさい、重いですよね?』
「いや、わたしのSTRがミジンコレベルなのと、リアルの運動神経の問題……だと思います」
瀕死状態のPCは喋れないので、このルルというプレイヤーは全体チャット【短距離】で話しかけてきた。
こうしたチャットを使った会話は前作では当たり前の光景だったから、彼女も前作からのプレイヤーなのだろう。
『ルル:助けて貰ってる最中でなんですが、ビックリしました。まさか町まで送ってくれるなんて』
「です、よね。わたしのリア友なんですが、初心者で」
『ルル:ああ、なるほど』
『ルル:(昇天のスタンプ)』
『ルル:もちろん回復の費用は払いますので、ご安心ください』
灰色状態のPCからはアイテムを奪うことができる。
だからこそ、プレイヤー本人がリスポーンを選択できる訳だけど、ルルとその仲間はアイテムを奪われるリスクがあっても、わたしたちを信じてくれたらしい。
わたしとナギは彼らを背負って町まで運んだ。
町にたどり着いて神官に蘇生を頼むと、
「おお、死んでしまったのか冒険者よ」
いくつかあるテンプレボイスが聞こえて、ふたりが完全復活する。
感謝され、宣言通りに蘇生費用が返却された。
感謝してペコペコと頭を下げるふたりが神殿から出ていくのを見送ったあと、ナギが手のひらを開けて。
「あーちゃん、これなんだろ?」
そこには小さなドリルみたいなものが二つ。
さっきのプレイヤーから貰ったらしい。
「さあ。たぶん何かのドロップアイテムだと思う」
「えっ、いいのかな」
「んー、いいんじゃない」
わたしたちも神殿を出た。
ナギのレベルも3に上がっているから、そろそろ転職クエストを受けに行くとしよう。