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転職してみよう

 わたしはチャイムが鳴ってから、本日何度目かのあくびをした。

 徹夜のあと特有の時間感覚が狂ったような、そんな感じがする。

 ただ空腹具合と周囲の様子からお昼休みだってことくらいはわかった。

 午前中の記憶があまりない。機械的に板書を写してたくらいだ。 


「あ~、やっとお昼だぁ~。ご飯ご飯~」


 右前の席からやや間延びした声が聞こえてきたのは、わたしがうつらうつらとしながらも、教科書を机の中にしまった時だった。

 おぼえている限りでは、夢見さんはずっと寝ていたはず。


 机の上には教科書のひとつもないし。

 あ~、やっと。なんて感じではないような……。


「おおー! からあげ~!」


 学校には学食や購買もあるけれど、弁当派な夢見さんが重箱を開けて喜んでいる。

 というか、お、おお……一箱全部からあげなんだ、すごい。

 真っ白なお米に真っ赤な梅干しが鎮座した日の丸弁当箱に、(くだん)のからあげだけの箱と果物がぎっしり入った箱があるのが見えた。


 夢見さんは細身でちんまい、まだまだ中学生に見える少女だ。

 まあわたしも大差ないんだろうけれど。

 しかし食べる量っていうのは、見た目ではわからないみたい。


「あれ?」


 と。

 声が聞こえた。


「あーちゃんご飯は?」


 横を見れば、購買のパンを持ったなぎちゃんが立っている。その後ろにはなかなかに派手な格好の女子生徒たちの姿が。


「い、いや、その……忘れちゃって」


 いつもは徹夜しても疲れないのに、さすがはラスボスと世界樹の迷宮。

 お母さんが作ってくれたお弁当だって台所に忘れてしまうくらいには、わたしは疲れていたみたいだった。

 でも購買まで買いにいくのも、めんどくさい。


「じゃあパンあげるよ」


 なぎちゃんがいくつか抱えている中から、悩んだ末にメロンパンを机に置く。


「飲み物も無いとツラいっしょー」


 毛先だけピンクに染めたハーフツインの可愛い女子生徒が、紙容器の牛乳をわたしの机に置いた。


「牛乳って飲める?」


「の、飲めます」


「アタシ、渡せるのカロリーメイトだけだわ」


 ポニーテールの女子生徒が、メロンパンの上にカロリーメイトを二本置く。

 わたしが呆然としていると、右前からガガガーっと机が寄ってきた。


「からあげ、どうぞぉ~」


「うわ、多っ。あさちゃんすごい食べるよねー」


「それなのに太らないから、神はおかしい」


 派手な格好のふたりは夢見さんと知り合いらしい。夢見さんはドヤ顔だ。

 そんなふたりは談笑しながら教室の前の方に進んでいく。

 というか、なぎちゃんの前の席だったらしい。クラスメイトの顔と名前くらいは……おぼえないとなぁ。


 わたしの机にはそのまま夢見さんの机がくっ付けられ、前には前後逆に椅子に座ってるなぎちゃんがいた。

 学校で誰かと一緒に食事するなんて、いつ以来だろう。


「なぎちゃん」


「んー?」


「さっきの人たち、あとで紹介して欲しい。その、お礼言えなかったから」


「いーよー」


 そんな約束をしつつ、いま言えるお礼もある。


「なぎちゃんも夢見さんも、ありがとう」


「困ったときはお互いさまだって」


「お昼は食べないと死んじゃうからなぁ~。ボクたくさん持ってきてるし、遠慮はいらないよぉ」


 わたしはリアルなボクっ娘の存在におどろきつつも、こくりと頷いた。お昼を一回食べないくらいで死なないとは思うけど。

 こうしてわたしたちは食事をはじめた。

 夢見さんのからあげは冷めても柔らかくて生姜の風味が爽やかで美味しい。

 カロリーメイトをかじり、メロンパンもかじり、牛乳を飲む。


 貰わなきゃ一緒に食べないものばかりだ。


「そういえばさ。昨日、すっごい楽しかったよね」


 と。

 コーヒー牛乳を飲みながら、なぎちゃんが言った。


「あーちゃん、今日も一緒にゲームやろうよ」


「あ、うん。昨日と同じくらいの時間でいい?」


「今日は帰ってからすぐやろうかなって思ってて」


 おお、なぎちゃんもやる気だ。


「じゃあ」


 そうしよう。──と言おうとすると、夢見さんが目をまんまるにさせて、わたしたちを見ていた。


「ふたりとも、ゲームしてるの?」


「クリスティアオンラインⅡってのやってるよ」


 なぎちゃんの言葉に、夢見さんは嬉しそうに口元を緩めた。


「じゃあ、フレンド登録してほしかったり~」


 差し出された携帯端末を見てみると、フード姿のキャラクターがポーズを決めている。

 武器は片手剣だけしか見えない。


「あっ、レベル5」


「ボク、初日から徹夜しちゃったんだよねぇ~」


「おおー」


 こんな近くにプレイヤーがいるとは。


「あーちゃん、あたしってレベルいくつ?」


「いくつっていうか、たぶんレベル1だよ。まだ一体もモンスターを倒してないし」


 わたしは昨日の激戦で、レベルが6まで上がっていた。どやっ。

 なぎちゃんの携帯端末とクリスティアオンラインⅡを同期させて、フレンド申請を送る。こうして三人はフレンドになった。


「おお! 萩野さんのキャラクター、かわいい~」


 机に置かれた三人の携帯端末の画面には、それぞれのPCプレイヤーキャラクターが映っている。


 ナギは余裕のありそうな表情をして、手を後ろで組んでいる。少し妖艶な雰囲気の少女だ。

 初めてエディットしたとは思えないほどの出来だし、この容姿のモデリングデータなら高値で売れるだろう。それほどに、かわいい。


 逆に夢見さんのキャラクターは顔が見えないのでなんとも言いにくい。

 かわいいのか、カッコいいのか。もしくは人間じゃないかも知れないし。

 そんな夢見さんはわたしのアリカを見て、視線を泳がせた。


「さ、幸薄そ……かわいい!」


 ぜったい幸薄そうって言おうとした!!


「あーちゃんのキャラってなんか、ほんと幸薄い感じだよね。かわいいのに」


「……実は昨日、なぎちゃんが落ちてからもゲームやってたんだよね。それで出会ったプレイヤーにも薄幸の美……いや、薄幸の少女だってなんども言われてさ」


 さすがに自分で自分のキャラを美少女だとは言いたくない。

 すると、夢見さんは何かに気づいたように自分の携帯端末を操作した。


「三日月さん、えっとお~、ステータスって教えて貰える?」


「ステータスを?」


「うん、実は掲示板で話題になっててねぇ。キャラクター作成時にランダムでLUK値が割り振られるんだって~」


 LUK──つまり幸運。

 クリスティアオンラインにはなかった要素だ。


「えっ、どこで見れるの?」


「こうやってこうすれば」


 夢見さんが先ほどの画面を操作すると、基礎ステータス値が現れた。


 STR25

 VIT40

 DEX5

 AGI20

 INT10

 LUK40


「これ、ボクのステ~タス~」


 夢見さんのPCのステータスはガチガチの前衛職のものだった。

 でも、どうして鎧を着てないのか謎だ。


「これって何がなんなの?」


 なぎちゃんも基礎ステータス画面を開いていた。

 出ている単語は確かにゲーマーとしては一般的な用語だけれど、知らない人は知らないはず。

 わたしは説明しようと、なぎちゃんの携帯端末を覗き込んだ。


 STR20

 VIT20

 DEX20

 AGI20

 INT20

 LUK50


 万能型だ。


「えっと、STR(ストレングス)は相手に与える攻撃の威力とか重い武器が持てるとか──」


 VIT(バイタリティー)はHPの最大値に影響する。

 DEX(デクステリティー)は生産系の成功率とポーションなどの回復量に影響する。

 AGI(アジリティー)はキャラクターの敏捷さに影響する。

 INT(インテリジェンス)は魔法の威力やMP、トラップ解除に影響する。


 そして。


LUK(ラック)は幸運度……なんだろうけど、これはちょっとわからないかな」


 幸運度なんて前作には無かった要素だ。

 ナギは特出した能力がないけど、なんでもやれる。初心者にはちょうどよさそうなポイント配分だった。


「LUK値はキャラクター作成時にランダムで割り振られるもの。アイテムのドロップ率なんかに影響する、らしいよ~」


 夢見さんが補足してくれる。

 まあドロップ率だとすると、わたしのキャラクターは高いはず。

 ふっふっふっ。精霊王クリスティアとの戦いでは、ドロップアイテムを二つも手に入れているのだ。


「はい! これが……わたし……の……」


 STR5

 VIT10

 DEX5

 AGI10

 INT70

 LUK0


「うわぁ……なんていうか」


「不幸だねぇ……」


 なぎちゃんと夢見さんは引きつったような表情で言う。

 わたしは、がくりと肩を落とした。

夢見麻紗希【アーサー】

年齢15歳

身長149cm

体重38kg


髪型は茶色っぽい黒髪ミディアム。

ちんまいけど健啖家で何故だか太らない体質。

中学時代は前作クリスティアオンラインではなく、FPS系のゲームをプレイしていた。

今はクリスティアオンラインⅡにハマっている。

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