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凄まじい光と風が吹き荒れた。
なんとか耐えて立っていると、周囲は徐々に元の静寂と色を取り戻していく。
「よし、撃破」
白銀の杖はスキルの発動に光(精霊ホタル)が必要で、チャージしているとそれらが集まってくる。
高い威力だからこそ、チャージ中は動けないし中断すら出来ない。
本来ならパーティーの前衛メンバーが戦ってる後方で、スキル発動までの時間を稼ぐ戦い方をしないといけない。でも、今はわたし一人だ。
「ほんとピーキーな性能だなぁ」
わたしは愚痴るように、それでも楽しそうに呟く。
既に二射目を発射するためのチャージも開始している。
杖の周りには光がひとつ。
だが、
「──始まった!」
消滅したはずのクリスティアが、玉座があった場所に立っている。
全身にひび割れを起こした美女の虚ろな双眸。
そのふたつの銀色は、確かにわたしを見ていた。
「これって、いま撃ったらどうなるんだろう。検証してみたい!」
クリスティアのひび割れが大きくなっていく。
次第に砕けて、中身が見えた。
あの精霊王クリスティアは、陶器製のマネキンのようなものらしい。
表面がパラパラと落ちていくと、中からは青白い光が見えてくる。
杖の周りには光が三つ。
「やれるやれるやれる、わたしならやれる!」
クリスティアの偽りの身体が完全に砕けた。
中身の光は次第に魔法陣を形成し、その中から美女がゆっくりと現れる。
憂いを感じさせない強い意志のある瞳。受肉した──精霊王クリスティアだった。
光は五つ。
「吾に挑みし者よ。力を見せよ」
「言われなくても──昨日とは違うって見せてやる! 【ブラスト】ッ!!」
無数の燐光が、生身となった精霊王クリスティアに向かっていく。
でも。
まるで風を撫でるように動いた細腕に、光が掻き消された。
わたしは奥歯を噛む。
クリスティアの風系最上位スキルだ。回数制限があるけど、一定の威力の攻撃を無効化する。
どうにかして、光がもっと集まるのを待てば良かった……!
白銀の杖には三つのスキルが導入されている。
光が最大の時だけ発動できる強力な攻撃、シルヴァリア。
最大数未満の時に発動できる弱い光弾の連続攻撃、ブラスト。
この威力の差は非常に大きい。
そして、もう一つのスキルは──、
「うわっ!?」
突然、炎の槍が飛んできた。
床をぶち抜いて赤く溶けるマグマが、塔を下層までつらぬいて大きな穴ができる。
すさまじい威力だ。
「やばっ、炎系攻撃だ」
わたしは駆けた。
近くにあった柱に隠れると、即座に柱が傾いていく。
さっきの攻撃を受けたらしい。
「ど、どうしよう……!?」
ルナルーンであれば、防ぐこともできたのに。
たとえ相手のステータス値が昨日とは天と地ほどに違っていたとしても、スキルの効果は変わらないみたいだ。
「そもそも! ゲーム内オブジェクトすら溶解させる炎とか、反則でしょ!!」
壁の後ろで杖をチャージする時間すら──
「うわっ……アチチ」
逃げるタイミングが遅れた。
熱風に軽く触れただけで、体力が半分以上は消し飛んでいる。
フルダイブ技術は肉体の感覚を仮想空間内に再現しているからこそ、燃えれば熱いし凍れば寒い。
もちろん、そう思ってしまうだけだ。
実際の肉体には何も影響はない。
それでも、わたしは身を焼くような熱風から、逃げるように駆けた。
目指すのはクリスティアだ。
「わたしは、なぁああああああああああああああああああああ!」
その咆哮に──精霊王クリスティアが目を見開く。
「熱いのが、苦手なんだぁあああああああああああああああ!!」
わたしが急速に接近したことで、クリスティアのAIが切り替わった。
攻撃から防御に。
麗しの美女の周りには絶対防御の氷のバリアが生まれる。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■!!」
精霊王の口から奇妙な言語が発せられた。
ルナルーンが魔法職だったからこそ、それが詠唱であるのは何となくわかる。
しかし。
今まで幾度となく挑戦してきたクリスティアオンラインプレイヤーたちの、後続に残すために撮られてきた映像の中ですら、この詠唱は聞いたことがない。
「まさか、別の行動パターン? いや──」
中ボスたちは骸骨に変わっていた。
だったら、精霊王クリスティアだって変わっているのでは?
「新しい、スキル……?」
呆然としたって仕方がない。
わたしは白銀の杖を強く握りしめた。
チャンスは一度。
どんなスキルなのかは、正直気になる。
けれど。
「■■■■■?」
精霊王クリスティアがにやりと笑う。
きっと魔法が完成したのだ。
抱擁を待っているかのように両手を広げて、瞑想しているかのような表情が美しい。
彼女の周囲に紫色の雷光が幾筋も走っていく──。
「うそっ、雷!?」
雷は、精霊王クリスティアが使用するのでは、と長年考察されていた元素魔法スキルのひとつだ。でも実際に見た者はいない。
そんな伝説の瞬間だ。
きっと動画サイトにアップすれば、1日で100万再生すら余裕だろう。
でも魔法が発現したらきっと避けられないし、死んでしまう。ど、どうすれば……。
「うう、勝った方が──楽しい、はず。きっと。たぶん……いや、絶対ッ!!」
絶対防御の氷が脱ぎ捨てられた瞬間。
紫電がなんらかのカタチになろうとした刹那。
わたしは白銀の杖を、精霊王クリスティアに向けて投げた。
彼女の目がハッと見開かれる。
表情豊かなモンスターだ。やっぱりラスボスだと高度なAIだったりするのだろうか。
白銀の杖は自壊することで、周囲に大ダメージを巻き起こす。
これが店売りの武器だったなら平然と使えたけれど。
実際は魔王軍のルナルーンとしての始まりから終わりまで、そして新たな始まりを共にした武器だった。
クランのメンバーと高難易度ダンジョンで素材を集めたし、数十回とボスを倒しても欲しいアイテムがドロップしなくて、発狂しかけたこともある。
そんな。
苦しくて辛くて──楽しかった、思い出の結晶。
バージョンアップで時代遅れにはなったけれど、売らずに残した相棒。
白銀の杖が砕けていく。
精霊王は口を開きかけたが、閉ざした。
まるでうっすらと微笑んだようにも見える。
周囲にまばゆい光が放たれて──。
「ぎゃあああああああああああああああ、ふぐぉっ、どわあああああああああああ!?」
わたしは爆風に巻き込まれて吹っ飛んだ。
杖が壊れたことによる爆風なのか、なんなのか。
柱や地面に激突して呼吸すら出来ない。
上下が逆のM字開脚で柱の根元に引っ掛かった頃には、HPの残りはミリだった。
ギリギリだ。本当に、ギリギリ。
わたしはなんとか立ち上がる。
ゆっくりと歩いていくと、様子の変わらない、精霊王クリスティアが立っていた。
まさかのノーダメなのだろうか?
「──汝の力を認めよう」
川のせせらぎのような優しい声が聞こえた。
どうやらイベントらしい。
精霊王クリスティアは優しげな表情で、いつの間にか、手にしていたローブを差し出す。
受け取ったわたしは気づいた。「これ第一形態のクリスティアが着てたやつだ」、と。
とりあえずアイテムボックスへと入れていると、いつの間にか彼女の姿が見えなくなっていた。
ただ──彼女が立っていた場所には、ドロップアイテムだけが落ちている。
「白い……水晶?」
両手で持った水晶は真っ白。
クリスティアオンラインで転職する際に使用するアイテムと似ている。
「これ、なんだろう? ま、いいや。鑑定は明日するとして……つ、疲れたぁ~」
わたしは手にいれた白い水晶もアイテムボックスに入れると、奥に現れた魔法陣の上に立った。
転送されたのは、はじまりの町ベルサーニュのお城の中庭だ。
あちらでもこちらでも、プレイヤーたちが騒然と話し合っている。
「勝ったぁ~~~」
でも、今日は疲れた。
わたしはへとへとだった。
ログアウトを選択する。ベッドギア型のデバイスを外して背を伸ばす。
窓からは、朝焼けが見え始めていた。
あくびが出る。
「……10分だけ、10分だけ、寝よう」
わたしは目を閉じた。
いい匂いがする。どうやらお母さんが朝食を作っているみたいだ。