プロローグ
F・W・Sという仮想空間接続技術が生まれてから、すでに10年ほど。
当初は新世界の創造だとか人類の進化だとか言われていた仮想世界へと入り込む技術も、今ではただの娯楽となっていた。
しかし。
そんな数ある世界、ゲームの中でもひときわ有名なタイトルが存在する。
──クリスティアオンライン
プレイヤーの自由度を優先させたこのタイトルは、発売から4年で全世界3000万人を越えるユーザーがプレイする怪物的なゲームタイトルとなった。
広大な世界を旅する探検家から一国一城の主、はたまた宿屋を経営したり冒険者となってモンスターを討伐することに、多くの人々が没頭している。
だが、そんな世界が突然の終わりを迎えようとしていた。
今から一週間前に、運営からのサービス終了が発表されたからだ。突然のことだった。
多くの苦情や陳情にも運営側は無言をつらぬき、遂には最終日──。
○○○
「しっかし、サービス終了前に攻略できんのかなー」
漆黒の鎧武者を粉みじんに斬り捨てながら、赤髪の美男子が誰に言うでもなく呟いた。
その背後で、銀髪の美女ルナルーンが鼻を鳴らす。
「絶望のリゼルともあろう人が、弱気じゃない」
「この『世界樹の迷宮』の中ボスってやたらと速いし硬いし、斬るのが面倒なんだよ。強気な誰かさんが、ずどーん、と魔法でも使ってくれれば──」
「魔王さまが言ってたでしょ? わたしの魔法は、ラスボスまで取っておけって」
「スキルも使うなってな。わりと無茶苦茶な命令だぜ、ほんと。ん?」
そこでリゼルは何かに気づいたように視線を落とした。
ルナルーンがプライベートチャットを送ったのだ。
『ルナルーン:今って視聴者はどのくらい?』
『リゼル:50万人を越えてる』
『ルナルーン:すごっ』
『リゼル:お姉さま、耳に髪をかけて~ってスパチャが来てるぜ? それも赤スパ』
リゼルは動画配信サイトでゲーム配信をしている、登録者300万人を越える有名配信者だ。
クラン【魔王軍】での立ち位置は前衛のアタッカーであり、後衛のルナルーンとのコンビは、リスナーからも人気がある。
と。
「リゼル」
ルナルーンは一流モデルのような足運びで前に出る。
ブーツが石畳を叩いて、カツカツと軽快な音が響き──さっと振り向いて、左耳に髪をかけた。
「何してんのよ。置いていくわよ!」
左下に配置されているチャット欄に、古くからあるネットスラングで笑いを意味する『www』という文字列が送られてきた。
ルナルーンは耳を赤く染めながら、石積みの通路を進んだ。
しばらく進んでいくと、空から明るい日差しが差し込んでいる場所に出た。
絡み付いた世界樹の根が荘厳な威圧感を放つ、ダンジョンの最奥だ。
中央にぽつんとある祭壇のような場所の上には黄金の門扉が鎮座している。
「ありゃー」
リゼルがすっとんきょうな声を出した。
広場に先客がいたのだ。とはいえ、見知らぬ者たちではない。
総勢200名を越えるクラン【魔王軍】において、ルナルーンとリゼルに並ぶ実力者にして同じく四天王と称される戦友たち。
その高笑いが広場に響いた。
「遅いぞ!」
身長2メートルを越える筋骨隆々の竜人が、口端から炎を吹き出しながら豪快に笑っている。
「オレたちの勝ちのようだな」
鋼鉄よりも硬い紫紺色の鱗に覆われた竜人が持っているのは、その肉体にも負けないほどに大きな盾だった。
ギリシア神話の一場面を描いたような意匠が美しい。
「ちっ、ドラゴめ。まあ、こっちは戦闘では一人みたいなもんだからな」
ルナルーンが戦わないのは事前の打ち合わせで決まっていたから、四天王の全員が知っている。
「じゃあさ~、引き分けにしてあげよっか?」
くすくすと笑う声が聞こえた。
屈強な竜人の後ろから音もなく出てきたのは、耳の長い金髪の女だ。
「アルマ」
ルナルーンが軽く手を上げると、エルフのアサシン──アルマがぶんぶんと手を振った。
リゼルとドラゴが取っ組み合いをしているけれど、じゃれてるだけだろう。きっと。
クリスティアオンラインにおいて最も有名で、最も難易度が高いとされる『世界樹の迷宮』の最深部には、とあるギミックが存在する。
それまで一本道だった通路が、突然三つに別れるのだ。
各通路の先には中ボスがいて、それらを倒すことで最奥の黄金門の鍵が解かれる。
しかしここが問題だった。
中ボスたちは他の中ボスが倒されると、全パラメーターが大幅に強化されるという特性を持っているからだ。
──つまり順番に通路を攻略すれば、三番目の中ボスはかなりの強敵になってしまう。
さらにはダンジョンに侵入しているプレイヤー人数と各プレイヤーのレベル総数によって、ダンジョン内モンスターのレベルが増減するらしい。
以前に動画で見たものだと、100名を越えるパーティーで侵入した者たちが、最初に戦った中ボスの一撃で全滅していた。
モンスターのレベルは万に達していたらしい。
ちなみにプレイヤーのレベル上限は100である。
だからこそ、クラン【魔王軍】が選んだ作戦は単純なものだった。
「ふははははっ……やはり少人数による三通路の同時攻略。これが攻略への唯一の方法だったな」
最後の通路から黒髪の男がやって来た。
ルナルーンを含めた四人は、拝礼の姿勢で彼に頭を下げる。
「「「「魔王さま、お待ちしておりました!!」」」」
こうしてクリスティアオンラインにおいて最強とも呼ばれる五人が、最期の最後で未攻略ダンジョンの最奥へと集まったのだった。
魔王と呼ばれた彼は、単独で通路を攻略したにも関わらず、余裕の魔王スマイルを見せる。
「絶望のリゼル。不死のアルマ。万盾のドラゴ。……そして天滅のルナルーン」
順番に呼ばれた四天王たちは、立ち上がる。その瞳に殺気を輝かせて。
「この世界が終わりを迎えるまで、残り30分。我らであればやれる。──行くぞ!」
五人は黄金の門扉へと向かって堂々とした足取りで進む。
彼らを迎えるように自動で開いた扉の向こうから、明るい光が見えた。
○○○
クランホームである魔王城の玉座の間に、五人は集まっていた。
魔王は玉座には座らず、四天王と同じように地べたに座っている。
中央に並べられた豪華絢爛なごちそうの数々は、匂いこそあっても実際には食べることができないシロモノだ。
『魔王アーベロン:いや~、もうちょっとで勝てたのにね』
『リゼル:まさか、あんなことになるとは』
『ドラゴ:運営がアホなんだろうさ』
『アルマ:でも綺麗だった』
『ルナルーン:……』
『ルナルーン:かなしい』
一見すると団らんとした雰囲気でも、どのPCも動きを止めている。
口すら動いてはいない。
この様子も配信しているリゼルではあったが、プライベートチャットだけは配信画面にも映していなかった。
チャットで仲間と会話しつつ、配信ではリスナーとの受け答えをしているのだろう。
『魔王アーベロン:全力を出したんだ。それで負けたなら、仕方ないよ』
『ドラゴ:誰にも倒されていないラスボスは、ついには誰にも倒せませんでした』
『ドラゴ:それはそれでラスボスっぽくて良いな』
『魔王アーベロン:(首肯のスタンプ)』
『魔王アーベロン:あれってたぶんだけど、パーティー構成も影響してるよね』
『リゼル:俺もそう思う。でもさ、もう一度やれれば、勝てるよな?』
『魔王アーベロン:もちろん』
『ドラゴ:モチロン』
『ルナルーン:(グッドスタンプ)』
『アルマ:初見です。最終回ですか?』
『アルマ:あ、間違えた。もちろん』
『リゼル:おい、配信見てんのかよ。こっちにも流れてるぞwww』
『魔王アーベロン:ボクも見てるよ』
『ドラゴ:オレも』
『アルマ:うん』
『ルナルーン:わたしも』
これが最後だというのに、いつも通りな会話をしていた。
でも。
視界の上に表示されている時間だけは確実に進んでいく。
──23:57
あと、たったの三分。
『リゼル:そういえば』
『リゼル:サービス終了までアクセスしていると、PCの姿で異世界に飛ばされるって都市伝説』
『リゼル:知ってるかー?』
『魔王アーベロン:知ってる。行けるなら、行ってみたいよね』
『ドラゴ:オレも。まあ、クリスティアの続編が出るまでは、別のゲームをやるつもりだが』
『アルマ:異世界行きたい。続編が出てもやりたいよ』
『ルナルーン:初めて聞いた。続編はわたしもやりたいなぁ』
『魔王アーベロン:続編が出たら、また集まろうよ』
『リゼル:おけ。俺はこの名前でやるから、見つけてくれ~』
『アルマ:ぼく、ルナルーンみたいな容姿をエディットする予定』
『アルマ:上手く作れるかは微妙だけど』
『魔王アーベロン:アルマってルナルーン推しだもんね』
『ルナルーン:はい、キャラクターのモデリングデータ送ったよ』
『アルマ:いいの? ありがと! これを参考にしてがんばるよ!』
『ドラゴ:オレはベルマリアって名前でやる予定だ』
『リゼル:女の子みたいな名前だな。ネカマプレイか?』
『ドラゴ:は? オレ、女だぞ』
『ルナルーン:!?』
『魔王アーベロン:!?』
『アルマ:!?』
『リゼル:!?』
目の前が真っ暗になった。
正面に見えるのは24:00の数字。
いつの間にか、自動でゲームのホーム画面に戻っている。
どこまでも続く草原に一人の女性が立っていた。
黄金の杖を持ち、白いドレスの上に黒の肩マントを羽織った、銀髪の美女だ。
ルナルーン。
この3年間を共にした、もう一人の自分。
『クリスティアオンラインをプレイしてくれて、ありがとうございました!』
ゆっくりと現れては消えていく文字。
そしてまた、新たな文字が浮かんでくる。
『クリスティアオンラインⅡが今晩リリースされます!』
「はあっ!?」
思わず、ルナルーンは声を噴き出した。
きっと全プレイヤーが同じだろう。
「う、うそ……えええ……」
そのまま掲示板を開いて覗いてみると、喜び半分怒り半分の炎上が起こっていた。
ルナルーンも参戦する。
もちろん、喜び半分怒り半分の書き込みを何度もした。
「そういえば異世界はどうなったんだろう?」
ゆっくりとヘッドギア型のデバイスを外してみる。
いや。
やはり。
「ま、そりゃそうだよね」
薄暗い、いつもの自分の部屋だった。
窓の外からは朝刊を配達する原付きの音が聞こえる。
視線を壁へと移すと、壁に掛けられた真新しい制服が見えた。
「……少しくらい、寝とこうかな」
というわけで始まりました。
異世界に行く話ではなく、女子高生がゲームする話です。
楽しく書けたらなーって思いつつ。
ブクマ、評価していただけるとすごく励みになります(/ω・\)チラッ