60.令嬢の旅立ち
次回で第3部完結です!
追放ざまぁが読めるのは10.11話と20〜30話です!
「こんな夜遅くに淑女の部屋に、殿方が来るなんて大胆ですわね?」
からかうようにニヤニヤと笑うリンジーの声が、薄暗い部屋に柔らかく響く。
「…大事な話があるから早急にと思ってね。明日が良かったかな?」
俺も女の子との会話に少し慣れたのか、自然に余裕のある返しができる。
「……お話とは、わたくしが冒険者になること?」
「え!? なんで知ってるの!?!?」
余裕の切り返しを試みたが、一瞬で崩れた。いや、仕方ないだろう。これはさすがに驚く。
「わたくしのいる浴場まで筒抜けですのよ?」
え、全部聞かれていたのか!?
「…だから隠し事なんてしなくてもよろしくてよ?」
「な、なるほど…」
すべて見抜かれていた。
「……確かに怖いですわ…外に出るのは…。わたくしがいない間にお父様やお兄様がいなくなってしまうと思うと…」
「リンジー…」
俺は手を差し伸べようとする。しかし、首を横に振るリンジー。
「わかってますわ。…そろそろ乗り越えないと死んだお母様に顔向けできません」
「! じゃあ!」
リンジーの心は、すでに決まっていたようだ。
「…わたくし…冒険者になりますわ! ボディーガードの件、よろしくですわ!」
思ったよりも話はスムーズに進んだ。
筒抜けだったから、急に決意したわけではない。
心の奥で「このままでいいのか?」と問い続けていたのだろう。
ジョーディ様の話は、その背中を押すきっかけに過ぎなかったのかもしれない。
「こちらこそよろしく! じゃあ、明日は旅立つ準備とかジョーディ様たちへの挨拶周りが必要だから、明後日に出発かな?」
「いいえ、明日すぐに御一緒して頂きたいですわ。この決心が揺らぐ前に…」
もう覚悟しているのだ。なら、俺もその想いを受け止める。
「わかった…じゃあ…また明日」
「おやすみなさいですわ」
「おやすみリンジー」
夜のあいさつを済ませ、俺は部屋を後にした。
そして、リンジーの瞳には、微かに月明かりを反射する涙が浮かんでいた。
翌日。
屋敷の庭には朝の光が差し込み、芝生の緑が鮮やかに輝いている。
リンジーの服装はドレスから、貴族らしさを残しつつも動きやすい冒険者の服に変わっていた。
腰には緑のスカーフ。昨日まで着ていたドレスを改良したらしい。
怖気づいている様子は微塵もなく、荷物を手際よくまとめている。
「それでは…皆様。15年間お世話になりました。わたくしは聖女として、冒険者として、ロッドフォード家に恥じない立派な淑女になって戻ってきますわ」
リンジーは全員に丁寧に挨拶をした。使用人たちは、思わずほろりと涙を流す。彼女が公爵家の令嬢としてではなく、一人の人間として愛されていることが伝わる瞬間だった。
「リンジーのこと…よろしく頼むぞ!」
「もちろんです! 任せてください!」
ロッドフォード家当主イーニアス様と握手を交わす。
「リンジーを泣かせたら許さないからな!」
「はい! 男と男の約束です!」
ジョーディ様とも力強く握手を交わす。
リンジーは深呼吸を一つして、屋敷の門へと歩き出した。
一歩、二歩――足音が石畳に軽やかに響く。
門の前で立ち止まり、息を整えるリンジー。
俺が「大丈夫」という顔を向けると、彼女は笑顔で返した。
そして、一歩踏み出す。
母を亡くして以来、初めて外に足を踏み出した瞬間だった。
下唇を噛み締め、リンジーは振り返り叫ぶ。
「……お父様!! お兄様!! 屋敷にお仕えする方々!!!! 長い間ご心配おかけしました!!!! そして、いままで本当にありがとうございました!!」
涙を流しながら、心の奥底にしまった感情が溢れ出す。
使用人たちも感情を抑えきれず、大泣きして声を上げる。
「リンジーお嬢様ーーー!!!!」
「なんと立派になられて…!!」
「元気でなーーーー!!!!!」
専属シェフのアルデンが叫び、続いてイーニアス様とジョーディ様も感極まる。
「うぅ…皆様!!!! 行って参りますわ!!」
再び門に向かって歩き出すリンジーを見て、イーニアス様とジョーディ様は突然全力で駆け出した。
「リンジーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
「行くなーーーーーーーー!!!!」
いや、行くな!?
ここは送り出す場面だろ!?
「お父様は寂しいぞーーーーーーーーーー!!!」
「最後にハグをおおおおおおおおおおおお!!!!」
全力で飛び込もうとする二人。
威厳などなく、涙と鼻水まみれのハグである。
ズドドーン!!!!
まともやリンジーの回し蹴りがイーニアス様とジョーディ様の顔面にクリーンヒット。
「ブボロべ!?!?」
「ボフバ!?!?」
使用人のいる場所まで吹っ飛ぶ二人。
「ええええええええええええぇぇぇぇ!?!?!?」
「…お父様とお兄様は、わたくしが帰るまでにその過保護を治してくださいませ」
こんなお別れでいいのか!?!?
いや、いいのだ。
貴族としてでもなく、家としてでもなく、これこそがロッドフォード家らしいお別れなのだから。
今生のお別れではない。
また会える。俺の魔法があれば、いつでも。
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