574.精霊王は眠りにつく
ユグドラシルの巨体が、静かに俺たちを見下ろしていた。
その声は、かつてないほど柔らかく、どこか悲しげでもあった。
俺たちは思わず顔を見合わせる。
そして、俺は真っ先に口を開いた。
「……謝る必要なんて、ないだろ」
静かに、だけど確かな声で告げる。
「精霊界を救ったのは……ユグドラシルさんなんだ。俺たちは……ただ、見てただけだよ。なのに謝るなんて……」
「その通りなのじゃ……!」
エリスお嬢様、テンちゃんは微笑みながら頷き、サヤも目元を拭ってうなずく。
皆が同じ思いだった。あの戦いは、ユグドラシルにしかできなかったのだから。
正直、今の俺たちじゃ例え全開だとしてもタルタロスを倒すことなんてできなかった。
「うむ……そうか。そう言ってくれるだけで……十分だ」
その時だった。
――カァァァァァァァ……!!
ユグドラシルの身体が、再び光を放ち始めた。
まばゆい金色の光が、樹々を照らし、空を染める。
まるで神話の幕が閉じるような、荘厳な光景だった。
「な、なんだ……!?」
「身体が……散っていく……?」
俺たちが驚く中、彼は静かに語り出す。
「……我の力は、既に限界だ。タルタロスとの決戦で、魂すら削り尽くした……」
ユグドラシルの身体が、徐々に透けていく。
「我は休息をとるため、世界樹と融合し、暫しの眠りにつくのだ」
「え……それって……」
「うむ。今の我は個としての精霊王ではなく、存在としての世界樹となる。
精霊王ユグドラシルから芽吹くのは――世界樹ユグドラシル」
その言葉の意味を、俺たちはすぐに理解できなかった。
だが彼の身体が、ゆっくりと光の粒となり、世界樹の中心へと溶け込んでいく様子を見て――それが別れであることを悟った。
「ユグドラシルさん……!」
「感謝するでござる……!」
「また、どこかで――」
「うむ……必ず、どこかで」
ユグドラシルは最後に、確かに微笑んだ。
――そして。
彼の姿は完全に光と同化し、世界樹の幹の中へと溶け込んでいった。
精霊王ユグドラシル――転生完了。
新たなる姿:世界樹ユグドラシル
その瞬間、精霊界全土に、新しい風が吹いた。
温かく、優しく、そして未来へと続く風だった――




