526.エリスの成長(3)
超級光魔法【ディヴァインヒール】。
それは【ヒール】【エクストラヒール】など、あらゆる回復魔法の頂点に位置する光の魔法。
癒しの波動は世界の理をねじ曲げ、肉体を蝕むどんな致命傷でさえ瞬時に再生させる。
その光が放たれた瞬間、地面のひび割れにまで淡い金色の輝きが流れ込み、周囲の空気が澄み渡っていく。
「な…光魔法【ブレッシングブースト】を三人にかけながら超級光魔法を完全詠唱!?」
アルテナの声には驚愕が滲んでいた。
強化系と回復系――この二つの魔法系統は、どちらも緻密な魔力制御を必要とする。
力任せに放つ攻撃魔法と違い、魔力の流れを一点の乱れもなく制御しなければ暴発すらしかねない。
それを同時に、しかも複数人分行うなど、常識では到底ありえない。
それでもエリスはやり遂げていた。
眩い光をまといながら、彼女は神域のような静けさを保って詠唱を続けている。
とはいえ、エリス一人で全てを支えているわけではない。
「はぁ…はぁ…妾だけではない。優秀な魔導士が補助をしてくれてるおかげじゃ」
息を整えながらエリスは隣に視線を送った。
光に照らされたシルフの横顔が見える。額に汗を浮かべながらも、その表情には誇りと決意が宿っていた。
「い、いえ、補助しているとはいえこんなことできるのは凄いことですよ…!」
シルフは控えめに言いながらも、心の底からの敬意を滲ませていた。
その声に、わずかに笑みを浮かべるエリス。
「…一流と言われる魔導士でもこんな芸当ができるのはどのくらいいるのか…素晴らしい研鑽ですね…」
アルテナの言葉は、光の中心で戦うエリスへの賛辞だった。
彼女自身もかつて魔法学の最高峰に立つ存在だったが、今見ている光景はそれを超えている。
エリスの掌から放たれる魔力は、繊細な糸のように空気を震わせながら三方向へと流れ、サラマンダー、ノーム、ウェンディーネを包んでいた。
その光が一瞬ごとに濃く、そして薄く脈動している。
「(もしかしたら将来…私を超える魔導士になるかもしれません…楽しみですね)」
アルテナは静かに目を細めた。
その心に灯るのは焦燥ではなく、未来への期待。若き才能が放つ輝きに、彼女は確かな希望を見た。
シュウウウウ――。
やがてアルテナを包んでいた光が静かに弱まり、霧のように空気へと溶けていく。
「はぁ…はぁ…こ…これで…大丈夫かのう…」
エリスは両膝を震わせながらも立ち続けていた。
魔力は限界に近く、体からは湯気のように魔素が漏れ出している。
【ブレッシングブースト】と超級光魔法【ディヴァインヒール】の併用――
その負荷は尋常ではなく、しかもここへ来る前には大教会本部守護精霊の四人を癒やしているのだ。
魔力の底が見えかけている中、それでも彼女はアルテナを完全回復させることに成功した。
「も…もう…【ブレッシングブースト】がもたんのじゃ…早く助けに行くのじゃ…」
声が震えている。魔力の糸が切れかけているのを、誰の目にも明らかだった。
もうすぐ、ノーム、サラマンダー、ウェンディーネにかけている強化魔法も消えてしまう。
「…もう少し時間をくれませんか? 私の最大火力の魔法でエリシアを倒します」
アルテナが静かに立ち上がる。
体の傷は癒えても、魔力までは完全ではない。だが、その瞳には再び戦士の炎が宿っていた。
エリシアを倒すには今のままでは足りない――それを理解していたからこそ、彼女は【ブレッシングブースト】の延長を求めた。
「ぐぅぅ…し…仕方ないのじゃ…!」
エリスは唇を噛みしめ、魔力の残滓をかき集めるように両手を組んだ。
光がわずかに再燃し、消えかけた魔法が再び息を吹き返す。




