働き者の第三王子はゴールインして安心したい
『幼馴染の副団長は ちょっと乱暴 猪突猛進』の続きです。
前作を読まれていない方は、先にそちらを読んでいただけると幸いです。
「1年後だな」
「え?」
「私とて、兄として早く結婚させてやりたいが、お前もジャンヌも仕事が詰まっている。儀礼を欠くことに目を瞑っても、予定というものがある。
早くても1年後だ」
王太子である兄が差し出した書類を確認した。
王室と教会の行事スケジュールをすり合わせると、確かに1年後まで余白はなかった。
「そんな…」
「まあ、どうしてもというなら駆け落ちという手もあるな」
何が悲しくて、全方位から祝福された婚約を結びながら駆け落ちせねばならないのか?
「何もしてやれなくて、済まない」
兄上、目が喜んでます。
弟の困惑を眺めて、ストレス解消をしないでほしい。
私は、この国の第三王子パトリック。
幼馴染の侯爵家令嬢ジャンヌとこの度めでたく婚約した。
王子という身分に生まれ、結婚については自分の意思だけでは決められないと子供のころからわかっていた。
思春期に入って、自分がジャンヌを好きなのだと気付いた。
だが、元気いっぱいで日々剣を振るう彼女を見ていると、私の伴侶となることで窮屈な思いをさせたくなかった。
まあ、告白する勇気が持てなかっただけかもしれない。
この国には王子が5人いた。
第一王子であったガストン兄上は、才女である婚約者グレース嬢に引け目を感じ、王子の責務から逃げてしまった。
結局、廃嫡されて辺境預けになった。
その心情は、わからなくもない。
自身の不足を補って余りある妃。
ただ、頼ればよかったのだ。
それを頭で理解できても、心が呑み込めるかは別問題だろう。
幸い王太子にならずに済んだ私も、王子という偶像と自分のギャップに悩んだこともある。
心が捻じ曲がらなかったのはジャンヌのお陰だ。
身分などお構いなしに、私を小突き、励まし、つまらぬことを笑い飛ばしてくれた。
そんな彼女にやっと自分から告白した。
あの時は平静を装ったが、二度は出来ない。
一世一代というやつだ。
だが、そこから先が進まない。
何故なら、ジャンヌも私も忙しい。
ジャンヌは近衛騎士団の副団長。
外部との折衝やら書類仕事やらで多忙な団長に代わって、部隊の指揮においては実質のトップ。
…そう言えば、ジャンヌに扱かれているらしい若い団員が、顔を合わすたび
「王子殿下、まだ間に合います! 他に嫁にふさわしい令嬢は山といらっしゃいます!」
と力説してくるが、意味が分からない。
現在、王太子の地位についているのは第二王子であるレオンス兄上。
レオンス兄上は、頭が切れる。
王太子になった途端、かなりな量の政務を陛下から割り振られたくらいだ。
どちらかといえば参謀タイプなので、長兄を王に据えて自分は裏で暗躍するつもりだった。
表で協力の姿勢を示しながら、裏では自分の思い通りに事を進めるはずだったのに……と、王太子になることが決まって、弟の目の前で本心をぶっちゃけていた。
王様になったら自分の好きなようにできるでしょう、と言うと
「甘い! 王になったら周りに言うことをきかせるために、いい顔したり、餌を撒いたり、派閥のバランスをとりながら人望を上げなければならんのだぞ!」と息巻いた。
挙句に私の肩をがっちり掴んで
「面倒な王太子を引き受けてやったのだから、お前は私のために働け!」
と、命令してきた。
もちろん、国のために働くのは本望だ。
そもそも頭がよく、目配りがきくレオンス兄上。
命じられる仕事も納得がいくものばかりだし、私で力が及ばない場合は手助けできる者を手配してくれる。
ちょっとだけ問題があるとしたらストレス解消のために、小さな悪戯や悪意を感じない意地悪を私にぶつけてくることだ。
まあ、兄上も甘えられる相手は少ないだろうから、多少のことは我慢だ。
「ところで、アルノーの洗礼式の準備はどうだ?」
「大切な式ですから、滞りないよう準備しています」
「そうか」
アルノー王子はレオンス兄上の長男。
私の甥っ子だ。
この国の教会では、子供が3歳まで育ってから洗礼を行う。
「教会内に入れるのは身内だけだが、その日に身内になる者も招待して構わん」
「兄上?」
「警備を仕切るのはジャンヌだったな」
「兄上!」
「一週間なら休暇を取ってもよい」
「ありがとうございます!」
「うまく采配しろ」
「はい!」
洗礼式は一か月後。
参列するのは家族、つまり王族だけだが、実際は警護の騎士も教会内にいる。
そして、結婚式は書類と本人たちが揃っていれば挙げられる。
教会で王族が揃い、花嫁もそこにいる。
あとは花嫁の親族に来てもらえれば、世間に認められる式としては十分だ。
早速、ジャンヌに連絡を入れた。
翌日の午後、ジャンヌが私の執務室を訪れた。
側近や文官は気を利かせて出て行く。
兄上との話の内容を説明すると、笑顔で了承してくれた。
侯爵ご夫妻に参列してもらえるかと問えば、丁度、王都に滞在しているから大丈夫だという返事だった。
ジャンヌのご両親である侯爵夫妻は、どちらも武道に関わりが深い方だ。
侯爵は軍に属していたこともあるが、今は剣の師範として活躍されている。
侯爵夫人は体術の専門家で、王城内で女性向けの護身術を指導することもある。
平民の指導にも積極的で、請われれば遠方でも赴くそうだ。
自警団や、ついでに婦人会の連中を鍛えては、うまい地酒を飲んで機嫌よく帰って来るのだとジャンヌに聞いたことがある。
その後は結婚式の後の休暇を勝ち取るべく、馬車馬のように働いた。
一か月後、甥っ子の洗礼式が厳かに行われ、続けて後に『前代未聞! 王室のゲリラ結婚式』と呼ばれることになる私たちの結婚式が敢行された。
自分の発案にもかかわらず、レオンス兄上は驚いた顔をした後『やれやれ、しょうがない弟だ』という演技で株を上げていた。
抜かりがない人だ。
ジャンヌは教会での警護用に白い騎士服だったので、エミールがベールとブーケを用意してくれた。
私とジャンヌが祭壇前で誓いを終えると、義姉上である王太子妃殿下と義妹であるグレースが顔を赤くしていた。
後で聞いたら『美男子二人の結婚式みたいで、倒錯的な魅力に萌えました』と、また赤面した。
しばらく後、王子と近衛騎士の男性同士のラブロマンス小説が密かに女性の間で流行ったそうだ。
まさか、義姉と義妹が関わっているなんてことはないはずだが…
式の後、ジャンヌと二人、馬の早駆けで半日ほどの別荘に向かった。
あまり王都から離れるべきではないし、まあ、なるべく二人でゆっくりしたいというのが本音だ。
ジャンヌも私も自分の身の回りのことは自分で出来る。
滞在用に特別に用意してもらったのは料理人くらいで、あとは普段からそこにいる別荘の管理人たちに任せた。
ほとんどが元は王宮勤めの者たちだ。
子供の頃の私たちを知っている者もいて、二人の結婚を喜んでくれた。
夕食には、王城で食べるものとは少し違う食材を使った田舎料理が出た。
ワインも庶民的な銘柄の気取らないもの。
私たちの好みをよくわかってくれている。
さて、そのあとは初夜というやつである。
夫婦になったのだから、当たり前に寝室は一緒。ベッドは一つ。
ジャンヌは裾の長いシャツタイプの、色気皆無の寝間着を着ていた。
…嘘だ。動くと裾から覗く素足に十分煽られていた。
手袋をしていない素手、いつもは騎士服の詰襟で見えない首や鎖骨。
当たり前に存在していたものが可視化されただけで、こんなにも色気を感じるものなのか?
感じているのは自分だけで、ジャンヌはそうではないかもしれない。
用意されていたシャンパンを飲みながら、平静な顔で私の隣に座っている。
「疲れたか?」
「いや、それほどでは。ウェディングドレスを着なければいけない、となったら疲れただろうなあ」
令嬢とは思えないことを言って笑っている。
「夜会でドレス、着ているじゃないか」
「あれは、万一の時に動きやすくなっている特別製だ。
普通のご令嬢仕様のドレスと靴なんて身に付けようものなら、3歩で転ぶぞ」
「そういう時は、私がエスコートしよう」
「…そうだな。うん、頼む」
疲れていると返事があったら、今夜はこのまま眠るだけにしようと思っていたが。
「パトリック、悩むな。時間がもったいない」
「ん?」
「疲れていたら初夜を持ち越し、とか考えているんだろう?」
シャンパンを吹きそうになった。
「明日、何かが起こるかもしれない。油断は禁物だ。
有事となれば、二人ともすぐに駆け付けねばならん」
軍人だ。彼女は紛うことなき軍人だった。
グラスをテーブルに置いて、ジャンヌを抱き寄せた。
口づけすると、恥ずかし気に応えてくれる。
「ジャンヌ、キスがうまい」と言えば
「キスは初めてじゃない」と答える。
「…誰と?」
つい、訊いてしまった。
ジャンヌは目を伏せながら
「…ジョン一世と、ジョン二世と、ジョン三世と、ジョン四世と」
次々と名前を揚げていく。
そして、堪え切れず吹き出した。
ジョンは侯爵家の飼い犬に代々受け継がれている名前だ。
私も子供の頃に、一緒に遊んだ記憶がある。
あれは、何世だったっけ?
犬の話はこの次にして、私はジャンヌを抱き上げた。
彼女は神妙な顔で、ベッドまで大人しく運ばれた。
◆・・・◆ ◆・・・◆ ◆・・・◆ ◆・・・◆ ◆・・・◆
翌朝、目覚めればベッドにジャンヌはいなかった。
階下に降りてみると「奥様は裏の畑でお見かけしました」と言われた。
奥様。新鮮な響きだ…。
元王宮庭師が中心になって作っているという畑は、広く美しい。
観賞用の庭では見ることのない野菜や果物でも、こんなに綺麗な花が咲くものがあるのかと感心した。
ジャンヌは庭師や馬丁たちと一緒にいた。
「おはよう」
「おはよう、パトリック」
「おはようございます、殿下」
頑丈そうな檻が置いてあった。ジャンヌの顔を見ると教えてくれる。
「イノシシ用の罠だ」
最近、この辺りでやっかいなイノシシが暴れまわっているらしい。
大きくてすばしこく、なかなか捕まらないのだそうだ。
この別荘では、まだ被害が無いがいつ畑を荒らされてもおかしくない。
使用人たちから馬での移動はともかく、徒歩であたりを散策するなら相当気を付けてほしいと言われた。
少し考えこむ様子のジャンヌは、おそらく持って歩く得物の算段をつけているに違いない。
確かに野生動物の奇襲はやっかいだ。
万一、それが元で私が死んだりしたら、外聞を考えて病死になるんだろうか、などと考えてしまう。
昨日、結婚したばかりなのに、一晩過ごしただけなのに、まだ死にたくはない。
目を上げればジャンヌが私を見ていた。
その目は『また、つまらないことを考えているだろう?』と笑っていた。
朝食のために建物に戻ろうとすると鳴子がなった。
聞きなれない音がすると思う間もなく、イノシシが近づいてくるのが見えた。
対処法がわからず、ジャンヌに視線を向ける。
ジャンヌは声を出さずに『動くな』とだけ告げた。
彼女は素早くあたりを見回し、使えそうなものを探す。
馬丁が小さな声で「俺が囮に…」と言いかけた。
私はそれを、首を横に振って制した。
下手なことをすれば、ジャンヌの邪魔になる。
人間の気配に怖気づくことなく、真っすぐこちらに向かってくる大イノシシ。
次の瞬間、ジャンヌがイノシシに向かって重そうな薪を投げた。
眉間に命中したが、わずかに速度を落としただけでそのまま近づいてくる。
しかし、薪をぶつけたことでターゲットが絞られた。
イノシシを十分に引き付けたジャンヌが飛び上がり、体重をかけて薪割り斧を脳天に叩きつける。
どうと倒れたイノシシに駆け寄った馬丁が、とどめを刺した。
朝食が出来ていると知らせに来た料理人が、倒されたイノシシを見て喜んだ。
処理やら熟成やらで滞在中に食べることは出来ないが、加工して送り届けると約束してくれた。
ジャンヌはすかさず、ベーコンを注文する。
その後は収穫を手伝ったり、釣りをしたり、明らかに二匹目のイノシシを狙っている装備のジャンヌと散策や乗馬をしたり。
王都に帰る前日には、使用人たちにも参加してもらい別荘の裏庭でバーベキューパーティーをした。
熟れている野菜や果物は、すぐそばの畑から取り放題で超新鮮。
「食べられる庭もいいな」とジャンヌが言う。
言わんとしていることはわかるが、庭を食べるな。
ここに来たのは正解だった。
一週間を、ここまで有意義に過ごし、満足できることなど滅多にない。
上機嫌のジャンヌと二人、王都への出発時には皆によくよく礼を言った。
王都に帰ると、また兄上に山と仕事を押し付けられた。
十分に英気を養ったことでもあるし、しばらくは楽しく働けそうだ。
改装を終えた私の部屋には、騎士寮からジャンヌが引っ越してきた。
持ち込まれた荷物は最小限だったが、王族になった彼女のために夜会用のドレスやら装飾品が届いていた。
空いた時間に、ドレスでの身のこなしを練習するのはいいが、どう見ても、その隙を縫って武器の隠し場所を工夫するほうが楽しそうだった。
週に2度は、ダンスの練習室で侍女にピアノを弾いてもらい二人で踊った。
もう、3分で転びそうもない軽やかな動きに見惚れていると、私のほうが置いて行かれそうだ。
ジャンヌの練習に付き合っていたつもりが、大真面目で取り組む羽目になった。
別荘から加工されたイノシシが届き、休暇の土産代わりに騎士団の事務棟に持って行く。
事務室に入っていくと、騎士たちが礼をとろうとしたが手で制した。
イノシシの干し肉を出すと歓声が沸く。
私が戻ろうとすると、ジャンヌを娶るのに異を唱えていた若い団員が話しかけてきた。
「第三王子殿下は、かなり鍛えていらっしゃるんですか?」
騎士団員から見て、鍛えているというほど鍛錬してはいない。
どういう意味か、と問おうとしたときジャンヌが部屋に入ってきた。
「だって、副団長の側に寄ると…」と言った後、彼はジャンヌに近づく。
礼をしてすれ違い、すぐに踵を返して彼女に腕を伸ばす。
次の瞬間には、ジャンヌの一本背負いが決まっていた。
「さすがに、もう遠慮したらどうだ?
副団長は第三王子妃殿下になられたのだし」
若いのは先輩団員に窘められている。
「私はかまわないぞ」ジャンヌは笑って言う。
「どういうことだ?」と問うた。
「私に隙があれば、いつでも襲い掛かってこいと言ってある。
一本取れれば一人前だ。
不甲斐なく一本取られたら、私が引退ということもあるな」
若いのは驚いていた。
「え? 副団長から一本取れたらご褒美がもらえるのでは?」
「ちょっと待て! 誰もちゃんと教えていないのか?」
そこにいた騎士たちの目が泳いだ。
「皆、たまには初心に帰って訓練場で走りたいのではないか?」
全員が揃って敬礼し、素早く廊下に出て行った。
後に残った事務職員が目を丸くしている。
夜、部屋でくつろいでいる時、ジャンヌが事の真相を話してくれた。
「そもそも、各団長以上になったら緊張感を保つために、任務以外であれば不意打ちを受ける覚悟をすべしという伝統があるんだ」
古い伝統なのでほとんど形骸化して、挑戦者も少ないのだという。
「しかも、私が女性初の副団長に就任したので遠慮されてしまった」
最近はセクハラも厳しいからな。
「それで、例の若い団員が説明も受けず勘違いしてしまったのだな」
「ジャンヌとの結婚を止めておけと、何度かアドバイスされたが」
「それは…別問題だな。もう少し扱いてやらねば」
パワハラにならない程度にな~。
「まあ、その、私に何か強請るためには一本取らなければならないと思ったようで」
「うん」
「つまり…夫婦の生活の中で希望があれば、パトリックが私に挑戦した挙句投げられているのではないか、と思ったらしい」
あーいやー、わかるような、いや、何でそう考えたのかわからんな。
「あいつの考えることはわからん」ジャンヌも苦笑いだ。
「団員の前で弱さは見せられないからな」
そう言われて、あれ? と思った。
「プロポーズした日、悪酔いしてたがあれは?」
「騎士団の連中と飲んで、酔ったことなんてない。
あれは、お前の前だったからだ」
ジャンヌを抱き上げて運んだ時、皆が驚いていたのは、そういう事情もあったのか。
少し照れた様子の妻に口付けた。
結婚後初の王城での夜会に出席した。
特別な名目のある夜会ではなかったが、目玉はゲリラ結婚式のあと初めて夜会に出席する第三王子夫妻、つまり我々だ。
ジャンヌは広がりを抑えたAラインのドレスに、髪をアップにしてティアラを着けている。
任務中はセミロングの髪を簡単に縛っているだけなので、ぐっとイメージが変わった。
件の若い団員が彼女を見て赤面していたので、もう無謀な挑戦は止めてもらえそうだ。
王太子夫妻に続いて広間の中央で踊った私たちに、賞賛の視線が集まった。
嫉妬の視線も感じるが、切りが無いので無視だ。
元々ご婦人方に人気があったジャンヌだが、今日のドレス姿で新規開拓は間違いないだろう。
踊り終えた後でレオンス兄上に嫌味を言われた。
「エミールといい、お前といい、私の地位を脅かすような立派な嫁をもらってくれるものだな」
そのくせ、王太子妃殿下である義姉上の腰に、しっかりと腕を回して離さない。今日もべた惚れで結構なことだ。
夜会の後、寝室で今日の反省会をした。
「ヴォロディーヌ伯爵夫妻にダンスを褒めてもらったのは嬉しかったな」
「それは嬉しいが、あのご夫妻はダンスの権威なのか?」
ジャンヌはキョトンとしている。
今、貴族家でダンスを教えているのは皆、ヴォロディーヌ伯爵夫妻の弟子たちだ。
「武は舞につながるそうだ」
「そう言われると、ダンスも奥深いな」
実際、この夜会もジャンヌなりの奥深いものになりかねなかった。
警備体制は十分なので、武器は一切身に付けないでいいと説得するのに、あんなに骨が折れるとは思わなかった。
最後の抵抗で靴のヒールを特別な合金製にしようとしたが万一、私が足を踏まれたらシャレにならない。
私が困ると言うと、そこはアッサリ諦めてくれた。
「子供が出来たら、騎士団も引退だ」
「いいのか?」
「子育ても騎士団も片手間では出来ないからな。
それほど私は器用じゃない」
とはいえ、人使いの荒いレオンス兄上のことだ。
顧問だの監督だのと、ジャンヌを引っ張り出すに決まっている。
その時には、しっかり交渉して高給を分捕らねばならない。
そう言えば、王家からの結婚祝いをもらったのだった。
「この前行った別荘を、結婚祝いにくれるそうだ」
「食べられる庭か!」
いや、庭を食べるなってば。
「イノシシの加工が上手かったので、料理人も別荘に勤めてもらうことになった」
「そうか、楽しみだ。また連れて行ってくれ」
「ああ、もちろんだ」
「…あ、言葉遣い直したほうがいいんだろうな」
ジャンヌは言葉遣いが気になり始めたようだ。
まあ、2人の時や騎士団では、なかなかに男らしい話しぶりだからな。
「かまわないだろう。公務の時は、ちゃんと喋っているんだし」
「お前は気にならないのか?」
「ジャンヌが楽な方でいい。突然かしこまられても照れそうだ」
「あなた、とか?」
何気ない三文字に沈黙が降りた。
「…確かに照れる」
赤くなって呟いた可愛い妻を、私は思わず抱きしめた。