人魚とイルカ
『珊瑚樹の森にて』
暁の
あの珊瑚樹の森で
わたしは今日もあの人を待っている
わたしのあの人は村の漁師で
夜明けに小さな舟で海へ出て
日が沈まないうちに帰ってくる
海は
海は
いつも豊かで
珊瑚樹の森と海藻の林には
魚が烏賊がクラゲが蛸が
渦巻いて隠れて遊び疲れて
母なる海は
生き物たちを育み抱く
その恵みを人にも分けて
ただひたすらに
全てを満たす
偉大なる円環
母なる海は
命を繋いで輪を回す
波が渦巻く
飛沫が撥ねる
風は逆巻く
舟は揉まれる
わたしのあの人は
村の漁師で
小さな舟で
夜明け前に…
わたしはあの人を待っている
結ばれない許されない恋人だったけど
それでもわたしは待っている
海藻の林のむこう
小さな小さな人魚のままで
白真珠の貝に守られて
わたしは今日もあの人を待っている
小さな小さな紅色の人魚のままで
暁に輝く
あの珊瑚樹の森で
『瑠璃色の波に乗って』
舟は壊れてしまったけれど
波に揉まれて手に入れた
新しい体は水に強くて
海を自由に跳ね回る
波を自在に乗りこなす
君はまだ待っていてくれるだろうか
君はぼくを気に入ってくれるだろうか
新しいこの体を
君の紅色の美しい半身と違い
また鱗のない体だけど
君は受け入れてくれるだろうか
母なる海が背中を押す
与えた体で行けと押す
ぼくは泳ぐ
君の待つ浅瀬へと
生き物たちが営み暮らすあの浅瀬へと
瑠璃色の波に乗って
輝く朝日を連れて
白真珠が守る
あの桃色の珊瑚樹の森へと