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小言な勇者と魔法使い  作者: 地蔵
ベルリ編
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魔剣士ヴァネロ

魔剣士ヴァネロと称する骸骨剣士が廃城に巣食い、付近を往来する人々を襲っていたという。生前も名のある剣士であったヴァネロはベルリ王国近くのスイ王国の騎士であった。しかしその城は今より数百年前に魔族の侵攻を受ける。ベルリ・スイ両王国は共に魔族に対抗するも、国力の弱かったスイ王国は占領されてしまう。最後の一人となるまで決死で戦い抜いたヴァネロであったが、多勢に無勢、王の玉座を庇うようにその命を絶った。騎士を絵にかいたような男であった彼が死してなお、城を守り切れなかったことを悔いたことは想像に難くない。はじめは後悔であった想いも徐々に憎悪へと変わり、強力な魔剣士として転生し、スイの廃城に住み着いたという。その姿は生前とはかけ離れ、全身真紅の骸と化し、言葉を話すことはなく、いまだに夢の戦の中で勇んでいる。人と魔物の区別もつかず、ただただ目にする者を屠る。彼は廃城の、朽ちて丸見えになった玉座の間に剣を掲げて立っている。玉座を守るように。亡き王と城の面影に縋るかのように。

 「 あれが、そうよ 」

 ロアンヌは騎士の男と勇者、そして何人かの部下を引き連れ、今にも崩れ落ちそうな玉座の間を指さす。階下からでも伺えるその骸骨剣士の居様は強烈な殺気を放っており、ロアンヌの部下たちの中には耐えきれず、嘔吐してしまう者もいる。

 「 なんだ…あれは… 」

 ロアンヌの隣で巨斧を構える男も、嘔吐まではしないまでも、立っているのがやっとといった様子である。

 「 グンテ、無理はしないでね。あなたまで失いたくはないわ 」

 「 姉御、馬鹿にしてもらっちゃ困ります、っと言いてぇところですが…こればっかりは 」

 「 ここにはアイツしかおらんのですか ? 」

 勇者がロアンヌに尋ねる。ロアンヌは勇者の平然とした様子に驚愕しつつ答える。

 「 彼が出現するまでは魔物が巣食っていたわ。何度か討伐しようとしたけれど数が多くてね。けれど、彼が出現すると、城の魔物はいなくなった。恐らく皆殺しにされたんだろう 」

 「 へぇ。っで、魔物以外にも人も襲ったりもするんや 」

 ロアンヌは頷く。グンテはそろそろ精神が限界のようでふらつきだす。ロアンヌの部下たちも獲物を杖代わりにして立っている。勇者は周りを見まわたした後、剣を抜き、階段を上る。

 「 お、おい ! 単身で乗り込むつもりか !? 」

 グンテが声をあげ、勇者を制止しようとするも、力の配分が崩れたのか、その場に倒れこむ。周りの部下たちが這いずりながらグンテの周りに集まる。グンテは、構うな ! と部下を散らす。

 「 大丈夫や。僕はこういうの慣れとるから。ちょっと、話してくるわ 」

 「 ? 」

 ロアンヌはグンテに肩を貸し、立ち上がらせながら勇者の言葉に顔をしかめる。


 玉座の間は老朽化が酷く、風が吹くたびに瓦礫や、破れた絨毯が躍る。昼時であるというのに薄暗く、空気は淀んでいる。腐敗した魔物や人間の死体は強烈な臭いを放つ。その空間自体が死を連想させる。勇者は鼻をつまみながらヴァネロの前まで進む。ヴァネロは未だ動く気配はない。勇者がヴァネロの間合いに踏み込んだ瞬間、微かに動きを見せる。その後、金属音が響きわたる。その音を聞きつけ、ロアンヌが階段を駆け上がる。玉座の真ん中で、2人の剣が交差する。両者一歩も譲らない鍔競り合い。動きを見せる度に小さな火花が散る。

勇者は涼しげな顔でヴァネロを見つめる。ヴァネロの骸と化した顔からは表情は読み取れない。

 「 お前、何がしたいんじゃ ? 」

 鍔競り合いの体勢のまま、勇者はヴァネロに問いかける。ヴァネロは何も返さない。勇者はやめず、小言を浴びせる。

 「 お前、城を守れらんかったんが辛かったんかい ? 後悔しとんのかい ? ほんで、そんなガリンガリンになってまた出てきたんかい ? 」

 ヴァネロは何も答えない。しかし剣に込める力が強くなる。勇者はそれをそのまま押しのける。勇者の剣がヴァネロに近付く。ヴァネロは少し驚いた様子を見せる。

 「 いつまでも昔のことでメソメソメソメソしやがって、キショいんじゃ ! お前も男なら、最後、華々しく散れたことを誇りに思わんかいボケェ ! 」

 勇者が怒鳴ると同時にヴァネロは弾き飛ばされる。滑稽なほど尻もちを打つ。勇者は瞬時にヴァネロの前まで跳ぶと、切っ先を額に向ける。ヴァネロは動けない。ロアンヌは目を丸くしながら、微かに顔を紅潮させる。切っ先を額に残したまま、勇者はかがむ。

 「 いつまでだんまりしとんのじゃカスゥ ! 無口な男がモテた時代は終わったんじゃボケェ ! 」

 「き、き、貴様、何者だ ? 」

 ヴァネロが口を開く。しゃがれた声。音にならないような声だ。その瞬間ヴァネロは殴打される。また吹っ飛ぶ。

 「 喋れるんやったら初めから喋らんかい ! なんや ? ずっと無視しとったんかい ? こっちが気利かしてサービストークしとんのに、お前、無視しとったんかぁい !? 」

 勇者の意味の分からない怒号がその場を震わせる。その様子を見ていたロアンヌもその声にのけ反る。ヴァネロはなぜ殴られ、怒鳴られているのか意味が分かっていないようだ。

 「 後悔してこっち帰ってきたんはええわ。ほんで自分の城の魔物掃除したんもええわい。キショいけど許したるわ。ほんでも、お前、お前…。人様傷つけんのはお門違いじゃろうがあホンダラァ ! 筋を通せ、筋を。なんや、骸骨なったんでもう正常ではありません。ってか ? うっさいんじゃボケ ! 死ね ! 喋んな ! 今俺が喋っとんのじゃ ! あと、格好をつけるな。一回散った癖に、恰好をつけて剣とか掲げるな。一番ダサい。ずっと下から見てたけど、もうサブすぎて引いた。死ね。あと四回死ね… 」

 勇者の機関銃のような罵詈雑言は止まらない。ヴァネロが劣勢になったからだろうか、先ほどまでロアンヌ達を襲っていた殺気は薄れ、皆、玉座の間の前でその光景を見つめる。あの凶悪な存在であったヴァネロが、今や言われたい放題である。ヴァネロ自身も勇者の言葉が刺さっているのか、俯き加減で固まってしまっている。そんな相手にも勇者はお構いなしし言葉を浴びせる。もう剣すら持っていない。先ほど怒鳴りながらヴァネロの方に投げつけていた。伝説の勇者の剣を投げつけた。

 「 う、うるさい ! お前に何が分かると言うのだ ! お前に私の苦しみが分かってたまるか ! 私の ! 私の ! 守りたかったものを… 」

 ヴァネロはその場でうなだれる。勇者はしばらく無言で見つめている。投げつけた剣を拾い、鞘に納める。ヴァネロは最早、攻撃に転じる様子は無い。

 「 僕がおるから。僕強いやろ ? 勇者やねん。お前ができへんことできんねん。だから僕に任せとって。もう死んで。僕がおるから 」

 勇者のその言葉はぶっきらぼうで、粗暴で、ゴロツキのソレではあった。しかし、確かにその言葉には光が宿り、その場に居合わせた者の心を温かにし、喜ばせ、解した。それはヴァネロも例外ではない。勇者の言葉に、ヴァネロは礼をする。ありがたい。勇者殿。ヴァネロはそう何度も呟き、剣を自身に突き立てた。勇者は中指を突き立てる。

 「 次帰ってきたら、ウンコ喰わす 」


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