ヴェネア大聖堂
「」内のhは笑い混じりで話している様子と思って頂ければ。
お粗末様です。
神聖なる水の都「 ヴェネア 」
広大な川の上に建立された白を基調とした建物群。それらが川へと反射し、その上をスーっと小舟が行き交う。なんとも幻想的かつ神秘的な都である。
位置している場所の関係もあり一年中暑く、富豪達のバカンス地としても人気のある場所だ。
都の一番奥には、まるで神のおわすところとさえ思うほど、美しく、巨大な神殿が鎮座している。
そこには各地から、神官や聖騎士を目指す若者達が訪れ、厳しい修練に励んでいる。
ヴェネア大聖堂最高聖騎士と名高いディバ卿は、史上最年少で聖騎士となり、魔竜ジャイコンを討伐した英雄の一人である。
彼女の活躍が、今の女性冒険者達の礎となっていることは、もはや言葉にするまでもない。
ディバ卿は、勇者と魔法使いの前に座し、美しい瑠璃色の瞳を二人に静かに向けている。
「 悪魔の口から、見事生還なされました。まずはご無事で何よりでございます。勇者様、魔法使い様 」
小鳥の鳴き声のような、鈴の音色のような美しい声が、広間にこだまする。その声がひっそりと壁や床、天井などに染み込むような、そのためこれほど神聖な空間になっているような、そんな気にもさせる。
「 ありがたきお言葉 ! こちらが依頼されていた品物でございます ! 」
勇者は膝をつき、頭を下げながら頭の位置に刀をあげる。鞘先から柄の尾まで、漆黒で仕立て上げられたその刀は、重々しく、また、なぜか哀しげさえ感じる。
「 本当に、感謝しております。これで亡き友も救われたことでしょう 」
ディバ卿は椅子から立ち上がり、勇者の前まで近寄ると、深々と礼をする。黄金の長い髪がそれに伴い床に着く。花の香りがふわりと舞う。
ディバ卿は頭を上げると、両手で丁寧に、まるで友を抱き寄せるかのように、優しく刀を受け取る。
勇者は軽くなった両手をゆっくりと戻し、頭を上げる。
「 勇者様、魔法使い様。まだお時間はございますか ? よければ友の話を聞いて頂きたいのです 」
「 もちろん ! 」
「 おい 」
魔法使いが勇者を小突く。勇者はそれを無視して、ディバ卿から目線を離さない。
「 おい 」
魔法使いがまた勇者を小突く。
ディバ卿が不思議な様子で見つめる。
それを察知した勇者は、目の前で首を傾げるディバ卿に断りを入れ、魔法使いを引っ張り上げながら部屋の隅へと移動する。
「 なんやねん。空気読めや 」
「 もちろん ! とちゃうやろがい。話聞く時間なんてあらへんやろが 」
魔法使いは服の袖から、四つ折りになった紙を取り出す。そこには『定期船時刻表』と記されている。
「 今日中に帰る約束やぞ?明日友達の結婚式あるねん 」
「 だからって聖騎士さんのご好意、ムゲにはできんやろ。あの人かって、色々話したいことあるねん。気持ちわかったれや 」
神聖なる広間の隅で、耳打ちで話す二人を見つめる聖騎士と、その側近達。
「 あの…。お時間がありませんのでしたら、ご無理なさらないでくださいね ? 」
ディバ卿が美しい声で、隅の二人に声をかける。
「 大丈夫です。話が聞きたいのです 」
勇者は笑顔で返答する。隣の魔法使いはとっさに勇者の襟首を掴む。
「 しばくぞボケコラ。ご無理すんな言うてくれてはんねん。大丈夫ちゃうねん。あと1時間で最終便出てまうねん 」
「 心配すんな。ちょっと話するだけや。1時間もかかるかい 」
「 なんでそんな自信満々やねん。あの子の友達と、ワシの友達どっちが大事やねん !? 」
「 ディバ卿の友達だ ! 」
勇者はくるりと身を返すと、小走りで聖騎士のもとまで戻る。魔法使いは唖然とした表情で、部屋の隅で固まっている。
「 えっと…。その…。本当によろしいのでしょうか ? 」
ディバ卿は、目の前で頭を下げる勇者と、隅で固まり続けている魔法使いを交互に伺う。
その後、折れた魔法使いがとぼとぼと勇者の隣まで来ると、同じように頭を下げる。
「 手短にお願いします。帰りの便がありますので 」
「 いいえ ! お気になさらず ! なんなら明日の昼まで話して頂いても結構です ! 」
「 ちょっと待てコラ。あかん。ちょッ、来い ! 」
勇者が魔法使いに引きずられる形で、またもや部屋の隅へと移動する。
そしてまた、コソコソと言い合っている。
二人の小言が、本領を発揮する。
お前確信犯やないけ ? なにが明日の昼じゃアホンダラ。あかんぞ ? 今日絶対に帰るからな
明日の結婚式なんて出ても出んでもなにも変わらんやん ? だってなにすんの ? アホみたいな顔しておめでと〜いうて、余興して、酒飲んで終わりやろ ?
余興があるんじゃ ! 友達の好きやった歌を歌うんじゃ !
いや、もうそんなんほんまに要らんと思うで ? 自己満の世界でしかないもん。
ちゃ、ちゃうわ ! 俺がどんだけ血の滲むような練習したことか !
「 結婚おめでとう。君たち二人で未来へhere we go 」みたいな恥ずかしい韻踏むような歌選ぶなよ !? 隣で歌われてたコッチの身にもなれやボケェ
アホか ! お前には大衆音楽の文化的価値が分かってないからそんなことが言えんのじゃ ! 一見恥ずかしいと思うような歌詞にこそ胸に響くナニかがあるねん !
ナニかってなんやねんボケェ !!!
ディバ卿は思わず吹き出してしまう。
側近の者たちは、ディバ卿の笑顔を久方ぶりに見たようで驚き、感動している。
部屋の隅の二人はまだ、結婚式の余興の歌のことでヤイヤイ小言を言い合っている。定期船の話は脱線したまま戻ってこない。そして、もう隅まで行く意味がないほどの声量である。
ディバ卿は我慢できずにケラケラと腹を抱えて笑う。側近の者たちも、その様子に釣られてケラケラと笑う。
神聖なる大聖堂に、これほどまでの明るい笑い声がこだまするのは初めてではないだろうか。
「 やはり hh 伝説 hh の勇者ッ hh さまですね hhh 」
笑い混じりで、目尻に涙を溜めて、ディバ卿は隅の二人を見つめる。
笑い声と小言は、しばらく止むことはなかった。