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……一時間後。
買い出しから戻った私たちは、山と買い込んだ品々を、ふたりでレジ袋から出していた。
なんと私は、ケーキを用意するために、彼女をつれてまたもショッピング街まで出向いたのだった。
といっても、品物選びにまでつきあってやったわけではない。すべて彼女ひとりにまかせ、私は少し離れた道の端で、荷物持ちのために待機した。
イルミネーションは背を向ければ無視することができる。だが音楽はそうはいかなかったため閉口した。私の財布でレジを通った彼女が、スーパーマーケットのカートいっぱいに品物をつんでいるのを見たときは、さらに閉口した。
いま、女の子は上機嫌で鼻歌を──例の明るいリズムだ──歌いながら、買い求めたチキンやポテトのパックを取り出している。小さな白い手が、次から次へとテーブルにそれらを並べる。
もちろんケーキの箱は、一番に冷蔵庫の中に移された。血液パックといっしょの棚にしないよう、彼女に指示されながら、入れたのは私だ。
実は私は、若い女の子をいただく機会をのがしたとは、まだ思っていない。
財布をあずけてまで彼女の望みをかなえてあげているのも、すべては下心あってこそ。そのために、普通なら未成年にはあたえないようなシャンパンやワインまで、買ってくるようお願いした。
場合によっては酔いつぶしてでも、長くこの部屋にいていただこうという計算だ。
それにしても、こんなにたくさん買ってくるとは。
食べ物だけかと思ったら、おもちゃのクリスマス・ツリーやらツリー用のオーナメントやらが、わんさか出てくる。中身までチェックせずに持って帰ってきてしまったが……。
「なんてもったいない買い物をするんだ。今夜しか使わないもののために大枚をはたくとは」
苦言を呈すると、彼女はけろりとして言い返した。
「来年も使えばいいじゃない」
「使わん」
「もう遅いよ、買っちゃったもん。だからいっしょに見てまわろうって言ったのに」
冗談ではない。よりによってクリスマス・イブに、そんなカップルみたいな真似をするのは願い下げだ。
そもそも誰かといっしょにショッピングなんて、それこそもう何年もしたことがないのだ。
「なんでー? 誰かといっしょに選ぶのって楽しいよ」
女の子は言ったものの、そんな話題はどうでもいいようで、クリスマスツリーを箱から出して組み立てはじめた。
茶色いプラスチックの鉢に、やはりプラスチック製の幹を差しこみ、ツリーの頂きにあたる部分を同じく差しこむ。子どもが抱えられる程度の大きさだが、深緑の枝を広げると、なかなかそれらしい代物だ。
これに飾りつけをしてから、クリスマスのディナーに入るというのが、女の子が提案してきた今夜の過ごし方だった。
もう夕飯を食べていてもいい時間なのだが、そこはいかにも女性の感覚で、ムードを楽しみたいらしい。
別に空腹なわけでもないので、彼女の気がすむまで飾りつけてもらうことにして、私はその時間をパソコンとともに過ごすことにした。
良い時代になったもので、いまはワイファイのつながる環境でさえあれば、どんなことだって簡単にできる。
株式売買は昔から私の大事な収入源だが、金融機関の窓口で担当者と顔をつきあわせるような手間も、もはや必要なくなった。何をするにも何を訊くにもメール一本でオーケーだ。
それだけではない。通販サイトが充実しているので、買い物だって昼間に出て行かなくてすむ。直射日光が苦手な体質の私でも、好きな時間に商品を選ぶことができるのだ。
声を聞くことにさえこだわらなければ、キーボードを駆使して、知らない相手との会話を楽しむこともできる。こちらの正体を何ひとつ知らせないままで……。
もしかすると現代社会は、私のように外見がずっと同じ者、夜の時間に生きる者にとっては、最適な場所なのかもしれない。時代は変わった……。
だが。どんなに時代が変わっても、残念なことに変わらないものがある。子どもという存在のうっとうしさだ。
「ねえねえ、ほらこれ、きれいでしょ」
株価の数値の羅列をにらんでいる私に、女の子がしつこく声をかけてくる。
「てっぺんはやっぱり、このお星さまだよね」
「あーそーだねえ」
「ここにつけるのは、どっちがいいと思う? トナカイとベル。あ、天使もかわいいなあ」
「あーどれでもいいんじゃない」
「ちゃんと見てよ。せっかくいろいろ選んだんだから」
気が散って、大事な株価がまったく頭に入ってこない。私は、正式に文句を言おうと彼女のほうを振り返り、おや、と思った。
彼女は床にペタンとすわって、ツリーと向き合っているのだが、てっぺんにつけた星が本当にけっこう洒落ていたのだ。
金と銀の粉をまぶして艶消ししたような色あいで、子どもだましの安っぽさがない。
買ってきたオーナメントのほとんどが、すでに飾りつけられていたが、どれもみんなシックな雰囲気で私の部屋にも合っていた。
「へえ……」
少し興味をひかれた私は、パソコンからはなれると、ぶらさげられたそれらを近くで眺めてみた。
星と同じように艶を消した金色のベルには、セピア色のリボンがついている。トナカイは薄い木の板でできていて、歌になぞらえているのか鼻だけ赤い。トナカイの横では、やはり木製の羽をつけた小さな天使が、細いラッパを吹き鳴らしていた。
たいしておしゃれでもないあのショッピング街に、こんなハイセンスなものがあるなんて、ちょっと意外だ。
だが……最初のうちこそ感心して眺めていたものの、私はしだいになんとも落ち着かない気分を感じはじめていた。
不愉快とまではいかないが、けして歓迎すべきではない、奇妙な気分だ。じっとそれに浸っていると、もとに戻れなくなってしまいそうな……。
たぶん、柄にもなくおもちゃのツリーなんぞを自室に入れたせいだろう。もやもやした気持ちを振り払うために、私はあえてきびしい目つきを女の子に向けた。
「たしかにきれいだが、これはかなり高かっただろう」
「全然。いまどきの百円ショップには何でもあるの。おじさんも、たまには行ってみたほうがいいよ」
そうなのか? もしかすると、通販サイトにあまり頼っていてはまずいのか?
考え込んだ私に、彼女があきれたような目を向けてくる。
「ちょっとおじさん、反応が暗いわね。クリスマスだっていうのに、どうしてもっとエンジョイしようとしないのよ?」
「どうやったらエンジョイできるっていうんだ」
心底うんざりしながら、私はようやく妙な気分から自分を引き離した。
「ヴァンパイアと神さんの仲が悪いのは、大昔から決まっている。ジーザスの誕生なんかを祝う気にはなれないね」
すると相手は、びっくりしたように目をみはりながら、私ににじり寄ってきた。
「まあ……それはちがうわ。誤解ってものよ」
「何が」
「あたしの考えによれば、この世で一番神様に近いのはヴァンパイアなんじゃないかと思うの」
「は?」
「だって十字架が大嫌いなんでしょ? 最愛のイエス・キリストが磔にされたものなんて、見るのもつらくて当然よね」
見るのもつらいのは確かだが、その突飛な説はいったいなんだ?
眉を寄せた私にかまわず、女の子は勝手なおしゃべりを続ける。
「それに何より! 永遠の命っていうのが神様っぽいじゃない。しかも年もとらずに、ずっと美しいなんて!」
両手を握り合わせて、うっとりした目つきで宙を見上げる女の子。
私は思わずあきれ返った。
なんという奇抜な説を持ち出すのだろう。神様っぽい? 悪魔っぽいの間違いじゃないのか。
そんなことを言われたら、何百年も反教会派を自認してきた私のアイデンティティは、どうなってしまうのだ。
若干の混乱を感じたものの、なぜか言い返せずに目を合わせると、彼女はふいに、にこっと笑った。
それから立ち上がり、最後のオーナメントをつけ終えたツリーの鉢を持ち上げた。
「ね、これ、どこにおこうか。テーブルの上じゃ邪魔だよね。これから豪華ディナーなんだもの」