「私、アブラゼミよりこっちのセミの方が好きだな」
普段から変わっている彼女の声はセミ達の合唱をかき分けるようにして私の耳に入った。
「……どういうこと」
「どういうことって、そのまんまの意味だよ」
「世界中を探してもセミの良し悪しを決める女子高生はあんたくらいだろうね」
ため息混じりにそう返すと彼女は「そうかなぁ」と不服そうに頰を掻いた。
彼女こと木原蓮実は私、小柴茜の小学校からの幼馴染だ。
「茜ちゃんにはわかってもらえると思ったんだけど」「そんなこと絶対わかんないしわかりたくもないわ」
「もう、ひどいなぁ。それより私のど渇いたぁ」
「はぁ?知らないよ、もう少し歩いたら自販機あるからそこまで我慢しなよ」
この自由人め……!心の中でそう悪態をついて彼女と数時間前の自分を呪った。
数時間前。まだ日も上ったばかりで鶏も鳴かないような時間に彼女から電話があった。
6時半に一緒に散歩をしようとかいうような恐ろしくくだらない内容に呆れたところまでは記憶しているがそこから先が思い出せない。けれど今こうして彼女と散歩する羽目になっているってことは、その時の自分は睡魔に負けて二つ返事で了承してしまったのだと思う。
「へへっじゃーん!実は飲み物持ってきてるんだなぁ」
すごいでしょ?というような顔をでこちらを覗き込んでくる彼女の声で後悔の朝から現在に呼び戻されて再び頭を抱えた。
キラキラと水を滴らせ、ぬるくなったラムネを彼女は一気に飲み干す。
「んー、やっぱりぬるいか」
「蓮実、あんたそれいつ冷蔵庫から出したの?」
「朝の5時くらい?」
そりゃぬるくなるわ。というツッコミは汗と共にコンクリートに流れ落ちた。
「ところで蓮実、私達どこに向かってるの」
「もうすぐつくよ」
そう言って彼女は私の知らない道を進んで行く。
狭い道に差し掛かり、別の世界にいるのではないかと錯覚しかけたその時。急に道が拓け、そこには鮮やかな黄色が身を寄せ合い輝いていた。
「すごいでしょ、どうしても見せたかったの」
「うん……でもなんでこんな早くに?」
そこには向日葵達が咲いていて、それを嬉しそうに見ている彼女がどこかに行ってしまいそうでうまく言葉が出てこなかった。
「朝が一番綺麗に笑うの。茜ちゃんには一番を見てもらいたくて」
「そう……そっか。ふーん、そう。朝早く起きてきたかいがあったわ」
私を見て微笑んでいる彼女がさっきまで抱いていた不安を見透かしているかのようだったけれど「帰ろう」とかけられた声に安心してしまって思わず顔が緩んだ。
ラムネ瓶の中のビー玉がカラリと音を立てた。