戦争と平和の【最小公倍数】1
――――数時間後。部署室。
「中佐、遅いですね」
「そりゃあ、な」
「結局、アテンザちゃんもオリジンさんも、どこにも見つからなかったしね」
「結局あのおっさんも新人も手組んでたってことかよ。むかつく。俺たち騙しやがって」
「けど、中佐の話だと、相手の女性とも揉めてたらしいって言ってませんでしたっけ?」
「けっ。どうせ手柄の分け前で揉めてたんだろ。腹立つな本当」
「フィット少尉、落ち着いて。いま怒ったってしょうがないわ」
「……けど、せっかくランサー大尉が良くしてくれたっていうのにあいつ!」
部屋のドアを開けると、フィット少尉がいきり立っているところを、ランサー大尉がたしなめているところだった。
「ただ待つだけなのに落ち着きがないな」
「あっ、中佐! 遅いから心配してたんですよ。それで、どうなったんですか!」
「お帰りなさい、中佐。会議どうなりました?」
「中佐! 俺は心配してだだけで落ち着きないわけじゃないっすよ! それより!」
「あー、順番に答えるから静かにしろ」
自分の机に腰掛け、ランサー大尉が用意した水を一口含んで飲み込む。
「まずアテンザだが、除名処分になった」
「除名だけですか! 捜索とか!」
「今頃は母国のアルテッツァだろう。手配したところで無意味だし、元々、孤児という理由で身元不明を免除して入隊を許可されたんだ。訓練校のほうにも追随して精査されるだろうが、あまり大騒ぎすると、市民の耳にも届いて不安を煽る」
入隊以前に、そもそも国内への入場を許可した時点からの問題だ。今ここでは除名処分くらいしかできない。ともすれば、国の玄関の問題だ。公にしたくない上層部の気持ちも、分からんでもない。
気になることがあるらしく、コンフォート少尉が挙手した。
「あの、中佐。身元不明って言っても、国外から来たのなら、渡航履歴確認されませんか?」
「ああ。履歴の転写を見たが、アテンザは、アルテッツァからストーリアに来るまで、かなり渡航を繰り返している。渡航履歴書は二冊目で、既に半分以上は埋まっていた。渡航目的は一律して『言語研究のため』だった」
「じゃあ……」
「二冊目の発行元は、ラルグランドという島国だ。だからかは分からないが、国籍の欄もラルグランドになっていた」
「じゃあ偽装じゃないっすか!」
「アテンザちゃん、今思えば確かに会話の仕方が変だったところあるし、ここに来るのが目的だったら、事前に国籍を移すことも考えられますよね」
「俺もそう思っていた。二冊目の発行元と国籍は、ここから海を越えてずっと南のラルグランドだが、ストーリアに来る直前は、真北のエスティマにいた。入場口も北だった」
ラルグランド出身の人間が、言語習得のためにエスティマを訪れ、隣国のストーリアも訪ねる。渡航履歴は、二冊目の内容だけでも一年以上の期間がある。一冊目も同じように埋まっているとすれば、二年以上、かなり多国を渡航している。普通は二年かそこらで埋まるようなものじゃない。かなりの数の国を渡っているはずだ。
「じゃあアテンザちゃん、本当に、ここに難なく入るために……」
「国籍変えて、渡航を繰り返して履歴を埋めて、素性と目的をごまかして……」
「下手したらここの資料とか情報とか持って行かれてるってことじゃねえか! くっそ!」
フィット少尉が再び怒りをあらわにしたが、誰もそれを咎めなかった。 身内の、一番近くに諜報員がいたと知れば。
オリジン氏については、十中八九、あの派手な女に雇われたのだろうという見解で、後々指名手配されるそうだ。女が侵入した形跡についても同様、詳細は調査中。明日以降、判明することがあれば随時知らされる。国内への入場の経緯や、入隊時の検査についても、改めて調査し、問題点を洗い出す方針だ。
また、アテンザの除名による欠員についても、人数に余裕がある別の部隊から異動される予定である。俺本人にも処罰があるものだと思っていたが、入場時からの問題もあるということで、今のところは何もないようだ。
あらかた結論を話し終え、今日のところは解散させた。フィット少尉は終始憤った表情だったが、ランサー大尉が窘めながら部屋を退出した。
制服を着替えて荷物を持って外に出た頃には、空には星が出ていて、街中も暗かった。
……疲れた。が、食事をとる気にもなれない。帰ったら汗を流してすぐに寝よう。
以前にアテンザが話していた尋ね人。あれも狂言だったのか。資料を覗くために?
けど、あの女と話した後、何故か一戦交えていた。まるで話し合いが駄目なら実力行使だというような。
そして、アテンザが倒れたところを、あの男が連れて行った。
だとすればアテンザは…………。
…………。
***
気づくと朝になっていて、自分がいつの間にか寝ていたのだと気づいた。今日は、仕事も小言も多いことだろう。