戦争と平和の【最小公倍数】4
「ふう…………。これで最後か」
ようやく全ての倉庫を見終わったときには、空は暗く、夕焼け部分は海の向こうにほんのわずか見えるだけだった。時間は分からないが、他の奴らも帰り支度をしている頃だろう。鍵を返したらまっすぐ帰ろう。そのつもりで荷物を持ってきておいてよかった。鍵を返すついでに、着替える場所も借りて――――
「!」
ドンと重い爆発音。
振り返ると、倉庫街の一番端――――鍵を借りた休憩所に、一番近い倉庫の一つから火が上がっていた。
何故だ。いの一番に見た。何もなかった。俺が離れた後に仕掛けた? いやそれよりも、応援を呼ばなければ。
幸いどの倉庫にも緊急用の電話がある。古い型で、本部につながる四桁の番号のために、十二秒もかかるのが難だ。
[はい]
「こちら七十四番隊フォワード中佐。港の倉庫街で爆発発生。ファイアハッピーの可能性がある。至急応援を求める」
[了解しました。通達します]
四桁の番号を打つよりも短い連絡を済ませ、休憩所へ向かう。途中、爆発を聞いておろおろしている作業員や船員がいたが、速やかに指定された避難所へ向かうか安全な場所へ逃げるよう言った。あとはあの管理人だ。
「ああっ、フォワードさん! いやあよかったあ」
「よかったって、貴方何をしてるんですか!」
休憩所に着くと、中にオリジン氏の姿はなく、もう一度外に出ようと扉を開けたところでぶつかった。外にいて戻ろうとしたのだろうが、手にはバケツを持っており、濡れている。
「何って、燃えちまったら水で消すしかないだろう」
「爆発はテロリストの仕業による可能性が高い。自主的な消火活動は大変ありがたいが、もうじき応援が来る。鍵を戻したら、速やかに避難してください」
借りていた鍵を返すと受け取りはしたが、納得しかねるといった表情だ。
「ここの番をするのが、俺の仕事なんだがな」
「奇遇ですね。あなたを避難させるのも俺の仕事なんですよ」
「…………参ったなこりゃ」
「中佐! 到着が遅れて申し訳ありません」
「アテンザか」
「おお、お嬢ちゃん」
アテンザ一人か。他の連中はまだか、他の作業員を避難に回っているのか、不審物を探しているのか。
「こんばんわ」
「おーこんばんわ。お嬢ちゃん一人かい?」
「いいえ。私の他には三人が来ています。三人は、他に残ってる人がいるかどうか確認しています。私は中佐の所在を確認するよう指示されました」
指示したのは恐らくランサーだろうが、何故アテンザをこっちに寄越した? コンフォートかフィットなら分かるが。後で聞くか。
「じゃあアテンザ。一度ランサーたちのところまで戻って、オリジン殿も避難させてやってくれ」
「分かりました」
「えぇ……勘弁してくれよ、俺の仕事……」
しつこいな。
「仕事も、命がなければ出来ませんよ」
「うぅん、そりゃそうだが」
「行きます」
「うおおお、ちょちょちょ、お嬢ちゃん!」
アテンザが有無を言わさず腕を引っ張って連れ出した。意外と強引だな。
鍵は返した。避難もさせた。もう一度この部屋も不審物がないか見てから、俺もアテンザについて行って一度合流して指示を出そう。
空は完全に暗く、夜になった。曇りで星は見えないが、街路灯は問題なく機能している。
オリジン氏の避難をアテンザから引き継いだコンフォートが戻ってきたところで、全員が揃った。
「ただいま戻りました……」
「何故往復で疲れている?」
「ずっと話しかけられて、口が……」
嗚呼。コンフォートは人がいいから、余計に喋りやすかったんだろう。
「はーよかった押しつけて」
「え、押しつけたんですか?」
「先輩の命令は聞くもんだ。なぁアテンザ」
アテンザは頷きかけたまま固まった。
「なんでアテンザちゃんに行かせたがったのかと思ったら……」
「フィット少尉、勘弁してくださいよ」
「悪いな!」
全く悪びれていない顔だ。
「はぁ――――全員揃ったところで、警備の配置を決めるぞ。コンフォート少尉が戻るまでの間に、七十七番部隊と三十七番部隊が到着した。それぞれ、港から町へ行く通路付近と、倉庫街の北半分を警備に当たっている。俺たちは船着き場を含めた南半分を担当する。南半分のうち、西側五列二十五棟を、ランサー大尉とフィット少尉。同じく東側を、コンフォート少尉とアテンザ軍曹。中央は俺が。船着き場はそれぞれ倉庫の列の延長線上で見てくれ。不審物の確認は厳重に、不審人物への警戒は効率よく。何かあれば、近くの無線機か連絡用の信号弾を使うこと。質問がなければ持ち場に当たれ」
四人同時に、了解の返事とともに走り去る。見送った後に俺も、まずは船着き場まで行く。夕方見回っていた時には、そんなに注視していなかった場所だ。




