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戦争と平和の必要十分条件  作者: 滅天使
戦争と平和の【最小公倍数】
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戦争と平和の【最小公倍数】5

 二ヶ月。


 相変わらずだ。しかし慣れてきた。


 朝は朝礼と、昨日から引き続きやる仕事、今日新たにやる仕事、手が空いたらやる仕事の確認。昼食は部署ごとではなく全体行動として決まっており、その地域に所属している隊員の全てが、同じ食堂に集まり、同じ昼食を摂る。午後は午前の仕事に戻ったり、地域の見回りをしたり。午前の仕事はほぼ書類不備の確認や、紐付け作業や、日付順や名前順に整理したり、などなど。見回りは交代制。部署ごとに担当区域を割り当てられているので、部署内の人間が一人ずつ回る。


 昨日の見回りはアテンザだったから、今日は俺か。


 今日の昼食はパンと野菜スープと、フライドポテトとハンバーグ。ついでに果物とヨーグルト。実家が良家のランサーは上品に食器を使い、アテンザに話しかけた。


「そういえば、アテンザちゃんは爆弾魔の話って聞いたかしら」


 アテンザ『ちゃん』…………?


「いいえ」


「去年の秋くらいからだっけ? 仲間内ではファイアハッピーとも呼ばれてて、とにかくそこらじゅうを爆発させているのよね」


 都心の港に当然現れた小柄な男は、かなりひょうきんなのかとち狂っているのか、時間差で爆発する爆弾を使っては、


 ────ほら見たか! 俺の予言通りだ! 未来は俺のものだ!


 などと宣ったり、手榴弾のような小型で小規模な爆弾を道行くところにばらまいては、


 ────たはー。俺の後ろに火花その他が散る! これは『歩く炎』とか『ミスター・ザ・フレイム』みたいな歴史的通り名が刻まれるのも時間の問題だなあ! ッはー! 楽しみー!


 などと戯言を吐いていたり。


「現場で聞いていた軍人の調書だと、かなり若い男らしいな」


「みたいですね。僕は見たことないですけど、訓練学校時代の同僚が、去年末に見たって言ってました。本当にただ爆発を起こすことだけが好きな感じだったって」


「だったら家で一人で楽しめってんだ。ったく。爆発物の後始末したり、もっと早くなんとかしろって文句言われる身にもなれっつーの!」


「テロ目的じゃないだけありがたいけど、そのせいで事前に対策打てないものね」


 目的はともかく、月に一度の頻度でどこかしらを爆発されるのは、これ以上ない迷惑だ。ランサー大尉の言うとおり、個人的な趣味の延長線が迷惑行為になっているなら、反軍精神ありきのテロリストよりかは話が通じそうにも思えるが、それだけに相手の考えが全く読めない。


 今できるのは、見回りの人員や範囲を工夫して、可能であればファイアハッピーが行動を起こす前に、無理なら行動後可能な限り早く、発見して被害を食い止めることだ。


 ヨーグルトに果物を放り込んで五秒でたいらげ、早めに見回りに向かうと言って、四人を残して食堂を出た。




 軍事開発用の資材や物資を迅速に回収するために、本部と港はそんなに遠く離れていない。が、近いわけでもない。俺たちの部署が担当するのは、見回り範囲の中ではもっとも外周。すなわち港近辺なのだ。運び込まれてすぐに各所へ届けるのは、人員的にも時間的にも無理なため、ある程度の期間保管するための倉庫が立ち並ぶ。この倉庫たちだけで対戦訓練ができそうだと、来るたびに思う。


 そして、見回りであるからには、不審な物や人がいないか確認しなければいけない。船着き場近くの休憩所に、倉庫の鍵を持っている管理人がいるので、鍵を借りに行く。


 休憩所は、ただ温まって軽食や茶を嗜む程度しかできないほどの簡素な造りで、小屋と言った方が近い。奥に小さく、人一人座るためだけに切り取られたような小部屋がある。


 ノックをして名乗ると、中から返事が聞こえる。


「おお、今日はフォワードさんか! 鍵ですね、ちょっと待ってください」


「お願いします」


 全ての倉庫がひとつの鍵で開けられたら、万が一にも盗まれた時には一巻の終わりだ。見回り用の、ひとつの鍵で全ての倉庫を開けられる特殊な鍵は、管理人のオリジン氏によって、厳重にしまわれている。らしい。この『ちょっと待って』が意外に長い。


 数分してから小部屋の扉が開き、横に幅のある銀髪の中年が顔を見せた。


「はい、お待たせしました」


「どうも」


「昨日も来たけど、新しい女の子、無愛想だけど可愛い子だよねえ」


「……はは、そうですか」


 何故年寄りはこう、すぐこの手の話をしたがるのか。


「聞いたよ、まだ十九なんだってな? しかも孤児っていうじゃねえか。女性で身寄りもないのに軍人さんになるなんて肝座ってるよなあ。ああいうのが将来美人になって男を尻に敷くんだよ。気をつけろよお?」


「……はっは。そうしますよ。では」


「おう、いってらっしゃい!」


 …………。


 …………はあ。


 早足で休憩所を出た。実家を思い出すから勘弁してくれ。




 ひとつひとつ、倉庫の鍵を開けては、物陰や床の隅に何もないかどうかを確認していく。無心になって作業をしていると、さっきの管理人から、実家のことを連想してしまう。


 ――――我が家の男は代々軍人として活躍してきたんだから、お前も頑張れよ。


 ――――セルシオの嫁はどうするか。


 ――――早いうちから下積みも兼ねて軍役に就かせないと、同年代に見劣りするぞ。


 ――――そしたら経歴なんて後からいくらでも付く。いい嫁も釣れるだろうよ。


 ――――なんで長男に限ってへっぴりごしなのかねえ。


 ――――仕事をすれば嫌でも変わるさ。


 ただ一言。


 放っておいてくれ。


 もし生まれる前に、生まれてくる家を選べたのなら、きっとフォワードではなかった。戦う仕事、人ではなく国に仕える仕事、血縁者一同から命を懸けろと言われた仕事。何よりも嫌なのは、大義名分をもって殺すことにいずれ抵抗がなくなるのではないかという、未来への自分への懸念だ。国のための、そういう役職。それは分かっている。が、それを笠に着たくはない。


 どれだけ『こうはなりたくない』と思っていても、そうせざるをえない環境に居続けたら、自覚のないままそうなってしまうこともあるだろう。


 それがどれだけ恐ろしいか。

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