戦争と平和の【最大公約数】1
アテンザの相打ちに思わずミレーニアから目を離すと、彼女はようやく身を動かした。剣をしまい、ズボンのポケットから何かを取り出して、見せるように突き出したそれは、ワインのように赤黒い液体の入った小瓶。
「今アルテッツァでは、スタンザと呼ばれる勢力によって、内部分裂が起きています」
「内部分裂だと?」
「薬品による幻覚を自分たちが見ることで、長らく自分たちを差別してきたアルト教の教徒を襲っているようです。目的を偽装しているとも言えますが、それこそ――――自爆してでも葬りたいんでしょうね」
「っ……!」
アテンザはミレーニアの言葉を取り、どう見ても挑発しているようにしか見えない。
「一緒にしないで! あんたたちと! あたしを! 第一それがなんだってのよ! それがその幻覚を見せる薬だって脅そうとでも思ってるの! ふざけないで!」
「いいえ。これは解毒薬です」
「その、幻覚を見せるとか言う薬の、か?」
「はい。反教徒による暴走に頭を抱えているアルテッツァにとっては今、必要なものでしょう」
何故そんなものを今、アテンザが持っているのか。
いや、それ以前に本当に解毒薬なのか。いくらアテンザといえど。
「だから何? アルテッツァ人が勝手に仲間割れしてるだけでしょ! あたしたちには関係ない! それが解毒剤だって証拠だってないじゃない!」
「証拠が欲しいならこれをアルテッツァに提供すればいい」
「な……は?」
「成功すれば、アルテッツァはストーリアに借りを作ったことになるから、当面紛争は起きない。失敗したとしても、アルテッツァが自滅して終わる。ストーリアに不利益なことはない」
ストーリアにとってはそうかもしれない。だが。
「ち、中佐……」
突然話が飛躍して我に返ったのだろう、ミレーニアは先ほどまでの勢いを全て落とした顔で俺に視線を渡した。ミレーニアを後ろに制しながらアテンザに一歩近づく。
「だがアテンザ。薬の効能はともかく、アルテッツァが素直にその薬を受け取る保証はあるのか?」
「あります」
思った以上にはっきり答えた。
「どちらの薬も、私の父が作ったものです」
「父親? アテンザの?」
「はい。アルテッツァでは、アルト教の信者でないものをスタンザと呼び、非国民として差別されます」
「そういう国だとは聞いている」
「アルテッツァとストーリアが対立しているのも、それが原因ですから」
それが原因? どういう意味だ。
「それはどういう……」
「スタンザの指揮を取っているのは、私の父の部下だった人です」
話を断ち切られた。
「アルテッツァの、異教徒を差別する文化は深く根付いていて、ただの暴動じゃひっくり返らないでしょう」
ただの暴動。軽い言い方をするものだ。それ以上に国内での差別が深刻ということなのか。
「差別されている側。つまりスタンザ側が、暴動を利用して一時的に政権を握れば、ストーリアからの解毒剤を受け取るはずです。幻覚症状に見舞われているのもスタンザですから」
「どのみちアルテッツァは、解毒薬を手にしなければならない状況には違いないということか」
話を聞く限り、まったく危ない橋ではないが、今この場で決断するのは難しい。どうしたものか。
「…………だ、騙されないでください中佐! アルテッツァ人の話なんて!」
はっと目が覚めたようにミレーニアが声を上げた。
「第一、内紛のことだって事実かどうか」
「事実かどうかは、この薬を手にしてから確認しても遅くはない」
「信用できないって言ってんのよ!」
「私が信用できないなら自分の目で確かめればいい」
嗚呼、剣の打ち合いの次は口論か……。
いま気づいたが、アテンザがミレーニアに対してだけ敬語を使っていない。
「偉そうに言わないで! その間にあんたが大人しくしてる保証だってないじゃない!」
「大人しくしてほしいなら拘束すればいい。それで気が済むなら」
「だったら……ッ!」
俺の腕を払いのけて、ミレーニアは剣を構えて駆けだした。
「待てミレーニア!」
手を伸ばしたが寸分遅かった。アテンザはさっきあの薬瓶を出すのに剣をしまったままだ。
まずい。
と思ったのも束の間。アテンザは薬瓶を真上に放り投げた。
「えっ」
てっきり反撃のために抜刀すると思っていただろうミレーニアは、放り投げられた薬瓶に一瞬気を取られ、アテンザは彼女の手を蹴り上げ剣を奪った。
「ッ!」
その勢いのままミレーニアは尻餅をつくように後ろに倒れた。薬瓶を追って顔を上げたせいもあっただろう。流れるような動作でアテンザは彼女の首に切っ先を突きつけた。
そして落ちてきた薬瓶をもう片方の手でしっかり掴んだ。
「ま……待てアテンザ」
「待っています」
「そうでなく」
アテンザはミレーニアから視線を外さない。ミレーニアも同様だったが、それなりに良家出身の自分が、まさかアルテッツァ人に遅れを取るとは、夢にも思わなかったのかもしれない。
冷静に考えれば、アテンザは独自に異国語を覚えながら、他国の訓練学校を上位の成績で卒業している。武闘も言わずもがなというべきか。
「とにかく一度ミレーニアから離れ……」
アテンザの剣を離してやろうと側まで近づくと、無言で薬瓶をずいっと突きだした。
「切りが無いので中佐が受け取ってください」
「俺が、か?」
差し出されるまま受け取ると、アテンザはミレーニアから剣を引き下げた。ミレーニアは大きく溜息をつき、座り込んで立ち上がらない。
アテンザの言うとおりなら、この薬瓶はかなり重要な代物のはずだが、いくら元上司という理由だけで俺が受け取っていいものなのか。尋ねると、首をぶんぶんと横に振り、黒い髪に積もらせていた小麦粉をようやく払った。
「中佐も前に会った人なので、中佐のほうが話が通りやすいかと」
前に会った?
「金色の目の女性の人です」
「……あ、ああ! あの!」
以前ここでアテンザとも俺とも対峙した、あの好戦的な女か。
「まさかあの時からつるんでたなんてことは」
「それはないです」
食い気味に否定された。
「その件については少し長くなるので割愛します」
「できれば説明してほしいんだが。オリジン氏も行方不明のままだし」
「あ、オリジンさん死にました」
「は? はあ?」
「すいません、ランサー大尉たちにも言いそびれました」
「……いやそういう問題じゃ……はぁ……」
頭が重い。
聞かなければいけないことや報告しなければいけないことが多々あるが、ひとまずは、そうだな。ミレーニアは実力差を見せられようやく大人しくなったし、アテンザの長い話はあとでゆっくり聞くとして。
「アテンザ」
「はい」
無駄のない淡泊な返事が懐かしい。
「立場上すぐにというわけにはいかないが、この薬は、俺が貰っていいんだな」
「はい」
「アルテッツァは、良くて停戦、悪ければ敗戦になる。賠償金やら領地の剥奪やらで、今以上に混乱するぞ」
「ストーリアに来たときから、アルテッツァに戻る気はありませんでした」
「ここに来たときから? 理由は?」
「長くなるので割愛します」
「するな」
「…………」
何故かミレーニアのほうを見やった。
「へ?」
彼女の前では話しにくいことなんだろうか。
「どうした?」
「他の人に聞かれたら困るかもしれません」
「アテンザが?」
「いえ、中佐が」
「俺が?」
「はい。ところで中佐」
「なんだ」
「小麦粉」
ふいに俺の頭を指さす。ああ、まだ粉をかぶっていると。今言うのか、と思いながら言われるままに髪をはたいて粉を落とした。
そうしているとミレーニアが立ち上がり、言い出しにくいとばかりの面持ちでおずおずと口を開いた。
「あ、あの、私がいてフォワード中佐に迷惑がかかるなら、私……」
「いや、ファイアハッピーのこともあるし、どのみち戻る。アテンザ、お前も来い。話、長くなるんだろう?」
「それは、まあ」
「この薬のこともある。俺から話を通して、捕虜にはしない。その代わり、もろもろ一から説明してもらうから、そのつもりでいろよ」
「構いません。一からではなく零からになると思いますが」
「構わないさ。今更」
薬瓶は上着の内側にしまいこんだ。
念のため、他の隊がまだ残っていないか見て回りながら、今頃ファイアハッピーの話題で盛り上がっているであろう部署へ戻る。




